婚約破棄を宣言するたびに、未来から来た自分が「やめろ!国が滅ぶぞ!」と忠告に来てドンドン増えてくるんですが、その内容がドン引きです

くろねこどらごん

第1話

「アンネローゼ!私はたった今をもって、君のことを追放する!」


 昼下がりの王宮。

 その一角にある庭園にて、アマザ王国第一王子、シュヴァイン・ハーネツァー・アマザは、婚約者である侯爵令嬢、アンネローゼ・レスタを指差しながら、そう高々と宣言していた。


「…理由をお聞きしても?」


「聞かないと分からないの?お姉様って、本当に鈍いのねぇ」


 冷静に問いかけるアンネローゼに対し、投げかけられるは中傷の声。ただ、声は甲高く、王子ではない女性のそれだ。

 アンネローゼを心底馬鹿にしきっているその声の主、シャロンは、ゆっくりとシュヴァイン王子に近付くと、まるで見せつけるように彼の右腕に己の腕を絡ませると、実の姉であるアンネローゼのことを、文字通り見下していた。


「シャロン、貴女、どうして王子と一緒にいるの?」


「見ても分からないんだ。これじゃあシュヴァイン様が呆れるのも納得だわ。いい、お姉様?貴女の居場所はもうないの。シュヴァイン様は、この私を選んでくれたのだから」


 だから貴女はもう用済みなの。

 そう、シャロンは告げた。勝ち誇った笑みを浮かべて、これからの未来を夢見る少女のように。

 血を分けた肉親に向けた悪辣な調べを聞き届けながらも、美しき金糸のごとき髪を揺らし、王子もまた頷いた。

 愛しい女の願いを相分かったと。それ以上言う必要はない。これからの責は自分が負うとでも告げるかのように。

 傍から見れば、ひどく醜悪に見えるやり取りも、当事者同士は気付かない。

 互いが互いの姿しか見えておらず、互の瞳に映る者以外は今この時には必要ないからだ。

 よって、彼は整った顔にひどく満足げな表情を浮かべながら、もう一度高らかに―――


「アンネローゼ!婚約破棄をされた君に居場所はない!どこへ成りとも好きに行くがよ「ちょっと待った!」…なに?」


 宣言しようとしたところで、さらに大きな声によって阻まれた。

 古き婚約者を捨て、愛する恋人との門出となる婚約破棄を邪魔されたことで、王子は思わずカッとなる。


「誰だ!私達の未来を邪魔する者は!?」


「それは…私だ!」


 ガサリと音がし、その場にいた三人はすぐさまそちらに目を向ける。

 そこにはひとりの男がいた。


「む…」


 途端、王子は眉をひそめる。その男の姿が、王子の美意識に反していたからだ。

 頭頂部には髪がほとんど残っておらず、ハッキリ言えばハゲていた。

 着ている衣服も、元は立派な装飾を施されたものであることは伺えるのだが、そこかしこに染みがあり、薄汚れている。

 顔にも生気がなく、ひどく疲れているようだ。

 それだけでも不快であったが、男に僅かに残った髪が、自身と同じ金の色であったことも、嫌悪感を加速された一因かもしれない。


「貴様…ここがどこか知っているのか!?ここはアマザ王宮!貴様のようなみすぼらしい男がいていい場所ではないぞ!」


 浮浪者に近い様相をした男は、この王宮には相応しくない存在だ。

 すぐにそう判断し、激昂とともに威圧するシュヴァイン。

 だが―――


「ふっ…ひどい言い様だ。だが、お前ならそう言うだろう。そう、かつての私ならばな!」


「なんだと!?」


 返ってきたのはまるで意味のわからない言葉だった。

 しかし、直後さらに理解の及ばないことを、この男は口にしたのだ。


「聞け!私は…半年後のお前だ!」


「なに!?半年後の私だと!?」


 半年後の自分?このハゲが?どういうことだ!?

 シュヴァインは困惑する。そんな中、男はまたもやとんでもないことを言い出した。


「私よ、アンネローゼを追放してはいかん!国が滅ぶぞ!!追放だけは絶対に辞めるんだ!!!」


「なにィッ!?国が滅ぶだと!?」


 コイツなにを言ってるんだ!?

 王子はまるで理解出来なかった。それは隣にいるシャロンも同じようで、目を剥いて男に食ってかかる。


「ふざけたことを言うんじゃないわよ!アンタみたいなハゲが、シュヴァイン王子なわけないじゃない!このみすぼらしいハゲが!!!薄汚いハゲのくせにそんなこと言ってるとぶっ殺すわよ!!!このクソハゲが!!!」


 さすがにハゲを悪く言い過ぎじゃないだろうかと、シュヴァインは思った。

 あまりに過ぎた暴言を聞いて逆に冷静になってしまった王子だったが、シャロンから罵声を浴びまくった自分を名乗る男は、よく見ると涙ぐんでいる。

 頭髪の残量は男にとって死活問題だ。なにげに結構なダメージを負っているのかもしれないなと、王子はちょっと男に同情してしまった。


「フフフ…まぁ聞け。順を追って話してやる。私は現在アンネローゼを追放している真っ最中。そうだな?」


「あ、ああ…そうだが」


 男の声が涙声になっていることにはツッコむまい。

 シュヴァインはそう心に決めた。男とはこういう時、ちょっと他人に優しくなってしまうのである。


「この後、アンネローゼを王宮から追い出し、さらには王都の外にまで連れて行くことになる。侯爵はシャロンを溺愛していて、姉のアンネローゼのことはあまり省みることがなかった。そのため、根回しも容易で、この目論見はあっさりと成功することになるのだが…」


