第24話 リザレクション

「ふぅ……勝った……」


「テノア!!」


 ベルゼブブを撃破してひと息吐いていると、お兄様が駆け寄ってきて、その勢いのまま抱き締められた。


 むぐ、と息苦しさに呻いていると、お兄様は涙ながらに私の無事を喜んでくれた。


「良かった……テノア、生きててくれて……ほんとに、良かった……!!」


「……心配かけてすみませんでした。私なら大丈夫ですから……それと、その……私の力のことも、黙っていてすみません。なかなか言い出せなくて……」


「いいんだよ、そんなこと。テノアが無事なら、それで……!!」


 久しぶりに見たお兄様の涙に、私がどれだけ心配をかけたのか……そして、どれだけ愛されているのかを実感して、罪悪感と喜びが同時に沸き上がって来る。


 そんなところへ、今度はフィエラ様が声をかけて来た。


「テノアさん、その……まずはありがとう、あなたがいなかったら、この町は……いえ、世界は大変なことになるところだったわ」


「私はただ、私の敵を倒しただけです。私の大切な友達を……フィエラ様を悲しませる元凶は、許せませんから」


「テノアさん……こんなことがあったのに、まだ、私のことを友達だって言ってくれるのね……」


「当然じゃないですか。それに、こんなことって言っても、まだ終わってないですよ。むしろ、ここからが本番です」


「え……?」


 どういうこと? と首を傾げるフィエラ様に近付き、その手を握る。


 そこに、フィエラ様から貰った魔石の首飾りを添えて。


「ベルゼブブを吹き飛ばしたついでに、回収しておきました。これを使って、フィエラ様の妹さんを蘇生します」


「っ……!? な、なにを言ってるの!? そんなことが……!!」


「可能性の話です。でも私は、きっと出来ると信じています」


 あくまでゲームの中の設定ではあるけど、《リザレクション》による蘇生の条件は、肉体と魂の損傷が一定以下であり、死の前後一分以内であること。


 その点で言えば、フィエラ様の妹さんは死んでからずっと時間が経っていて、体もない。一見すると、蘇生条件を満たしていないようにも見えるけど……少し考え方を変えてみると、可能性が見えてくる。


 妹さんは、魂をベルゼブブ召喚の贄として使われた。つまり、ということになる。


 この首飾りを擬似的な肉体として、魂を封じ込めた状態……いわば、仮死状態に近い形だったんじゃないかというのが、私の仮説だ。


 それが、召喚の贄にされたことでベルゼブブになり、私の攻撃で完全に死亡した。今、ベルゼブブと妹さんの魂は、混じり合ったまま宙を漂い、徐々に拡散している。


 それを、再びこの首飾りを肉体に見立て、《リザレクション》で蘇生する。このスキルは復活の際にある程度までは魂と肉体を再生してくれるから、これまでみたいな仮死状態ではなく、ちゃんと意志疎通出来る思念体に近い存在に出来るかもしれない。


「全ては私の予想です。ベルゼブブならともかく、妹さんに会ったこともない私がその魂を正確に指定してスキルを使うことも難しいです。だから、フィエラ様が決めてください。このまま妹さんを看取るのか……一か八か、蘇生するのか」


