第34話 聖女の仕事は終わらない

 レイリアは小さく笑った。


「助けてくれたときに言ったでしょ。あなたの役に立ちたいって」


「ああ……。あの時の」


「聖女の私だから役に立てること、やっとできる」


 クレイストが、地を這うようなため息をついた。 レイリアはびくり、と身体を震わせる。


「……本当にあなたは馬鹿ですねぇ」


 いつもの呆れた調子の声に、思わずレイリアは顔を上げた。


 いつものクレイストの顔が、そこにはあった。


「ば、馬鹿って言ったら、そっちが馬鹿なんだから!」


「馬鹿丸出しのセリフですね。全くもう」


 クレイストはレイリアの髪をぐちゃぐちゃにかき回した。


「ちょ……クレイ……!」


 そのままクレイストは、レイリアを強く抱きしめた。


「そんなことをしたら、私は生まれず、あなたはあの路地裏で野垂れ死んでしまうじゃないですか」


 レイリアの脳裏に、雨の路地裏が蘇る。


 死の直前の恐怖が、今さらながらに蘇る。


 しかし聖女と王子が結ばれなければ、令嬢グレイシアが冤罪で断罪されることもない。


 ロランも彼の親族も苦しまない。


 ステファンは王国の第一王子として順風満帆な人生を歩み、誰も傷つかない世界が生まれたはずだ。


 自分の死の一つぐらい、なんだろう。


 それに……。


「いいよ。それで。クレイストのいない世界で生きていても、きっと私の願いは叶わないから……。クレイストがそう望むなら」


「望みませんよ」


「……え?」


 きっぱりと言うクレイストに、レイリアはぽかん、と口を開ける。


 クレイストはむに、とその頬を引っ張る。


「間抜けな顔ですね」


「な……なん……」


 なんで? なんてこと言うの! 驚きすぎてそれらの言葉を紡げず、レイリアは口をぱくぱくと動かした。


「あなたがいなくなったら、私が聖女に叶えて欲しいことは叶わないんですよ」


「クレイストが聖女に願うことって何?」


「迷惑をかけてもかけられてもいい、嫌われても恨まれてもいい、誰かの記憶に残る人生を送りたい」


 レイリアは目を見開いてクレイストを見上げる。


 いつの間にか、レイリアは泣いていた。


 その目に滲んだ涙を、そっとクレイストは指で拭った。


 そこに、十七歳のクレイストの顔が重なって見える。


 熱にうかされ、前世の自分を哀れんで泣いた。


 その流れた涙を拭いてくれたのは、クレイストだったのだ。


 最後の鐘が鳴り響いた。


「レイリア。あなたはあの時、私の願望を言葉にして与えてくれていたのですよ」


 レイリアの背中のケープをクレイストが剥ぎ取った。


 背中にあった羽根の聖痕が、すうっと消えていく。


「レイリア、あなたは間違いなく私の聖女です。羽根がなくても、力が無くても、これからもずっと」


 その跡を愛おしそうに撫でると。クレイストはレイリアを強く抱きしめた。


「人に優しくしない人の人生は自分にも優しくない、でしたか。それなら、人に優しくあろうとした人の人生は、きっとその人に優しいものになるでしょう」




ーー でも願わくば、優しい言葉の一つも聞いてみたい。 




 クレイストはレイリアの頬を愛おしそうに撫で、にっこりと微笑んだ。


「聖女ではなく、一人のあなたとして、あなたはただ、私に優しくされていればいいんですよ。それがきっと、私たち二人の幸せな人生に繋がるのです」


 クレイストの顔がレイリアのそれに重なっていく。


 ずっと聞きたかった言葉を全て投げかけてくれた人が、レイリアの初めてを奪っていった。



【終】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【完結】聖女の別れさせ屋~断罪されることなく”悪役令嬢”を穏便に婚約破棄させてみせましょう! ~落第聖女と廃嫡王子の秘密のお仕事~ 西尾都 @SMILLEY

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