 ここまでは良かったのだと呟くと、半年後の自称王子は一度息をついた。

 そして言いよどむ。頭の中で、言葉を選んでいるのかもしれない。

 彼が落ち着くのを待ってから、シュヴァインは話の続きを催促することにした。


「…落ち着いたか?」


「ああ。続きを話そう。その後のことは兵士に任せていたので、後から聞いた話ではあるが…シャロン。お前の提案で、アンネローゼは暴龍の森へと連れて行くことが決まったのだ」


 暴龍の森。その言葉を聞いて、シュヴァインは大きく目を見開き驚愕する。


「なに!?暴龍の森だと!?かつて我が国を滅ぼしかけたという、あの伝説の暴龍、アバレルーンの住む森のことか!?」


「そうだ。付け加えるなら、一度入ったものは二度と出てはこれぬとも聞くな。まぁある意味追放先としては、うってつけの場所ではあることは確かだ」


「それはまぁ、そうかもしれんが…」


 そうは言っても場所が場所である。謀殺の意図を隠そうともしていないではないか。

 実の姉にそこまでするか?

 シャロンのナチュラル畜生っぷりに、王子はちょっと引いていた。


「兵たちはアンネローゼを森の入口へと連れて行き、彼女が森の中へ入っていくのを見届けたそうだ。のちに彼らは王都に帰還したのだが、その後アンネローゼはなんやかんや生き延び、なんやかんや森の奥深くまで行き、なんやかんや暴龍と出会い、なんやかんや仲良くなって、なんやかんや最後は結婚したらしい。所謂、龍と人の異種間恋愛というやつだな」


「いや、さすがにはしょりすぎでは」


 いくらなんでも適当すぎだ。

 なんやかんや言いすぎだし、恋愛から結婚に至るまでのイベントスキップしすぎである。


「私は実際に見てないんだから仕方ないだろう。とにかく、重要なのはここからだ…暴龍アバレルーンは、龍の身でありながら、人間のアンネローゼをめとった。異種族とのF○CKファッピーを望むとは、いかにも暇を持て余した長命種らしい無駄な好奇心と、理性より本能で動く節操のない獣らしい畜生さではあるが、そのことは重要ではない。アンネローゼが獣ピー上等の変態女であることも、この際隅に置いておこう。ちなみにアンネローゼが民衆の間ではドラゴン○ァッカーとして後に有名になっているのも、ここだけの秘密だぞ?」


 ビキッと、アンネローゼの額に青筋が浮かぶのを、シュヴァインは見逃さなかった。

 これはまずいと王子は焦る。そらこんなこと言われたら誰だってキレるだろう。

 せめて龍の花嫁とか、もっと穏便に済む言い方があるだろうに。

 確かに自分はよく空気を読めないと言われるが、傍からすればこんな感じだったとは…。

 これからは改善していくことを心に決めつつ、シュヴァインは未来の自分に話を急かせる。


「そ、それでどうなったんだ!?まだ続きがあるのだろう!?」


「ああ。変態同士、辺鄙へんぴな森の中で仲慎まじく暮らしていたそうだが、ある時、奴はアンネローゼに何故この森に来たのかを聞いたそうだ。むしろ最初に聞いとくべきことだと思うが、そこは畜生だから致し方あるまい。奴にとっては単なる興味本位だったろう質問に、答えあぐねるアンネローゼだったが、そんな彼女の様子を不審に思った暴龍が問いただしたところ、やがて全てを語ったらしい…婚約破棄の件、そして私に追放されたこと。その全てをな…」


「なんだと…」


 王子の頬に、一筋の汗が垂れ落ちる。

 なんだかすごく嫌な予感がしたからだ。

 そして、その予感は当たっていた。


「アンネローゼから話を聞き終わって…奴は、ハジケた。アバレルーンは、どうやらアンネローゼのことをひどく溺愛していたらしい。ブチギレた勢いそのままに、王都に急襲をかけてきたのだ。結果、奴は暴龍の名に恥じない暴れぶりを見せ、たった一日で美しかった王都は半壊してしまった」


「な、なんと…」


「だが、それでも奴の怒りは収まらなかった。そのまま王都に居座り、奴は今度こそ王国を滅ぼしにかかったのだ。無論我らも黙って滅ぼされるつもりはなく、兵を出して応戦したのだが、足止めと時間稼ぎで精一杯だった…」


 その声には悔しさが滲んでいた。

 不甲斐ない自分に、憤りを感じているのだろう。気持ちは痛いほどよく分かる。

 王子の口からは、未来の自分に対する慰めの言葉が、自然に零れ落ちていた。


「それは…仕方ないだろう。相手はアバレルーン。伝説にうたわれる怪物だ。兵たちに罪はない」


「そりゃそうでしょう。貴方が下半身の赴くままに、私を追放した結果ですからね。脳みそお花畑王子の完全な自業自得に巻き込んでるわけですから、兵が可哀想すぎますよ」


「ありがとう、過去の私よ…お前は私だ。その言葉、本心からのものだと、私には分かるぞ」


「未来の私…」


「あ、人の話聞いてないなコイツ等。てかこのやり取り、相当狂ってません?固有名詞が一切出てきてませんし、私を連呼しすぎてて、見ているこっちの頭がおかしくなりそうなんですが」


