第20話『アルファ、神魔大戦をかく語りき』

 各々に部屋を割り振ったあと、一同が夕食ゆうげを終え一息つく中、ふとヴァッサがアルファに尋ねる。

「ところで……失礼かも知れないのですが、アルファ様はやっぱり世界的に有名な魔導士様だったりするのでしょうか? あの……!わ、私、変な粗相とかしてませんか!?」

「ん? あぁ、そうだなぁ──とりあえず、千年ほど前に【神魔大戦】っていう星を丸ごと巻き込んだ戦争があってだな──」

「あ、あの! それ、私が聞いていい話なんですか!?」

 会話の流れで自らの身分と経緯を明かそうとしたアルファに対し、危険な気配を感じたヴァッサが慌てて耳を塞ごうとする。

「いや、別にわざわざ隠すことでも黙っておくことでもないんだが……」

 危機感を露わにするヴァッサを前に大げさだと言わんばかりのアルファ。

「そうだとしても、唐突に過ぎますよ、魔導士殿」

「なに、短い間とはいえ、この家の世話になるんだ。正体──と言うほど大仰なものじゃないが、隠し事を抱えたままだと余計な不和を産みやすいしな。こういうのは早めに言うに限る」

「魔導士殿の言うことも分かりますが、こちらの受け様の問題も──はぁ、いえ、もういいです、とりあえず、その神魔大戦とやらの話を聞きましょう」

 そのアヤメの言葉にアルファ以外の一同も居直り話を聞く姿勢を取る。そんな堅苦しくなってしまった雰囲気にアルファは気まずさを覚えつつも、端的に語る。


 地球という星から、遠く離れたこの星『セカンテラ』に地球人が移住しようとしたこと。

 その際に先住民──魔人と亜人、この星の霊長類たる二種族の争いに、地球人も巻き込まれた形とはいえ荷担してしまい【神魔大戦】を引き起こしてしまったこと。

 そして、その【神魔大戦】の最終決戦兵器として生み出された“魔王”という存在と、その“魔王”を魔人も亜人も関係なく『封印』し、大戦を収めたこと。

 その後、地球人はセカンテラを離れた者と居残った者で別れたこと。

 先住民たる魔人と亜人は精霊種として名を変え、更には残った地球人達と共に混じり合って、時を経た今、既に三者の区別は付かなくなっていること。

 最後に、これらの話はいつしか風化し失伝しつつあることを、どこか他人事のようにアルファは話した。

「それで、まぁ、俺はその大戦期の遺物ロストテクノロジーの『壊し屋ころしや』といったところだな」

「こっ、これ本当に私なんかが聞いていい話なんですか!?」

 一区切りとばかりに言葉を締めたアルファに対して、理外の話による情報とそれによる不安に頭の中がいっぱいっぱいになってしまったヴァッサが思わず問い詰めるも、特に意に介さずアルファは言葉を返す。

「さっきも言ったとおり、隠すようなことでもない。神を僭称せんしょうした恥ずべき過去だが、むしろ向き合うべき痛痒あやまちとして自覚すべき事だ。だから、これを今を生きる“お前達”が聞いた所で、過去の異物である“俺達”がどうこうすることはない。あらゆる意味で『もう終わった話』だからな」

 そう断言するとアルファは一呼吸置いて、更に言葉を続ける。

「本来なら遺された物や技術に対しても“俺達”が積極的に関与すべきでは無いんだが、それが巡り巡って『封印』にほころびが出ても困るし、あるいは覇業器のような過ぎた力オーバーテクノロジーが散逸したまま──それらが意図の有る無しに関わらず悪さを働かないとも限らない以上、それらに対して“俺達”が『知らぬ存ぜぬ』を通すのも無責任だからな、こうして地道に仕事ころしやを続けてる。という訳だ」

