第32話 聖女様の秘密のお仕事の終わり 2
「もう少し驚いてくれてもいいんだけどなー」
婚儀の後、ステファンの叔父であったことを告白したロランは、クレイストに「あ、そうですか」と淡泊な答えを返され、むくれていた。
「俺の正体にはどうせ気づいているだろうと思っていたけどさ、なんというか……」
「も、もが!」
いや、めっちゃ驚いたし、死にかけたし、大変だったんだよ、とレイリアは言いたかったが、クレイストに口を押さえられている。
「……で。なんでお嬢ちゃんはクレイに羽交い締めにされてんの」
「溢れる愛が止まらなくて」
「……まあ、愛の形は人それぞれか」
クレイストに慣れているロランはそれで済ませたが、ステファンとクリスタニアは目を丸くしている。
「その……、お二人はご結婚されていらっしゃるの?」
「もが!」
「いえ、まだ婚約の段階で。でもレイリアがめでたく二十歳の誕生日を迎えますので、そろそろ身を固めようかと思っています」
「それはめでたいな!」
ステファンとクリスタニアが満面の笑みで祝福する。
……皇帝と皇妃に認められた婚儀って、もう逃れようがないんじゃないだろうか。
レイリアは口を塞がれたまま漠然と思った。
と、クレイストと目が合う。
「ご不満は……ありませんよね?」
「……もが」
すでに口から手は離されていたが、レイリアはもごもごと誤魔化した。
「クリスタニアとそちらの聖女の奇縁にも驚いたが、何やら俺も貴殿との間には何か因縁めいたものを感じる」
「それは光栄ですが、多分気のせいですよ」
朗らかに言うステファンに、いけしゃあしゃあと答えるクレイスト。
過去は変わったが、やはりグレイシアはステファンがクソ王子の子であることは伝えていないらしく、ステファンは辺境伯の子として即位している。
「これって、別れさせ屋としては成功なのかな……」
声を潜め、レイリアはクレイストに囁いた。
「実際、前皇帝とグレイシア嬢の仲は破談させています。誰もが幸せならよろしいではないですか」
クレイストは眼鏡のブリッジを押し上げた。
「ステファンは己に呪いをかけず、クリスタニアは初恋をこじらせていません。これで理不尽に私にちょっかいをかけてくることも金輪際ないでしょう。万々歳です」
「……それが本音かー!」
「ん? 何が本音だって?」
流石に聞こえたのか、ステファンが突っ込んでくる。
「いえ、私たちもこんな素敵な式場で結婚したいなー、と」
(思ってもいないことを!)
叫ぶ声は再びクレイストに塞がれる。
ロランが同情の目で見ているのが分かる。
「おお、それはいいな! ぜひ使ってくれ!」
「……いえ、ここ、皇族の人しか使えないのでは?」
「ああ。だから使えるだろう?」
悪戯っぽくステファンはレイリアにウィンクをしてみせた。
「……え?」
見上げるレイリアに、クレイストは小さく肩で息を吐いてみせる。
「叔父上もぜひ使ってくれ!」
「いや、俺は相手がいないからな……」
「それなら、良い女性を紹介しよう。叔父上の好みはどんな女かな?」
ステファンはロランの肩を抱いて去って行く。
去り際にちらちり、とクレイストを見て。
「……もしかして、殿下は知っているんじゃないの?」
「知りません。知っていたとしても私は関与しません。兄とか弟とか、もうビタ一人増えてくれなくて結構。この血筋には厄介者しかいませんよ」
きっぱり言い放つと、クレイストは残ったクリスタニアに向き直った。
「それで。あなたはレイリアに何か言うことがあるのではありませんか?」
透き通る笑みを浮かべてクリスタニアは深々と頭を下げた。
「クリスタニアさん?」
「ありがとう……。私とあの人の呪いを解いて下さって。聖女レイリア」
「え……。えええっ?!」
「流石は腐っても聖女。過去が変わっても記憶を持ち続けているようですね」
驚くレイリアの肩を抱き、冷静にクレイストは言った。
「呪いに気づいたときには、もう私にはどうにもできなくて。私の力を振り絞って、あなたに助けを求めたの」
「クリスタニアさんの力って……」
「人と人を結びつける力、です。ステファン陛下の縁をつないでくれる方を必死で呼んだのです」
「それに答えたのが『別れさせ屋』聖女の私、ですか」
「皮肉ですねぇ」
嫌みを言うクレイストにレイリアは頬を膨らませる。
その様子を、レイリアは微笑ましく見守る。
「これから、お二人はどうなさるの?」
「そうですねぇ。別れさせ屋は廃業してしまったので、もっぱら無職です。職探しをせねば」
「でしたらぜひ、この皇宮にいらしてください」「権力に阿るのは遠慮したいですねぇ」
「あら、言い方が悪かったですわね。陛下はあなた方を当分手放す気はないそうですわよ」
クレイストは露骨に顔をしかめた。
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