 何度も挟まれる慰めを盛大にぶった切るようなアンネローゼからの辛辣なツッコミを、王子×2は盛大に無視した。

 王子は昔から、自分に都合の悪いことはスルーを決め込む質なのだ。


「…話を戻そう。その間に父である王は心労で倒れた。第一王子である私は父に代わって表に立ち、昼間は前線で兵たちを鼓舞し、夜は遅くまで続く会議と日々山積みになっていく書類との格闘。その二足わらじをこなしたのだ」


「…大変だったな」


「間にシャロンのワガママも時折飛んできてな。あれがまた、イラっときて辛かった…ともかく、そうして寝る間を惜しんで働いた結果、ストレスで自慢だった髪はすっかり抜け落ちたというわけだ。おそらく、もう二度と生えてはこないだろうな……」


 そう語りながら遠い目をするハゲ王子の表情は、なんとも言えぬ哀愁に満ちたものだった。


「そ、それはその、本当に大変だったな」


「ああ、本当にな。しかも、奴はまだ本気を隠していた。一ヶ月もすると、我らとの戦いに飽きたらしく、空中に飛び上がったアバレルーンは王都に死のブレスを放ったのだ。私も食らいかけたが、咄嗟に近くにいたシャロンを盾…もとい、時間稼ぎをしてもらい、王族秘伝の時空魔法を発動。過去にまで飛んできたというわけだ」


 全て語り終えると、ハゲた王子は大きく息を吐いた。

 その姿が、シュヴァインにはひどく疲れているように見えた。


「そうだったのか…なんという…」


 彼は王国の終焉を見届けてしまったのだろう。

 なんという痛ましさ。かける言葉がないとはこのことだ。

 だが、空気を読まずハゲ王子に声をかける者がいた。シャロンである。


「あの、王子。私のことを盾にしたんですか?」


「さて、過去の私よ。もう私の言いたいことはわかるだろう?アンネローゼは追放していかん。少なくとも、暴龍の森だけは絶対に駄目だ!」


「王子は私のこと、見殺しにしたんですか?」


「やるなら国外追放だ!この国に留めていては、アンネローゼに滅ぼされる!いいか、絶対だぞ!絶対にそうするのだぞ!?いいな!?」


「おいハゲ。聞いてんのかオイ」


 シャロンからの質問を、ハゲ王子は徹底的に無視した。

 どうもさっきハゲと連呼されていることを根に持っているようだ。

 自分のことだから王子には分かった。彼は他人の悪口を根に持つタイプでもあったのだ。


「あ、ああ。分かった。それでは、アンネローゼは国外へと追放「ちょっと待った!」…なに?」


 ハゲ王子の進言に従い、言われるがままにアンネローゼを国外追放しようとしたシュヴァインに、またも待ったの声がかかる。


「なんだ、今度は誰だ!?」


「それは…私だ!」


 ガサリと音がし、4人はすぐさまそちらに目を向ける。

 垣根をかき分け、ひとりの男がその場に姿を現した。


『うおっ!?なんだお前!?』


 途端、王子×2は一歩後ずさる。

 男の容姿が、あまりに異様だったからだ。

 彼らの様子を見て、男は小さく苦笑した。


「ふっ、驚くか…まぁそれも無理もないだろうな。以前の私とは、随分容姿が変わってしまった」


 そう語る男には、髪がなかった。いや、髪どこか眉すらない。

 目も落ち窪み、唇はカサカサ。体にもまるで肉がついておらず、まるで骨と皮で構成されているようだ。

 まるでミイラの如き容姿を持った男に、王子たちはハッキリとビビっていたが、それでも王子は王子だ。

 惚れた女の前で情けない姿を見せるわけにもいかず、意を決して問いかける。


『な、何者だ貴様!』


「何者、か。ふたりとも、本当に分からないのか?私が、お前の未来の姿だということを!」


『なにっ!?』


 コイツ、なにを言っている!?

 いや、マジでなに言ってんだ!?


