第19話『おかえりなさい』
「アヤメちゃん、おかえりなさ~い」
「母上、拙者はもう子供ではないので、そんなに強く抱きしめられては──」
出会い頭に抱擁され戸惑うアヤメに構わず、彼女を抱きしめている小柄な女性──アヤメの母親であるセレナはそのまま親子の会話を続ける。しかし、その様子は傍目には『母が子を歓待してる』というより『妹が姉の帰りを待ちわびていた』という風情ではあった。
「ええ~? でもアヤメちゃんはかわいいかわいい私の子供だよ~? そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃない」
「それはそうですが……人の目もありますし!」
恥ずかしがるアヤメだが、セレナはなお食い下がる。
「でもでも、アヤメちゃんが強いのは知ってるけど、危険なお仕事してるんだし、こうして無事に帰ってきてくれるの本当に嬉しいんだから」
口でアヤメに制止されつつも
「おわっ」
「……何してるの?」
「何って、『おかえり』の挨拶だよ?」
「……なんで『そんなこと』するの」
唐突に抱きしめられて驚くアーサーを余所に内心困惑し疑問を返すイヴにセレナは何の気なしに簡潔に答え、さらに言葉を続ける。
「言葉だけじゃ中々伝わらないから、だから行動で示すのよ。『ここがあなたのおうちだよ』って」
「少しの間厄介になるだけで、別に私の『家』になる訳じゃない」
「んー、アヤメちゃんのお手紙通り、やっぱり少し気むずかしいのね。でも、いいの。これは私が勝手にやってることだから。ただ、この国──世界には安心できる場所があるって知って欲しいの」
その穏やかながらも確かなセレナの口ぶりは、紛う事なき“大人”のものだった。
そんなセレナの理由に対し否定も肯定もせず、イヴはただ空を仰いだ。居もしない──仮に居たとしても答えはしない神に問いかけるように。
「それじゃあ、アルファさんも、はい」
アーサーとイヴを抱きしめ終えたセレナはアルファに向き直り手を広げ迎える恰好を取る。
「は? それ、俺にもやる気なのか?」
予測はしていたがあまりにも自然な動作だった為、アルファは遠慮無い言葉をそのまま発してしまうが、セレナは気にせず、腕を広げたまま反応を待つ。
「いや、人の嫁さんに抱きつく趣味も了見も俺にはないぞ」
そんな呆れたアルファの言葉に、特に気にもせずセレナは構えを解き、独り言のような言葉をこぼす。
「ま、仕方ないわよね。アヤメちゃんのものなんだし」
「……いま、この奥方、変な事言わなかったか?」
「えぇ、言いましたね」
「なぁ、アヤメさん、俺のこと手紙になんて書いたんだ?」
「まぁ、端的に言えば『いいひと』であるとは書きましたが──」
そんなアヤメの回答に怪訝な顔をするだけで訂正は求めないアルファだった。何故ならば誤解を解こうとしても、アヤメの良くも悪くも表裏の無い性格とその親たるセレナの押しの強いだろう性格を察すれば、労力に見合った結果が得られないだろう事を短いながらも一緒に旅をしてきた経験から得ていたからである。
(まぁ、実害が生まれるとも思えないし、放っといていいか。なにかあるなら、その時にでも考えれば良いだろ)
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