第25話 帰還

「もう行ってしまうのね、テノアさん」


「はい、私の故郷はアーランド領ですから」


 ベルゼブブを巡る大事件が密かに終息して数日後。私は、家族と一緒にアーランド領へ帰ることになった。


 テルミちゃんの実体化は、あの時は私のスキルで賄っていたけど、そこまで高レベルのものでもないから、訓練を積めばすぐにフィエラ様も覚えられるだろう。

 それを伝えた時、若干顔が引き攣っていた気がするけど、きっと気のせいだ。


「いつでも遊びに来てください。テノアさんなら、いつでも歓迎いたしますわ」


『テノアお姉ちゃん、また来てくださいね! 約束ですよ!』


「はい、テルミちゃんも……お元気でっていうのは体もないのに変かもしれませんけど、フィエラ様と仲良く過ごしてください」


『もちろんです!』


 ふわふわと浮かぶ思念体のまま、馬車に乗る私に窓から抱き着いてくるテルミちゃん。


 今は実体化してないから普通に通り抜けていったんだけど……不満そうにぷくっと頬を膨らませる可愛らしい姿に絆されて、最後にもう一度実体化させてからハグを受け入れる。


 この元気で明るい感じが私そっくりだ、というのはフィエラ様とお兄様共通の弁。褒められてるんだろうけど、子供っぽいとも思われてそうで若干納得が行かない。


も、お二人こと、よろしくお願いしますね?」


「もちろんです。テノア様からいただいたご慈悲、この命尽きるまで忘れません。これから先、お嬢様方には誠心誠意尽くす覚悟です」


 フィエラ様の隣に立つ、執事服に身を包んだ仮面の紳士。

 彼の名は、ヨモギ。より正確に言えば、ヨーグ・コーデリアが執事に変装した姿だ。


 あの時、コーデリア家の……フィエラ様のためには、悪魔の仕業に見せ掛けてヨーグを殺すしかなかった。でも、同じくフィエラ様のために、父親を殺すわけにはいかなかった。


 だから、"ヨーグ・コーデリア"を死んだことにして、全くの別人として生きて貰うことにしたんだ。


 その覚悟があるか試すため、万が一にもヨーグだと気付かれないために、生活に支障が出ない範囲で彼の顔を焼き、仮面をつけたままの生活を強制することになっちゃったけど……彼は自らの意思でそれを受け入れ、見事耐えきった。


 それを見て、スレイプさんもヨーグは死んだと王家に報告する約束を交わし、コーデリア領を去って行ったのだ。


「しかし……私ごときがこのようなことを問うのもおかしな話ですが、良かったのでしょうか?」


「何がですか?」


「悪魔討滅の功績を、ヨーグ・コーデリアに譲ったことです。もっとも活躍したのはテノア様であるにも係わらず、私の……っ」


 最後まで言い切る前に、私はヨモギさんの額を指で弾く。

 驚く彼に、私は一度口にした言葉を再度告げた。


「私は、家族や友達を守れるならそれでいいんです。功績とか、そんなのはいりません。もし、そのことを後ろめたく思うのであれば、その分まで今度こそ、フィエラ様達を幸せにして……守ってあげてください」


 フィエラ様の"父親"は生きているけど、公的に"ヨーグ・コーデリア"が死んだことに変わりはない。


 きっとこれから先、悪どいことを考える人間が山のようにフィエラ様を獲物とみなして群がることだろう。そうして生じた隙を突いて、また魔族が取り入ろうとするかもしれない。


 この世界は、フィエラ様みたいな優しい子が生き抜くには、あまりにも過酷だ。それを乗り越えるための力となり、影として生きること。


 それこそ、私がヨモギさんに求めた、贖罪の道なんだから。


「……はい、分かりました。ああ、そうだ、もちろん、テノア様の力の秘密に関しましては、我ら一同墓場まで持っていくつもりですので、ご安心を」


「…………」


 最後に付け足された誓いを聞いて、私は思わず口をへの字に曲げてしまう。


 私が使ったスキル……《リザレクション》と《光神化》は、前世のゲームにおいてはプレイヤーなら誰もが習得出来るものだった。


 だけど、この世界ではあのスキル、女神しか使えない伝説の代物になっていて、それを二つも行使した私は相当に異常な存在だ。


 これについて、どう説明したらいいのかと迷っていたんだけど……ここに来て、ベルゼブブが呟いた一言がみんなの共通認識として、いつの間にか形になっていた。


 つまり……私は女神をその身に宿す転生体で、"テノア"としての意識と"女神"としての意識が混じりあった存在だ、みたいな感じになってる。


 なまじ、テルミちゃんが悪魔召喚のために魂を侵食されて、"テルミちゃん"と"ベルゼブブ"の意識が混濁する症状をよく起こしていたのもそれを後押しした。あ、戦闘中、私の口調が普段と少し変わってたのも原因かな?


 ともかくそんな感じで、ヨモギさんは完全に私を女神として崇め尊敬するようになっちゃったし、フィエラ様やお兄様は女神の強すぎる力で私が体を壊さないかとすんごい心配するようになった。


 テルミちゃんを助けるための《リザレクション》で粗方魔力を使いきって、その後丸一日寝込んだのも悪かったかな……特にお兄様なんて、「もう二度とテノアが女神の力を使わなくてもいいように強くなる」って張り切っちゃってるんだよね。


 まあ、変に不審がられるよりはずっと良いし、お兄様に優しくして貰えるのは嬉しいから、別にいいんだけどね。


 決して、私がお兄様に甘えたいからというわけではないので、そこ勘違いしないように。


「テノア、出発するぞ。ちゃんと座れ」


「はーい、お兄様」


 お兄様に抱かれ、膝の上にちょこんと乗せられる。

 あれ、これはちゃんと座ってると言えるのだろうか? と思ったけど、対面に座るお父様とお母様は微笑ましそうに見つめているだけだし、まあいいのかな?


「ごめんな、テノア」


「んん? 急にどうしたんですか、お兄様?」


「俺、お前のこと守るって言ってたのに、全然守れてないからさ……」


「そんなことないですよ。私、お兄様がいなかったらここにいませんもん」


 落ち込むお兄様の頭を、ポンポンと撫でる。

 戸惑いの表情を浮かべるお兄様へ、私はにこりと笑いかけた。


「聞こえてましたよ、お兄様の声。私を心配して、私のために怒ってくれてる優しい声が。あれがあったから、私は戻ってこれたんです。だから……ありがとうございます、お兄様。大好きです」


 えへへ、と体を寄せるも、なぜかお兄様からの反応がない。

 どうしたのかな、と顔を上げると、お兄様は感極まって涙を流していた。


「俺も大好きだぞテノア……!! もう絶対に離さないからな!!」


「お兄様、苦しいですぅ……」


「ははは、なんだか益々兄妹仲が良くなったみたいだな」


「良いことだけど、ちゃんと妹離れ出来るのかしら? ちょっと心配ね」


 笑うお父様と、心配と言いながらも楽しげなお母様。

 お兄様は私のことを全然離してくれないし、ちょっと暑苦しいんだけど……でも、みんな私の大切な家族、この世界で生きる意味だ。


 みんなを守るために、私ももっと強くなろう。あの日誓ったように、全ての悲劇を蹂躙する理不尽そのものに、私がなる。


 そんな風に考えながら、私は今ある幸せを噛み締めるように、いつまでも笑い続けるのだった。

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最強幼女の異世界蹂躙~超高難度の死にゲー世界に転生してしまったので生きるために鍛えてみたのですが、どうやら強くなりすぎたようです~ ジャジャ丸 @jajamaru

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