「聞け、私は…一年後のお前達だ!」


『なにィッ!?一年後の…私達だと!?』


 王子×2の驚愕の声が庭園に響く。

 その顔を見ながら、ミイラ王子は頷いた。


「そうだ!私は過去に戻り、お前たちのことを止めに来たのだ!アンネローゼの国外追放という、とんでもない愚行を止めるためにな!」


「愚行だと…?」


「何故だ!?国内にいればアンネローゼは国を滅ぼすのだぞ。国外追放は間違った判断ではないはずだ!!」


 シュヴァインは眉をひそめ、ハゲ王子は大声でミイラ王子へと問いかける。

 彼からすればそれで運命は変えられると信じていただけに、直後に現れたミイラに全否定されたのだから納得いかないのも無理はない。

 そんなハゲ王子の気持ちを汲んだのか、ミイラは一度瞠目すると、改めて彼らに向かって語りかけた。


「そう。そのはずだった。私もそう信じ、国外追放を決めたのだ…」


「ならば何故…」


「国外追放を宣言したまでは良かった。ただ、半年後の私よ。お前はその後どこに追放するかまでは考えていなかったようだな」


 その言葉に一瞬ハッとした後、ハゲ王子は神妙な顔をしながら頷いた。

 確かにミイラの言うとおりだったからだ。


「それは…そうだな。確かに頭になかった。国に留めていてはいけないと、そのことばかり考えていた」


「それについては責めまい。私にも案はなかったからな…故に、シャロンが提案した隣国のダンザイン帝国へ送る案を、そのまま了承してしまったのだ」


 ダンザイン。その国の名を耳にして、シュヴァインは思わず口を挟まずにはいられなかった。


「ダンザイン帝国だと?弱肉強食を国是とする、あのダンザインか?」


 ダンザインとははるか昔は交流があったらしいが、現在は国同士の方針の違いにより、半ば断絶状態に近い国だ。

 戦争にまで発展もしないが、貿易もほぼ行われていないくらいには隔絶した間柄である。

 美を尊ぶアマザ王国に対し、ダンザインは軍備に力を入れており、強きものを尊ぶ風潮のあるあの国とはどうもそりが合わないと、シュヴァインは常々感じていた。

 だからあの国に送るという発想は自分にはないものだったが、何故シャロンはダンザインを選んだのだろうか。

 そんな疑問が顔に出ていたのか、ミイラ王子がその理由について説明を始める。


「ああ。あの国が奴隷制度を採用していることは知っているだろう?元侯爵令嬢のお姉様が奴隷にまで転落する姿を想像したら、ご飯が美味しくなるからそこにしましょうと満面の笑みのシャロンに言われた私は、断れなかったのだ…」


「そ、そうか…」


 ミイラ王子の話した内容に、シュヴァインは動揺を隠せなかった。

 実の姉の落ちぶれきった姿を想像して、普通飯が美味くなるか?

 シャロンのあまりのガチクズっぷりに、シュヴァインは内心ドン引きしていた。


「話を続けるぞ。国内にある暴龍の森とは違い、帝国は他国だ。一応なりともアンネローゼはまだ侯爵令嬢の立場にある。適当な村にポイ捨てして村人達の慰みものにさせましょうと、これまた笑顔でシャロンに言われたのだが、それはさすがに却下させてもらった。国としてのメンツもあるからな…」


 慰みもの。慰みものて。

 王家の血も入った侯爵家の長女を、そこらの村人の慰みもの…


 うん、引く。めっちゃ引く。

 自分の中でシャロンに対する好感度がガンガン下がっていくのを感じながら、シュヴァインはミイラの意見に同意する。


「お、おう…まぁ、それで正解だな…」


「だろう?そこでひとまず、適当な名目をつけて帝都に彼女を送ることになった。侯爵家にも話を通し、家屋と数年は暮らせる程度の資金も用意してもらった。シャロンも最初は不服そうだったが、一人暮らしの女なんて、そのうち強盗に入られて乱暴され、身ぐるみ剥がされ奴隷に堕ちるだろうと納得してたな。あれには私もさすがに引いた」


 うん。すごくわかる。なんなら自分も絶賛引いている真っ最中だ。

 シュヴァインの中でシャロンの好感度は、既にアンネローゼに追いつき追い越せの位置にあった。


「ええ?なんでです?すごくいいじゃないですか。ねぇシュヴァイン様、そうしましょう!奴隷堕ちですよ奴隷堕ち!これから死んだほうがマシな生き地獄が待ってるとか、テンション上がりまくるじゃないですか!?早く私達の手で、お姉様を絶望の淵に叩き落としてやりましょうよ!!」


「さて、そうしてアンネローゼをダンザインに国外追放し、私達は平穏な日々を過ごしていたのだが…ここでひとつの誤算があった」


 恋人に対する駄々というには、あまりに邪悪なおねだりをスルーして話すミイラ王子の表情が、不意に曇る。


「誤算?」


「アンネローゼが、帝都で店を立ち上げたのだ。渡された資金を使い、自宅を店舗に改装し、とある商店の経営を始めたと聞いている」


「店を?アンネローゼ、君はそんなスキルを持っていたのか?」


「え?いえ、持ってませんが…というか私、さっきから空気じゃないです?なんかボロクソに言われまくってるけど私、悪役にされてる令嬢ですよ?完全に被害者の立場なんですけど???」


「そうか。よし、続きを話してくれ。アンネローゼはその後どうなったんだ?」


「ちょっ、王子!?」


 気になったシュヴァインはアンネローゼに問いかけるも、返ってきたのは的を得ない言葉だったので、これまた王子はスルーさせてもらった。

 そこはこの話で重要ではないのである。だから仕方ない、仕方ないのだ。


「経営は失敗した…という運びなら、話はここで終わるのだがな。残念ながらそうはいかず、むしろ結果は逆だった。なんやかんやで店は大繁盛し、なんやかんやで今度は商会を立ち上げ、なんやかんやでさらに成功して組織は巨大化し、なんやかんやで帝国の皇太子に興味をもたれ、なんやかんやで溺愛され、なんやかんやでアンネローゼは皇太子と婚約するまで至ったのだ。まさに成り上がりだな」


