カフェ店主は探偵中

天海透香

琴理、拉致される?

あたし・花堂琴理はなどうことりが中学から帰って来ると、カフェ・一善いちぜんの扉がバン!と開き、中からきれいな女の人が飛び出してきた。


「もうッこのシスコン!一生そうしてなさいよ!」


店の中に向かって捨て台詞を吐いて、くるっと向きを変え、こちらに向かってハイヒールでカツカツと歩いてきた。


こわっ!

目を合わせないようにしてすれ違おうとしたら、

「ちょっと貴女あなた!」

と腕を掴まれた。


「貴女、貴見たかみさんの妹?」


うぅっ、答えたくない。


--この店の店主である花堂貴見はなどうたかみ貴兄たかにい)は歳の離れたあたしの兄だ。

と言っても血は繋がっていない。


私の両親は結婚当初子供ができず、当時五歳だった貴兄を養子に引き取る。

 ところがその七年後、貴兄が十二の時に両親は思いがけず私を授かったのだ。

 ところが私が七歳、貴兄が十九歳の時に二人で交通事故に遭い、帰らぬ人となってしまった。

 それから八年、貴兄は一人で私を育ててくれている。

 私は十五歳になり、若く見えるけど貴兄ももう二十七だ。


「どうなのかしら?」


迫られて、あたしは認めざるを得なかった。


「そ、そうですけど…」


「ふーん、貴女がね」


女の人は上から下まで私を眺め回し、


「こんなちんちくりんじゃ心配にもなるわよね。そうだ、貴女を変身させてあげるわよ。ついてらっしゃい!」


言うが早いかあたしの腕をグッと掴んで、あろうことかそのまま拉致した。

全力で逆らったけど、その女の人は細い割にものすごい力であたしを車の中に押し込む。

その車には運転手さんがいて、後部座席であたしはその女の人の名前を知った。


「私は高垣麗華よ。あなたのお兄様のお友達、と言っておこうかしら。あなたのお兄様に今日交際を迫ったら、『妹が嫁に行くまでは真剣な交際は考えていない』と断られたわ」


それは口実かも知れないとあたしは思ったけど、黙って聞いていた。


「そこで私は考えました。あなたをさっさと嫁に出させればいいんだわ!と」


勝ち誇ったように言う、麗華さん。


……この人、あたしが中学生って分かってんのかな?

貴兄たかにいの周りって、なんか変な女の人が多いかも…。

あたしはなんだか脱力してしまい、抵抗を諦めた。

とりあえず命の危険はなさそう。


そうして強引に連れて行かれた先は高級そうな洋服屋さん。


「ちょっとこの子を磨いてあげてくれる?」


麗華さんはあたしを店員さんに引き渡した。


「私どもにお任せください」


店員さんはにこにこしながらあたしを中に導いた。



30分後、キラキラに飾り立てられたあたしが鏡の中にいた。

ちょっと大人っぽい水色のワンピースに、ヒールのある靴、耳からはキラキラのイヤリング。

誰、これ?状態。

麗華さんは腕組みをしながらあたしを品定めするように上から下まで見回した。


「まぁ、これならそこらへんの普通の男の何人かは引っかかるでしょ。さっ、早く婚約でもしてお兄さんを安心させてあげちゃって!」


「いえっ、あたしはまだ中学生なんで婚約者は必要な…」


あたしの訴えも虚しく、そのまま強引にイタリアンレストランに連れて行かれる。

テーブルをくっつけて長ーくした席に、綺麗な格好をした20人くらいの男女がランダムに座っている。


こ、この状況はもしや、合コン…?いや、婚活パーティー?よくわかんない。

どっち??


「あの、私未成ね…うぐッ!」


テーブルの下で麗華さんに思い切り脚を蹴られた。

ヒールは痛いよっ……!


「黙ってなさい!モテるチャンスよ」


あたしが涙目になっていると、隣の席の大学生風の男が話しかけて来た。


「君、静かだね。俺あんまりうるさい子好きじゃないんだ。あっちで二人で語らない?」


「い、いえ、遠慮します」


その場の舐めるような、値踏みするような視線が居心地悪く、あたしは席を立った。

トイレから出て来ると、さっきの大学生風男が外に待っていた。

しつこっ!


「もう帰りますんで…」


あたしが脇を通り過ぎて帰ろうとすると、腕を掴まれた。


「まぁまぁ、そう言わないで。まだ始まったばかりだしさ。飲んでる?カルーアとかならいけるんじゃない?コーヒー牛乳だよ。緊張が解けるよ」


差し出されたグラスを口に当てられて、思わずごくっと飲んでしまった!

あれ、ほんとにコーヒー牛乳だ。美味し!

そしてなんだかちょっと楽しくなってきたかも。


「よしよし、良い子だね。もう一杯いっとく?」


あたしの頭を大学生風男が触ろうとしたその時、横からすごい勢いでその手が振り払われた。


振り返ると、貴兄だった。


大学生風男を目で殺しそうな勢いで睨みつけ、胸倉を掴む。


「中学生に酒を飲ませていいと思ってるんですか?」


その眼光の鋭さに男性は完全にビビっている。


「ちゅ、中学生?!知らなかったんスよ!マジ勘弁して下さいよ!」


貴兄は大学生風男の胸元を掴んで、低い声で静かに言った。


「この子はこの僕が手塩にかけて育ててきた宝です。そんじょそこらの男に触れさせるわけにはいきません。速やかに消えて頂けますか?」


貴兄が言い終えるか言い終えないかの内に男は

「ごめんなさいぃっ」

と叫んで逃げ出した。


「フン、100年早い」


その後ろ姿を見送って、貴兄が呟く。

それから床にぺったり座り込んでいる私の前にしゃがんで、顔を覗き込んだ。


「大丈夫か?」


あたしはコックリ頷く。

でも、知らない場所に慣れない格好で連れてこられて、自分で思っていたより緊張していたみたいだ。

貴兄の顔を見たらホッとして、同時に泣きそうになった。

泣き顔を見られないように、あたしは俯く。


その頭の上に、暖かい手が置かれた。

それだけであたしはすごく安心する。

小さい頃から貴兄は、泣いているあたしの頭に何度手を置いてくれただろう。

貴兄はしばらくそうしてあたしが落ち着くのを待っていてくれた。


あたしの涙が引っ込んだのを確かめて、貴兄は手を差し出した。


「帰ろう、琴理ことり


貴兄の大きな力強い手に捕まって、あたしは立ち上がる。

そして小さい頃みたいにそのまま手を繋いで家に帰った。



途中、私は高垣麗華という女性にあの店に連れて行かれた経緯を話した。

話を聞き終わると、貴兄は無表情で「わかった」とだけ言った。


「でもそう言えば、貴兄はなんであんなにタイミングよくあの場に現れたの?」


あたしがふと、疑問になってきいてみると、貴兄は、

「僕は行きがかり上、探偵でもあるようなのでそこら辺は…」

と言って言葉を濁した。

もしかして、あたしのスマホの中にGPSアプリでも仕込まれてたりする??

貴兄だったらやりかねない…。

深く考えると冷や汗が出るので、その夜は貴兄が作った晩ごはんを食べてさっさと寝ました。

ちゃんちゃん!


その後貴兄がどう動いたのかは分からないけど、麗華さんがカフェに現れることは二度となかった。


      〈完〉

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カフェ店主は探偵中 天海透香 @Amagai-m

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