第33話 聖女様の最後のお仕事

「あの馬鹿兄。過去を変えてやったのに、まだ私に執着しますか……」


「あの方、一人っ子でいらしたでしょ? 弟という存在がとても可愛いらしくて」


「……」


「……クレイストが可愛く見えるなんて、大物だよ。いや、違った。流石はクレイストのお兄ちゃんだよ。クレイストを絶句させられる人なんて、ほかにいないよ」


「兄も弟も、本当にもういらないんですけどねぇ……。まだなんだか増えそうで、怖いです」


「それもまた、良縁ですよ」


 一礼すると、クリスタニアは去って行った。




 時を告げる鐘が、厳かに鳴り響く。


「……おや」


 クレイストがレイリアの背中のケープを持ち上げ、背中があらわになる。


「な、何するのよ!」


「あなた。今日が誕生日だったようですよ」


「え?」


「背中の聖痕が、消えかけています」


 レイリアは鏡のような床に映る自分の背中を見た。


 確かに背中を覆うまでにあった羽根の後が、端の方から消えていく。


「聖女の力が……なくなる?」


「これは本気で『別れさせ屋』廃業ですね」


 言葉とは裏腹に晴れやかな笑顔を見せるクレイスト。


 はっとして、レイリアはクレイストに向き直った。


「ねえ、いいの? 私、もう一つお仕事しなくて」


「仕事? 最後の仕事は終わったのでは?」


「ううん。その……。クレイストのお父さんとお母さんの別れさせ屋は……しなくていい?」


 クレイストは一瞬固まり、目を丸く見開いた。


「『別れさせ屋』の目的は、クソ王子……お父さんへの復讐だったけど、本当に聖女に願いたかったのは、そんなことじゃないよね」


 クレイストは答えない。


「自分の生まれた国を滅亡させたり、世界を壊したり……。そんなことをしようと思ったのは、お母さんを追いつめた世界が許せなかったから、なんでしょう?」


「……」


 微動だにしないクレイストの胸元をつかみ、レイリアは頭を付けた。


「多分、私なら過去へ戻って聖女と王子を別れさせられる。お母さんを助けられるよ」


 クレイストは沈黙を続けている。


 レイリアは顔を上げられなかった。


 聖女の力の使い方を知ってから、ずっと考えていた。


 聖女の力の形は一定ではない。覚醒させる方法も分からない。


 しかし、クレイストは祖父やクリスタニアの話を聞き、その可能性に気づいたのだろう。


 魔王を復活させれば、聖女の力は覚醒する。


 そして彼の前には、目的を完遂するためなら時間さえ飛び越えられる力を持った聖女がいるのだ。 クレイストは「本当の願い」を叶えたかったのではないだろうか。


 つまり……。過去に戻って「両親の結婚をなかったことにする」ことを。


 母の肖像画を見上げ、母の死を淡々と語る十七歳のクレイストの顔が今も忘れられない。


 あの時の少年を救いたくて、レイリアは生きてきた。


 この世界で初めて優しくしてくれた人に、優しさを返したかった。


 しかし今、クレイストの顔を見たら、決心が揺らぎそうだった。


 そんなことは忘れて、今のクレイストと一緒にいたい。


 そんな考えがレイリアの心を締め付けていた。


 それは傲慢な考えだ。


 前世の自分と、呆れるぐらい変わらない。


「やっと、約束が果たせるね」


「……約束?」


 頭の上から響くクレイストの声には表情がなかった。

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