「いや、だからはしょりすぎでは?」


 過程をすっ飛ばすのは説明になってない。

 なんやかんやで全部済ませられると思ったら大間違いだ。


「とはいえこれで大体伝わるだろう?まぁとにかくアンネローゼは帝国の妃としての将来を約束されたわけだが…ここで王国にとって、良くないことが起こった」


『なに?良くないことだと?』


 王子×2の声がハモる。

 この流れに、なんだか嫌な覚えがあった。


「ああ。婚約した皇太子は、ある時アンネローゼがアマザ王国の侯爵令嬢であったことを知ったらしい。まぁ当然というべきか、彼は王国の令嬢であった彼女が何故ダンザインで商会を運営していたのか聞いたそうだ。他国の貴族、それも侯爵令嬢を花嫁に迎えるなら、擦り合せも必要だと思っていたのだろうな。答えあぐねるアンネローゼだったが、そんな彼女の様子を不審に思った皇太子が問いただしたところ、やがて全てを語ったらしい…婚約破棄の件、そして私に追放されたこと。その全てをな…」


『なん、だと…』


 王子達の頬に、だらだらと大量の汗が垂れ落ちる。

 なんだかすっごく既視感と、すっごい嫌な予感がしたからだ。

 そして、その予感は当たっていた。


「アンネローゼから話を聞き終わって…皇太子は、ハジケた。ブチギレた皇太子はその日のうちにアマザ王国に宣戦布告。我が国に戦争を仕掛けてきたのだ。帝国の兵士は屈強揃いなうえ、アンネローゼ商会の潤沢な資金がバックにあり、装備も全て最新の物を揃えていた。結果、王国は初戦で惨敗し、瞬く間に国土の半分以上が帝国によって侵略され、支配されてしまったのだ…」


『な、なんという…』


 展開があまりにも早すぎる。

 しかも、暴龍の時より明らかに被害が拡大しているではないか。


「それだけではない。侵略による戦火から逃れようと、街から逃げた大量の避難民が、一気に王都に押し寄せた。当然パニックが起きたが、問題はそこではない。その中に帝国のスパイが幾人も入り混じっており、王都に侵入を果たした奴らは、すぐさま避難民の扇動を開始したのだ」


『扇動というと…?』


「この戦争が起こったのは、王子が侯爵令嬢アンネローゼを追放したからというデマを、奴らはバラマキ始めたのだ!アホで無知な避難民の感情を逆なで、煽るためにな!」


 ミイラの叫びに、王子×2は全く同時に目を見開く。


『なに!そんな悪質なデマを!?しかもそれを信じただと!?民は正気なのか!!??』


「いや、デマじゃないですよね?めちゃくちゃ真実ですよね?さっきから人を追放する話ばっかりしてるじゃないですか。私からすれば貴方達のほうがよっぽど正気じゃないし、なんなら王子が三人いる今の状況は狂気の沙汰としか言い様がないんですが???」


「正気じゃないからこうなったのだ…一気に反乱軍と化した避難民は、王都の民をも巻き込み、王宮に押しかけた。無論兵士達は食い止めようとしたのだが、なにせ数が数だ。戦争のために、多くの兵士が王都の外に出払っていたのも痛かった…近衛軍だけでは対処しきれず、王宮への侵入を許してしまった」


『くっ、なんと愚かな…!』


「ねぇ、ちょっと!私の話聞いてます!?」


 無論彼らはアンネローゼのツッコミに耳を貸さなかった。

 王子には自分に都合の悪い話は聞かなかったことにする悪癖があったのだ。

 ハッキリ言ってクズである。


「結果、我らは囚われの身となり、クーデターは見事、奴らの勝利に終わったわけだ。帝国側は、王都へ攻撃すら仕掛けていなかったというのにな…まさに完敗としか言いようがない」


『それは…なんという悲惨な結末だ…』


「言っちゃなんですけど、信用なさすぎません?近衛兵まで負けるって、どんだけの数が押し寄せたんですか。普段からの信用がないからそうなったのでは???」


「そして牢に閉じ込められた私はロクな食事も与えられることなくやせ細り、拷問も加えられてこのザマさ…最期は皇太子やアンネローゼ、民衆が見守る中での王族の公開処刑が行われることになったのだが、私は直前にシャロンをおとり…もとい、注目を引きつけてもらって、隙を見て王族秘伝の時空魔法を発動。過去にまで飛んできたというわけだ」