 そう言うと、「この話はこれでおしまい」と言わんばかりに、アルファはすっかり冷めてしまった茶をすする。

「……そう、かしこまる話でもないんだがな」

 すっかり静まりきってしまった場に対してアルファは何の気なしに呟くように言う。

「それは魔導士殿の感覚がおかしいと思いますよ」

「そうか? こっちとしては単なる与太話として一笑されても構わないんだが」

「あ……。も、もしかして冗談でした?」

「拙者も機獣だの“まなぷらんと”などを目の当たりにしなければ、作り話と断じていたかもしれませんが」

「俺も実際に覇業器ザガンのお陰で生き返ったみたいなもんだし……」

「私もお兄ちゃんが変な鎧みたいなのをまとうのを見た」

 話された内容に反するアルファの軽い態度からヴァッサも恐る恐る尋ねるも、アヤメの証言や、アーサーとイヴが嘘や冗談といった作り話ではないことを遠回しに伝えた。

 その三人の神妙な様子から、ヴァッサは思わず戦慄おののいてしまう。そんな彼女を流石に気の毒に思ったアルファは更に言葉を重ねてヴァッサの不安を取り除こうとする。

「まぁ、なんだ──この話をすると大概は笑い飛ばされてお終いだからな、お前さんみたいに真に受けるとは思わなんだ、不用意に怖がらせたのは悪かった」

「ひんっ、そ、そんな滅相もありません……!」

 しかし、そのアルファの軽い謝罪にもかしこまってしまうヴァッサに、お手上げと言わんばかりの表情を浮かべるアルファだった。

 そんな二人を取り持つようにアヤメが言葉を続ける

「魔導士殿もこういう事にはなれていない様子。ヴァッサには悪いですが、徐々に慣れていってもらうしかないでしょう」

「別に慣れてもらうほど長居するつもりは無いんだが」

 そんなアルファの補足を知ってか知らずか、構わずアヤメはアルファに質問をする。

「さておき、気になるのは『封印』されたという“魔王”とやら、それは我が国を脅かす魔王その者なのでしょうか?」

「それは無いな。あれは規格外の──そうだな敢えて分類するなら恒星間戦略兵器もかくやと言うべき代物になっている。それが復活する為に動いたのであれば、この国程度なら一晩と掛けずに消滅させ養分にでもしてるだろう。その方が“俺達”に見つかる可能性も低くなるだろうからな」

 そう言い切ると、アルファは更に自分の考えを付け加える。

「大方、魔王という言葉が独り歩きした結果、誰かが勝手に名乗っているだけだな。他の国や地域でもそういう事例はあったし、珍しくもない事だ」

 と、何でも無い事であるかの様にアルファは締めくくる。そんな彼の態度にアーサーは不満を漏らす。

「なんか、魔王に関してはどうでもいいみたいじゃねぇか」

「ん? それはそうだ。ジェネレーター周りは兎も角、この国の魔王を名乗る輩や、ましてやこの国の在り様など、俺には関係の無い話だ」

 然もありなんと言葉を締め、茶を飲み干すアルファだった。

 その彼の態度に憤り、怒号を飛ばさんとしたアーサーだったが、それより先んじてヴァッサの声が零れ出る。

「えっ……、アルファ様は……私達を……た、助けてはくれないんですか……?」

 その声は震え、瞳から涙が溢れそうになっている。

「だっ……て、お父さんやお母さんは魔獣に……こ、殺されて……みんな魔王のせいで苦しんでて……!」

 まとまりのない言葉がヴァッサから溢れ出る。

「何を勝手に期待してたのかは知らないが、それは俺が助ける理由にはならないぞ」

 突き放すアルファの言葉がヴァッサの胸を締め付け、思わずその場から飛び出してしまう。

「あっ!おい! ……くそっ!」

 そんな彼女をアーサーはアルファに対して悪態をつきつつ、つい追いかけて行ってしまった。

「やれやれ……別に追いかけなくてもいいだろうに。──それでお前達も俺に何か言いたいことがあるか?」

 部屋から飛び出した二人を予測していたかのようにアルファは冷静に見送ると、残っているアヤメを始めとした三人に対して物のついでとばかりに問いかける。

 しばしの沈黙の後、尋ねたのはアヤメだった。

「うーむ……、魔導士殿は私達に協力をしてはくれるんですよね?」

「あぁ、アヤメさんの様子からしても十中八九ジェネレーターに関係してるだろうからな」

「じゃあ、素直に『魔王を倒す』とヴァッサに言ってあげれば良いでしょう?」

「あくまでも俺の予測の話だ。不確定な中で、そんな約束をする気は無い」

「──では、この国の魔王がそれに確かに関わっているとすれば?」

「叩っ切る」

 アヤメの問いに簡潔だが断言するアルファだった。

「つまり、アルファさんはくそ真面目なのね」

「はぁ? なんだって?」

 一旦途切れた二人の会話を強引に繋げるようなセレナの言葉がアルファを当惑させる。

 だが、そんなアルファにお構いなしにセレナは話を続ける。

「アルファさんに実際に合うのは今日が初めてだけど、うん、確かにアヤメちゃんが気に入りそうな真面目な方ね」

「いや……、今の話の流れで、どうしてそうなるんだ?」

「正直ね、神魔大戦──でした? そのお話は突拍子も無くて私にはいまいち飲み込めなかったのだけど、『自分の不始末は自分で付ける』という意味なら、そうね、確かに私達の国のことなら私達がちゃんと解決しないといけないし、貴方に怒る道理は無いわ。それに、そういう態度が一貫してる所、私は気に入ったし、あの人もきっと気に入るわね」

「まぁ──理解してくれるのなら、別に構わないが……」

 旅すがら見分されるのには慣れているアルファだったが、セレナのそれは余所者を品定めするものではなく妙な違和感を覚えたが、敢えて無視することにした。

「──で、お前さんは、何も無いのか?」

 そうして、アルファはイヴにも尋ねる。

「なんで?」

「まぁ、お前さんもアーサーと同類だろうからな、言いたい事があるなら素直に言った方がいいぞ」

「別に。世の中そんなものだし、誰か──“人”がなんとかしてくれるだなんて思ってないから」

 そう言い、イヴは湯飲みの中の茶を見つめる。

「寂しいことを言うのね……」

 そんなセレナの呟きをイヴは黙って聞いていた。

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