 酷な選択を強いていると思う。期待させるだけさせて、蘇生に失敗したり……最悪、妹さんのつもりでベルゼブブを蘇生してしまうかもしれない。


 それでも、私はフィエラ様の笑顔が少しでも増える未来があるのなら、全力でそれに挑みたい。

 未だに妹さんの死を悼んでいるフィエラ様が、ちゃんと前を向けるように。


「分かったわ。私は、テノアさんを信じる。妹……テルミのこと、お願い」


「はい、任せてください!!」


 フィエラ様と一緒に魔石を握りながら、私は宙に槍を掲げ、発動する。


 ありったけの魔力と願いを込めて、渾身のスキルを。


「《リザレクション》!!」


 槍の穂先から迸る、温かく優しい力の波動。

 ゆっくりと広がるそれに触れた魂の欠片が共鳴し、淡い光となって私達の握る魔石へ集まって来る。


「お願い、テルミ……戻ってきて……!」


 震えながら、フィエラ様が必死に呼び掛ける。

 やがて、宙を漂っていた魂の欠片が全て魔石に吸い込まれ……そして──


『お姉……さま……?』


 私達の目の前に、フィエラ様そっくりの紫紺の髪を持つ幼い女の子が、幽霊のように半透明の体で出現した。


「テルミ……本当に、テルミなの……?」


『お姉さま!! 会いたかった!!』


「っ、テルミ……!!」


 やっと再開出来た姉妹が、感極まって抱き締め合う。

 その瞬間、私は《虚実反転》というスキルをこっそり使い、テルミちゃんの体を実体化させておいた。


 本来は、ゴースト系の魔物に物理攻撃が通るようにするためのスキルだけど……狙い通り、二人が互いの存在を確かめ合うのにも使うことが出来たみたい。


「テルミ……ごめんなさい、私、あなたのこと守れなくて……こんなに近くにいたのに、気付いてもあげられなかった……!!」


『ううん、いいの。お姉さまがずっとテルミのことを考えてくれてたの、伝わってたから。今こうして、また一緒にいられて……テルミ、幸せだよ』


「っ……テルミ……!!」


 ポロポロと涙を溢すフィエラ様を、テルミちゃんが慰めてる。

 どっちがお姉ちゃんか分からない状態だけど、つまりはそれだけ、フィエラ様の妹への想いが強かったということだろう。


 取り戻せて、良かった……心から、私はそう思った。


「凄まじいな。まさか、こんな形で人を甦らせるなんて……これが、伝説の《リザレクション》か」


 すると、気付けば私の側にスレイプさんが立っていた。

 目はフィエラ様達に向いているけど、明らかに私に聞かせることを目的としたその言葉に、私は肩を竦める。


「今回のは、抜け穴を突いた例外みたいなものです。この力じゃ目の前で亡くなった人しか助けられませんし……自然死や病死も無理です。一瞬だけ生き返りますけど、すぐにまた死なせてしまうだけですから」


 このスキルで助けられるのは、死因が他殺や事故死だった場合だけ。回復系のスキルで治療可能な範囲だけだ。


 いわば、そういった回復系スキルの最上位として存在するのが《リザレクション》なので、そもそも回復系スキルを受け付けないような状態を原因とする死には、何の効果ももたらさない。


 つまり……。


「たとえあの時、あの場に君がいたとしても……《リザレクション》があっても妻は助けられなかったと、そういうことか」


 私達から少し離れた場所で、ヨーグ・コーデリアがそう呟く。


 残酷な現実をどうにか飲み込もうとしている彼に、私は肯定の返事をした。


「……はい。女神でも、たとえ悪魔であっても……助けられなかったと思います。ベルゼブブの力は、あくまでオリジナルを模倣した亡者を生み出すためのもので……魂のひと欠片すら、救ってはくれません」


「そうか……ふ、ははは……当然、だな……分かってはいたんだ、そんなことは……だが、諦めきれなかった。諦めきれず、コーデリア家の名誉も、力も、そして……娘すら、犠牲にしてしまった」


 ヨーグの目が、フィエラ様とテルミちゃんに向けられる。


 その視線に込められているのは、娘達に対する罪悪感か、愛情か……複雑で、よく分からない。


「すっかり忘れていたよ。妻が亡くなった時、最期に遺してくれた言葉を……娘達を頼むと、そう言われていたのにな。全く、ダメな父親だ」


「お父様……」


「スレイプ君。私がこのまま出頭した場合、罪状はどうなるかな?」


 どこか憑き物が落ちたような顔でそう言ったヨーグは、呼び掛けるフィエラ様ではなく、スレイプさんに目を向ける。


 重要な問い掛けに、スレイプさんは淀みなく答えた。


「魔族との内通、悪魔召喚による国家反逆罪。軽く調べた限り、この儀式場を作るにも不正な金の流れがありましたので……まあ、家の取り潰しは免れないでしょう。少なくとも、あなた一人の首では済まない事態だ」


「よく調べてある。やはり、王家には私の企みなど筒抜けだったようだな。……だが、それは困る。私はともかく、娘達だけでも君の力で守ってやってくれないか? この通りだ」


 体を起こすこともなく、ヨーグはその場で土下座する。


 どうやら、スレイプさんは王家から依頼を受け、怪しい動きをするコーデリア家を調査していたみたい。今回のことでいち早くこの場に駆け付けられたのも、それが理由の一つだったみたい。


 つまり、スレイプさんの報告次第で、コーデリア家の今後が決定する。

 ヨーグの頼みを聞いたスレイプさんは、しばし逡巡した後……躊躇いがちに、口を開いた。


「一つだけ、方法がある。悪魔召喚の事実はもう揉み消せないが、あなたがそれを命懸けで止めた"英雄"となる道……この場で、悪魔の仕業に見せ掛けて命を断つ道だ」


「そんな……!?」


 スレイプさんの提案に、フィエラ様が息を呑む。


 コーデリア家で、悪魔が召喚された。

 このままでは世界が滅ぶところだったのを、ヨーグが命を懸けて阻止し、世界滅亡を防いだ英雄となる。


 王家としても、民を守るべき貴族が悪魔の力で世界を滅ぼそうとしたというよりも、悪魔を守って死んでしまったという方が都合が良い。当人が死んでいれば、反逆の罰として他の貴族への言い訳も立つ。そんな感じらしい。


 問題は、せっかく妹のテルミちゃんが戻ってきたばかりのフィエラ様が、今度は父親を失ってしまうということだ。


「すまない、フィエラ。最期まで迷惑ばかりかけることになるが……テルミと二人で、生き抜いてくれ。……後を、頼みます。テノア様」


 やけに丁寧な呼び方で、ヨーグは私に後を託そうとする。


 それを聞いて……私は、思い切り溜め息を溢した。


「嫌です、あなたのお願いなんか聞きたくありません」


「えっ、なっ……ま、待ってくれ、確かに私は貴女様を殺そうとした、恨みたくなる気持ちは分かるが……!」


「ごちゃごちゃうるさいですよ。私は、私の敵を許すつもりはありません。あくまで、家族と友達のために動きます。……なので」


 私は、無造作に槍を振りかぶる。

 穂先に炎を灯し、周囲の慌てる声を聞きながら……無慈悲に、告げた。


「あなたの思い通りにはなりません。あなたには、罰として……ちょっとばかり、死ぬより辛い目に遭って貰います」

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