 語り終えたミイラ王子は一息つくと虚空を見上げた。

 まだ平和だった日のことを、彼は今思い出しているのかもしれない。


「あの、王子。また私のことおとりにしたんですか」


『それは、辛かったな…』


「ああ、本当に苦難の日々だった。故に、過去の私よ。同じ過ちを繰り返すな。そうでなければ…待っているのは、私だぞ」


「王子。ねぇ王子。私のことなんだと思ってるんですか。ねぇ」


「分かった…肝に銘じるよ。私は、未来の私と同じ過ちを繰り返さないと、ここに誓う!」


「そうだ!それでいい!アンネローゼは生かしておいてはいけない!今すぐに処刑するべきだ!」


「え!ちょっ!いい話っぽかったのに、この流れでこっちに飛び火!?しかも処刑!?」


「おいこらミイラ!その意見には同意するが、人の話を聞け!!!」


 庭園はもはや、カオスの極みであった。

 三人の王子に追放から処刑へと唐突にランクアップして困惑するアンネローゼ。話を無視されブチギレるシャロンと、収集がつく気配がまるでない。

 そんななかで空気を読めないシュヴァイン王子は、颯爽と処刑の宣言を行おうとした。

 …だが、とある国にはこういうことわざがある。二度あることは三度ある、と。


「よし!早速アンネローゼをしょけ「ちょっと待った!」…またかよ!?いい加減しろよ!どんだけくるんだよ私はよぉっ!!」


 新たな自分の出現に慣れつつあるという異常事態であったが、キレながらも4人目の自分に向かって顔を向ける王子一同。

 だが、そこでその場にいる全員が驚愕することになる。


『うおおっ!!!なんだお前はぁっ!!??』


「ふっ、驚いたようだな…だが、私は私だ!アマザ王国第一王子、シュヴァイン・ハーネツァー・アマザである!!!」


 そう彼は高らかに宣言するも、その姿には以前の精悍な容姿の見る影もなかった。

 というか、比喩ではなく、ほんとに容姿もなければ見る影そのものがない。

 何故ならば、今の彼は骨と皮どころか骨しかなく、人の形をしたガイコツのみがそこにあったのだ。


『ガ、ガイコツが喋ってるぅぅぅぅぅっっっっ!!!!!』


 そんなんビビらないはずがない。婚約破棄していたら、一気にホラー展開だ。

 同ジャンルに属するはずのミイラ王子など、既に尻餅をついて失禁していた。ヘタレである。


「そう驚くな、過去の私達よ。私は今から三年後の未来からやってきた…未来の私だ!」


「いや驚くに決まってるだろう!?なんだその姿は!?未来でいったいなにがあった!!??」


 シュヴァインはマジでビビっていた。

 当然だ。未来の自分がホネホネ人間になっていると知って、冷静でいられる人間がいたらソイツはおかしい。


「というか、どうやって喋ってるんだ!?お前、どう見てもただの骨だぞ!?内臓もないぞ…ないじゃないか!?」


「今、しょうもないギャグ言おうとしませんでした?」


 アンネローゼのまともなツッコミは、スルーされた。


「それは…骨伝導こつでんどうだ!骨を震わせ、周囲に音を拡散している!ちょっとした魔法の応用だ!」


「骨伝導だと!?」


「最新式だな…!」


「フッ、カッコイイだろう?」


「それ、普通に魔法で音出せばいいだけじゃないです?わざわざ骨震わせる必要ないですよね?」


 最新技術に感心する男達に向けられたアンネローゼの冷静なツッコミは、やはりスルーされた。


「まぁ原理などどうでもいい。私がここに来た理由のほうが重要だからな。そうだろう?」


「そうだな。話してくれ。正直、どうしてそうなったのかが無茶苦茶気になって仕方ないぞ」


 王子が頷くと、ガイコツ王子もまた頷いた。

 その際ガイコツの首の骨がカクカクいっててビビってしまい、ちょっと漏らしかけたのは内緒である。


「相分かった、過去の私よ。では話すとしようか。さて、早速だが結論からいうと…私達よ、アンネローゼを処刑するのは辞めろ!!!そうしなければ、この大陸が滅ぶぞ!!!」


『え、大陸が!?』


 またスケールがデカくなった。

 というか、何故令嬢ひとりの処刑で大陸が滅ぶのだろうか。

 サッパリ訳が分からず混乱する一同に、骨のみとなったガイコツ王子は語り始めた。


「順を追いながら簡単に話そう。まず、私が辿った歴史では、アンネローゼの処刑を決め、この後すぐに断頭台送りになる運びだったのだ。シャロンが早くお姉様の首が飛ぶところが見たいと言って聞かなくてな…」


「お、おう。そ、そうか…」


 シュヴァインはシャロンのサイコっぷりに、もはや引くを通り越して恐怖すら感じていた。

 もう好感度はぶっちぎりで地の底である。これが終わったらこの子も追放しようかなと、密かに考えをまとめ始めてる始末だ。

 その最中も、ガイコツ王子の話は続いていた。


「だが、途中でアンネローゼは脱走した。無論追っ手を放ったが、アンネローゼは彼らの目と追撃をくぐり抜け、我らの手から逃れたのだ。国中を探し回ったが、見つけることは出来なかった…どこかで野垂れ死にしたんだろうと、狂喜するシャロンにドン引きしつつ、顔はいいから傍らに置き、ドラゴンの襲来も帝国の侵略もない平穏な日々を満喫していたさ。そして年月が経ち、いざ彼女との婚姻とあいまったのだが…そこで、奴は現れた」


『奴とは、まさか…!?』


「そう、アンネローゼだ!アンネローゼは死んでいなかったどころか、逃走中に自分が置かれたあまりの理不尽な状況についにブチ切れ…そして、ハジケた!なんやかんやで国外に逃げ延びた後、なんやかんやで自らを鍛え上げ、なんやかんやで王国に復讐する力を身に付けると、なんやかんやで己の軍団を作り上げてしまい、なんやかんやで王国を滅ぼしにかかったのだ!わざわざ私の即位と、婚姻の儀を行う日を狙ってな!」


『なんと!?』


 もはやなんやかんや言いたいだけではと内心思ったが、シュヴァインは敢えてツッコミはしなかった。

 それよりも、アンネローゼの予想外すぎるスペックの高さのほうに仰天していた。


「ちょっと待て!?暴龍が滅ぼしに来たり、帝国が侵略に来て国が壊滅するのはまだ分かる!!だが、アンネローゼ自身が滅ぼしに来るとはどういうことだ!?彼女はただの侯爵令嬢のはずだぞ!?なぁ、そうだよなアンネローゼ!?そうだと言ってくれ!!!」


