第21話『月明かりの下』

 一方その頃、部屋を飛び出したヴァッサと、それを追いかけたアーサーはシノノメ邸の大きな庭に面した軒下へ腰を落ち着けていた。

「すみません……ご心配をお掛けしてしまいまして」

「いや……オレもつい追いかけたけど、なんて言えばいいか……」

 零れた涙をぬぐいつつ謝罪するヴァッサと気まずそうに言葉を返すアーサー。それから会話は続かず、沈黙を虫の音が誤魔化していた。

 腰を落ち着けられた所為か、あるいは涼やかな虫の音の所為か、心を落ち着かせたヴァッサは、しばし逡巡すると自分の感情を整理するかのようにアーサーに心の内を吐露する。

「あの、ですね──私が物心つくかどうかの小さい頃に生まれた所を魔物に滅ぼされて、それから両親と住む場所を探して旅をしていたんですけど……、こんな時代ですから、どこも受け入れてくれなくて──」

 語る途中で息を詰まらせる。それは両親を魔獣に殺された場景を思い浮かべた所為だった。

 そんな彼女に対しアーサーは何も言えず、ヴァッサが切り出すのを待つだけだった。

「──あの……すみません、自分から喋っておいて……」

「いや、いいって。部屋を出る時に言ってた事、なんとなく分かる──からさ」

「アーサー様は優しいんですね……」

「そうかな……今の時代は、なんていうか、そういう事は──普通──の事だし」

「それでも、気遣ってくれるアーサー様はお優しいと思います。今の時代は特に。私含め、みんな自分の事で一杯一杯ですから……」

 そう告げると、ヴァッサは胸を押さえ、内心を整えるよう一呼吸をし、当時の記憶を振り切るように再び語り出す。

「そんな時、魔獣の群れに襲われてしまい、両親は私を逃がす為に囮になって──」

 辛い過去を振り切ろうとしても、それでも涙は零れ出す。その時から何年も経ってはいたが割り切ることも、あるいは乗り越えられる程、彼女は強い人間では無かったからだ。

「そして、逃げ切れなくなって魔獣に殺されそうになった時、偶然通りかかったアヤメ様に助けて頂いて、今までこうして身を置かせて貰っているんです」

 自らの身上みのうえを語り一区切りと言わんばかりに、ヴァッサは一呼吸置き、更に話を続ける。

「そんな折り、アヤメ様の手紙からアルファ様の事を知って、『月の皇子様』みたいだなって──」

「『月の皇子様』って、確か女の子向けのおとぎ話だっけか?」

「はい、旅をしていた時にお母さんに良く読み聞かせてくれたので、良く覚えているんです──それぐらいしか『おはなし』は知らないんですけどね」

 学が無いことを恥じ入りつつも、それが両親との大切な思い出である事を、はにかみながらヴァッサは答える。

 そんな“親”の存在を知るヴァッサの表情は“親”を知らないアーサーに僅かながらの劣等感を覚えさせるが、同時に過去に様々な事を教えてくれたエレインの存在を思い出し、話を繋げた。

「オレもエレイン──姉のような人から色々な物語を聞かせて貰ったけど、そういや『月の皇子様』って聞いたこと無いな……どういう話なんだ?」

「そうなんですか? 女の子に人気のあるおとぎ話ですけど、別に男の子でも好きな人は多いので、誰にでもまず読み聞かせるような定番のおはなしだと思うんですが……?」

「やっぱりそうだよな、逆にエレインが聞かせてくれる物語は、昔居た孤児院の本棚や、アリサ──世話になった家の本棚にも無いやつばっかりだったし、どこで知ったんだ……?」

「創作するのがお好きな方だったんでしょうか」

「そういう感じでも……まぁ、考えても仕方ないか。それより『月の皇子様』ってやつがアルファに似てるのか?」

 ふとアーサーの中で浮かんだエレインの素性への疑問、だが直ぐにそれは考えても詮無き事だと頭の片隅に置き話を戻すアーサー。

「実際にお会いした感じでは……そうですね、全然似ていらっしゃらないですね」

「似てねぇのかよ」

「えぇ、まったく」

 思い違いをしていた自分を自嘲するようにヴァッサは言葉を返し、話を続ける。

「『月の皇子様』の皇子様しゅじんこうは誰にでも分け隔て無く優しく、それでいて理不尽には怒り、弱き者に寄り添い助けてくれる。そんな素晴らしい方です」

「……アルファと全然違うな、そいつ」

「やはりそうですよね。──あの方はとても厳しいお人なんでしょう。きっと自らに対しても」

 さもありなんと、素っ気なくヴァッサはアルファへの印象を含めて言葉を返す。頭も大分冷えて感情も落ち着いた彼女は極めて平静に続けて更に語る。

「でも、アヤメ様のお手紙から受ける印象から、勝手に救世主様か何かと舞い上がってしまって……冷静になった今では本当に恥ずかしい限りです」

(アヤメのやつ、手紙にアルファの事、なんて書いたんだ?)

 と、アーサーは呆れ半分に思いつつ、ヴァッサの“思い違い”は恥ずべき事ではないと言葉を返す。

「まぁ、でも、こんな酷い時代だから、つい『救世主が現われて助けてくれる』って思っちゃうよな……」

 そう言うアーサーの脳裏に、アリサとその祖父が殺害されても蘇らせてはくれなかったアルファの姿が浮かぶ。

(あの時も『オレを生き返らせてくれたヤツなのに、どうしてアリサや爺さんを生き返らせてくれないんだ』って思ったもんな。でも、アイツ自身が言っていたように、アルファは神様でも救世主でもなかった。アイツの強さを全部知ってる訳じゃ無いけど、あんな強いヤツでも出来ないことも知らないことも沢山あって──)

「──どうして、誰も私達を助けてくれないんでしょうね……」

 思考を巡らすアーサーを遮るように、諦めとも取れるようなヴァッサの呟く。

「あっ、アヤメ様やセレナ様のような方達も居られました、私ったらつい……」

 感情的になりアヤメやセレナのような存在を失念していた事をヴァッサは慌てて訂正する。

 だが、アヤメ達のような存在をかんがみても、なお救われない自身を含めた境遇を憂うヴァッサの顔は晴れない。

「それなら──」

 そんな彼女の顔を見て、アーサーは衝動的に口にしそうになった言葉を飲み込む。

 かつてのアーサーならば、そのまま口にしたであろう“それ”は、覇業器ザガンをその身に宿し、の力を知った今の彼にとっては『何者でも無い少年の“夢想”』では既に無く、一度口にしたのであれば、それは『果たさなければならない“責任”』となって彼の肩にのし掛かると自覚したからだった。

 それでもアーサーの中にはヴァッサの──彼女のような悲しみを少しでも軽くしたいという願いが確かにあり、その想いが一度は飲み込んだ言葉を再びアーサーから“覚悟”として口にさせる。

「それなら、俺が魔王を倒す。それで全部の問題が解決する訳じゃないけど──それでも、世の中が少しでも良くなると思うから」

 かつて世話になっていた酒場でアーサーが幾度も口にした事と同じものだったが、今日この場で彼が発したそれは確かな誓いとなっていた。

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勇者が魔王を倒す普通のおはなし めざしどけい(mezasidokei) @mezasidokei

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