#04 アウル・セイクレッド

 あなたは森へと向かっていた。

 学校の北側にある森は魔物が巣食うとても危険な場所。警備担当であればいざ知らず、教師も生徒も滅多なことでは近づかない。しかし、あなたはそんな森に用事があった。

 次回の魔法薬学では、森に群生するある薬草を使う。あなたはその薬草の採取係に選ばれてしまった。難を逃れたとばかりの表情をしていた同じ班の2人を呪いながら、森へと歩く。

 げんなりした表情のあなたの正面から、男子生徒が歩いてくる。彼はバスケットいっぱいに野草を摘んだ帰りのようだった。

 羨ましいなぁ、とばかりにあなたが山いっぱいの野草を眺めていると、突然彼が前のめりになる。

 バスケットが高く跳び、野草の山が空中で崩れた。

 大惨事だ。と感じたあなたは懐から杖を素早く取り出し、宙を舞う薬草に向ける。途端、薬草とバケットは重力を失ったようにふわふわと宙で揺れた。

 安堵の息を漏らすあなたの足元で、ゴッ、と鈍い音が響く。

 どうやらあなたは、助けるべきものの優先順位を間違えたらしい。


 あなたは鈍い音を立てて倒れた彼に肩を貸し、理科室へ向かうことになった。あなたが手を貸すと、彼は弱々しく微笑んで「では、お言葉に甘えて」とあなたに半体重を預けた。

 すぐそこの理科室への道中、彼は「油断しました」なんて言って笑ったのだが、あまりにも痛そうな音を思い出し、あなたは笑顔に同調できなかった。

 理科室に着くと彼は氷嚢を作って額に当てた。

「ありがとうございました」と彼はあなたに笑みを向ける。「僕はアウル・セイクレッドと申します。あなたのお名前は?」

 あなたが質問に答えようと口を開いた時、彼が先に言葉を発した。

「って、あなた、魔法薬学のクラス一緒じゃないですか?」

 あなたは覚えていなかったが、彼は自信があるようなのでおそらくそうなのだろう。

「ということは、あなたも薬草を採りに?」

 あなたは頷く。彼は申し訳なさそうに眉を下げた。

「すみません、お時間を取らせてしまいましたね。ではお詫びに薬草のお裾分けでも」

 あなたがアウルのぶんがなくなるのではと尋ねると、アウルは薬草の山に一瞥を向けた。

「これだけあれば、クラス分はありますよ。授業以外にも使うので、かなり余分に採ってきているんです」

 それもそうだ、とあなたが納得する表情を確認すると、アウルは小さいバスケットをあなたに渡した。

「このサイズで足りますか? 遠慮なく持っていってください」

 彼は人の良い笑みを浮かべた。

 そんな彼の顔を正面からよく見て、あなたは彼が何者かようやく、正しく理解した。

 生徒会役員、アウル・セイクレッドだ。役員紹介で壇上に立っていた彼の無表情と、この人の良い笑みがまるで別人で、今の今まで気が付かなかった。あなたは壇上の彼に冷たそうな人だな、という印象を抱いたのを思い出した。

「どうかしました?」

 じっとアウルの顔を見ていたあなたはその声で我に返った。ぺこぺこと何度か彼に頭を下げ、薬草に手を伸ばす。

 薬草を吟味しながら、こうやって話してみると随分と印象が違うものだと記憶を反芻してみた。目の前にいるアウルは表情も良く変わるし、敬語の割にしゃべりも柔らかい好青年だ。

 緊張してガチガチだったんだろうか。

 あなたは必要な薬草を取り終え、彼に礼を言う。

「いえ」と彼は柔和な笑みを浮かべた。「助けられたのは僕のほうです。本当にありがとうございました」

 あなたは別れの言葉もそこそこに、バスケットを抱えて扉に向かう。あなたが扉に手を伸ばした途端、廊下側から誰かが扉を開けた。

「あら」

 扉がなくなり、開けたあなたの視界には先日助けてくれたジュゼットの姿があった。ニコニコ微笑んでいる彼女に会釈をし、視線がやや下を向く。そこでもう1人の存在に気づいた。

「君、この前の」

 赤いツインテールを揺らして驚く女子生徒。リマ・フレイムだ。

 生徒会トップの登場にあなたはぎょっと目を向く。

「この前の?」そんなあなたをよそに、ジュゼットが口を開いた。「お知り合いですの?」

「うん、この前ちょっとね」

 リマがなんでもなさそうに答えると、ジュゼットは不満そう、あるいは怪訝そうに眉根を寄せた。「ちょっと、ですか」

「ごめんね、驚かせてしまって。アウルはいる?」

 あなたは横にずれ、いまだ額に氷嚢を当てているアウルを指した。

「あ、あれっリマさん? なんでここに」

「なんでって、今日は生徒会でしょ」リマはため息をつきながら、アウルに歩み寄る。「来ないから迎えに来たんだよ。ルーサーとエリオットはザッカリーを探してくれてる」

 リマに怪我の様子を覗き込まれながら、アウルが苦笑する。「そ、そうでした……。すみません」

 2人はいくつか言葉を交わしている。親しげな光景を眺めていると、

「セイクレッド先輩とはお知り合いで?」

 手持ち無沙汰になったジュゼットがあなたに尋ねた。あなたは簡単にことの経緯を説明した。

「そうでしたの、何事もなさそうでなによりですわ。ありがとう」

 にこりとジュゼットがあなたに微笑みかける。その足元で、猫の鳴き声がした。下を見ると、猫のような形をした黒いモヤがジュゼットに頭を擦り付けている。

「どうしたの、ミケル」ジュゼットは言いながらモヤを抱き上げた。モヤは何かを伝えるように何度も鳴いた。「あら、そうなの。じゃあ戻らなくてはね。リマ様、セイクレッド先輩、モーガンが見つかったようですわ」

 ジュゼットが2人に声をかける。リマが振り返った。

「ほんと?」ただでさえ大きい目をさらに大きくして、リマが尋ねる。「彼、男子に捕まるの?」

「ミケルが言うにはそのようですわ。まぁ、ベル先輩がいますから」

 そっか、と相槌を打って、リマはアウルに視線を向けた。「アウル、歩ける?」

「はい。すみません、ありがとうございます」

「じゃあ行こうか」

 リマとアウルが廊下に出る。リマはあなたを見上げた。

「お邪魔しちゃったね。それじゃあ」

 アウルが「失礼します」と会釈をし、歩き出したリマに続く。

「リマ様と何があったのか、また聞かせてくださいな」

 ジュゼットはにこりと笑んで2人を追った。その笑みは今までの優しいものではなかった。明らかな敵意。そして忠告だと、あなたは本能的に感じ取っていた。

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