「え、あ、はい。そうですけど…てか、聞いてて私自身が未来の自分のやってることに引いているんですが…あまりにも殺意にみなぎりすぎでは…」


 アンネローゼ自身も話を聞いて困惑しているようだ。

 当然だろう。追放、国外追放、処刑という、悪役令嬢フルコースルートのいずれにおいても、最終的に王国を滅ぼしにかかっているのだ。

 これまではただの令嬢として過ごしてきたというのに、婚約破棄後の人が変わったような自分の殺意の高さにビビらないほうがおかしい。


「そうだな。確かに今はそうだろう。だが、アンネローゼよ。お前にはある秘密があるのだ。それにお前自身まだ気付いていないだけだ。その秘密が大陸を滅ぼすことになるとも知らずにな!!!」


『!?』


「アンネローゼ!お前の秘密を明かしてやろう!お前の母は、ダンザイン帝国皇帝の血を継ぐ者だ!そこに侯爵の中にある我が王家の血が年月を経て、互いが完全に混じり合ったのちに、激しい怒りを感じた時、お前の中にある力が覚醒する…そう、スーパー悪役令嬢の力がな!」


『ス、スーパー悪役令嬢!?』


 なんだそれ、ダセェ。


 ガイコツ以外の全員の心がひとつになった瞬間だった。

 だが、ガイコツ王子の話はまだ終わってはいない。


「そうだ!その力こそが、この王宮の地下に眠る破壊神、キハクヤコンを目覚めさせる鍵なのだ!部下が殺戮魔法で王国を蹂躙している最中、アンネローゼは王宮に単身侵入し、地下のキハクヤコンを目覚めさせた…!キハクヤコンははるか昔、アザマ王国とザンダイン帝国の初代国王となる者達が、血の封印にて眠らせし破壊神。決してその血が混ざり合わぬよう、隣国でありながら互いに不可侵の条約を結んでいたと知ったのは、私にとってはつい最近の出来事だ。もっとも、その頃には既に手遅れだったのだがな…」


 そう自嘲するガイコツだったが、表情は伺い知れない。

 というか、顔そのものがないのだから当たり前なのだが。


「だというのに、貴様の母は知ってか知らずか、我が国の侯爵家に嫁いだのだ!これは遥か昔、我らの祖先が旧友との別れを悲しみながらも、世界のためを想って交わした約束を踏み躙ったも同然!とんだ淫売の血よ!恥を知れ恥を!」


「いや、私に言われても。そもそも、王子も知らなかったんですよね?ついさっき自分で言ったばかりなんですけど。記憶力ゼロなんです?やっぱり死んだ時に、脳もガッツリ溶けちゃったんですか?」


「あの、その言い方だとお姉様と同じ血を引いてる私も淫売ってことになるんですけど…え、ふざけてるんですか?その頭蓋骨もぎ取って、彼方まで蹴り飛ばしますよ?」


 自らの血統の秘密など微塵も意に介さず、ガイコツの暴言にすかさずツッコミを入れる令嬢姉妹。

 なんやかんや血の繋がりを感じさせる、息のあったコンビネーションであった。

 だが、都合の悪いことはうやむやにしようとするのがシュヴァインという男である。


「ええい黙れ!とにかく、復活した破壊神により王宮は消し飛び、国は滅んだ!私は咄嗟にシャロンを肉壁にしようとしたのだが、まるで役に立たず、私もろとも吹き飛んでしまった。○ッチのくせに使えんやつめ!だが、なんとか生き延びていた王宮魔術師のネクロマンサーにより復活を遂げ、王家秘伝の時空魔法でこうして忠告にやってきたのだ!感謝するがいい!」


 途中であからさまなクズ発言が飛び出したが、この男は激昂と勢いでなんとかできると思っている節がある。

 それはガイコツだろうと変わりない。

 根っこの部分がクズなため、こういう行動を取ることに一切躊躇しないあたり、王家の血も既に腐っているのかもしれない。

 いや、血すらない状態だから、これが素か。シュヴァイン自体がもはや手遅れな存在だった。


「肉壁にしたんですか、私のことを」


「いいか!処刑だけはするな!いいか、絶対だぞ!フリじゃないからな!マジでするんじゃないぞ!お前もこうなりたいのか!?」


「い、いや。わかった。アンネローゼの処刑はしない。ここに誓うよ…」


「よし!それでいい!これで世界は救われる!」


「おい、ガイコツ。聞け。聞けやおい」


 さて、そうなると困るのはシュヴァイン王子である。

 追放も駄目。国外追放も却下。処刑に至っては論外だ。

 どんな手段を用いても国ごと殺しにくるのだから、そもそもの逃げ場がない。

 選択肢もないから詰みである。

 そもそも、追放だのなんだののきっかけになったのは、シャロンに言われたからであって、王子自身は彼女に乗っかった部分が大きく―――


(…あれ?)


 そこで王子はふと気付く。

 今の自分は、シャロンに対する好感度が、限りなく下がりまくっていることに。


「なぁ、アンネローゼ」


「はい?なんですか?」


 シュヴァインが尋ねると、顔を向けてくるアンネローゼ。

 その瞳には、自分への嫌悪感がないように見える。

 場がカオスになりすぎて、もはや婚約破棄どころではなくなっているのが大きいのかもしれない。


 ならば、まだやり直せるかもしれない。その一縷の可能性に賭けて、彼は聞いた。


「シャロンを追放するのと、処刑するの、どっちがいいと思う?」


「え」


「あ、じゃあ処刑で」


「え」


 アンネローゼは即答した。

 全くのノータイムで、彼女は妹の処刑を選んでいた。


「わかった。おい、衛兵。来てくれ。この女はこれから処刑する。罪はなんでもいいから、適当にでっち上げてくれ。コイツは国を滅ぼしにかかる、全ての元凶だ。生かしておいては国が滅ぶ」


「え」


「はい、分かりました!責任をもってぶっ殺します!」


「え」


 そのまま屈強な衛兵により、ズルズルと引きずられていくシャロン。

 顔にはずっとハテナマークが浮かんだままであり、状況がまるで理解できていないようだ。

 まぁもっとも、処刑されるというのなら、そのほうがあるいは幸せなのかもしれないなと思いながら、シュヴァインは未来の自分達へと目を向けると、


「あ、ついでにこいつらも処刑しといてくれ。王宮に侵入してきた不届き者達だ。生かしておいてもいいことがない」


『え』


『はい、分かりました!責任をもってぶっ殺します!』


『え』


 そのまま屈強な衛兵達により、ズルズルと引きずられていく王子×3。

 自分と同じ存在が同じ場所にいるなど、なんらいいことはない。

 おまけに奴らの外見は、ハゲ・ミイラ・ガイコツという常識では考えられぬ奇妙奇天烈さであり、王子の美意識に反していた。生かしておいては目の毒だ。

 そんな判断に基づいての行動とはいえ、未来の自分×3を処刑することになんの罪悪感も抱かないあたり、やはりシュヴァインという男は救えないクズであった。


「さて、邪魔者はいなくなったわけだが…アンネローゼ。君に聞いて欲しいことがある」


「はい。なんですか?」


 だが、そんなクズでも王子は王子。その場にはシュヴァインとアンネローゼのふたりが残され、本来の婚約者同士がまっとうな形で相まみえることとなる。


「私は君に、婚約破棄を宣言した…だが、それを取り消させて欲しい。私はまだ死にたくないんだ。これからは心を入れ替えるし、君と結婚するし、言うことにも従うから、どうか国を滅ぼさないでくれ!後生だから!頼むから命だけは助けてくれ!この通りだ!」


 なお、言ってることは滅茶苦茶情けなかった。

 本気で反省してますと言わんばかりに頭を下げる王子を見て、アンネローゼは深々とため息をつくと、


「はぁ…王子。頭をあげてくださいな。王子がそんな態度を未来の妃に取っていたら、国民に示しがつきません」


「だが…え、妃?」


 跳ね上げるように顔を上げると、そこには苦笑するアンネローゼの顔があった。


「シュヴァイン王子。私達、何年の付き合いだと思っているですか。私は貴方がどうしようもない自己中ヘタレのクズ野郎であることなんて、とっくに知っています。むしろ貴方、隠そうとすらしてなかったじゃないですか。だから評判悪いんですよ。貴方はアホ王子だって、貴族の間でも有名なんですから」


「え」


 なにそれ知らない。

 王子は困惑したが、それは紛れもない事実であった。


「……とはいえ、王子が国を想う気持ちを持っているのもまた確か。現にどの未来でも最後まで、貴方は王国から逃げ出すこと自体はしていない。それに、国の滅びを防ぐために忠告に戻ることもしています。妹は毎回犠牲にしているようですが、あの子はあれがあれなのでノーカンとして、これは素直に誇っていいことだと思いますよ?」


「…王の子として、国を背負うものとして当然のことだ」


 そう言うと、シュヴァインは目をそらした。

 頬が僅かに紅潮しているのは、彼が根っこがクズのため、持って生まれた美貌以外あまり人に褒めれられることがなかったからだ。

 そのため案外この王子は、自分の内面を直球で褒められることに弱かった。

 そんな王子の気持ちはお見通しとばかりに目を細めると、アンネローゼは薄く微笑んだ。


「ふふっ、そうですか…シュヴァイン王子、貴方は間違いなくクズではありますが、まぁ浮気相手の妹は処刑されますし、多少スッキリしたのでギリギリ許せる範囲のクズに収まりました。未来の私がどんな考えをもって国を滅ぼしにかかったのかは知りませんが、少なくとも今ここにいる私は、この国を滅ぼしたいとは思っていません。むしろ、私にあれだけの可能性が秘められているというのならば、その力をこの国の発展のために尽くしたいと、そう考えてすらいます」


「ア、アンネローゼ…!」


「だから王子…」


 これからは、浮気なんてしたらダメですよ?

 そう言いながら、アンネローゼはシュヴァインへと笑顔を向けた。

 それは、シュヴァインのこれまでの人生の中で、もっとも綺麗な笑みであり、


「……ああ!誓おう!アンネローゼ!私は今より、生涯君だけに愛を捧げると!」


 それに惹かれた王子は、そう高らかに宣言するのだった。












「王子ぃっ!大変です!処刑から脱走したシャロン様が、複数の王子とともに地下に逃走!国に復讐するとか言って、破壊神を目覚めさせようとしていますぅっ!!」


『なにィッッ!!!???』


 なお、これからも国の滅亡の危機が何度も訪れ、その度に王子が増殖していくのだが、それはまた別のお話である。

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婚約破棄を宣言するたびに、未来から来た自分が「やめろ!国が滅ぶぞ!」と忠告に来てドンドン増えてくるんですが、その内容がドン引きです くろねこどらごん @dragon1250

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