最終話 主役は柿崎?〜ヒロイン決定のお知らせ〜2

「翔太兄ちゃん! もう帰ったの?」

「ああ、ミイナが彼氏を連れ込んでるって聞いたからな。君、名前は?」

柿崎かきざきタツキです。お、お邪魔してます……」

「柿崎くんか。俺はミイナの上の兄の翔太しょうた。よろしく」


 ミイナのお兄さん、翔太さんは、尻餅をついたまま挨拶する俺に優しく微笑んで手を差し出してくれた。その手を握り、立ち上がらせて貰う。

 それにしてもずいぶん大きな手だ。俺の倍はあるし、彼自身、背はやっと日本人の平均身長まで辿り着いた俺より数十センチ高い。横幅は三倍はありそうだ。この家の大きなドアが初めて普通サイズに見えた。

 今日初めて会ったのに、なぜかどこかで会ったことがあるような気がする。しかもこの長い髪を頭上で結い上げる特徴的な髪型はもしかして……。必死に記憶を遡る、そして——。


「もしかして、豪勢ごうせい関……ですか?」

「え、カキ! 何で知ってるの?」


 豪勢翔太関。この前見たテレビ番組に出ていた張り手のすごい力士だ。確か大関なはずだ。

 ミイナは驚いているが、俺はむしろ色々合点がいく。

 例えばミイナのビンタが強烈で、彼女がそれを『張り手』と呼んでいたこと。お母さんが言った『稽古』の言葉。すれ違う力士が会釈していたこと。やたらと大きなドア。彼女の家族に力士がいたなら納得だ。

 

「俺のこと、知ってるんだ?」

「あ、はい。この前バラエティで見て……」

「翔太兄ちゃん、そんなの出てたの?」

「まあな」


「ただいまー!」


 さらに玄関の方から男性の声が聞こえる。翔太さんによく似ているが、若干威勢がいい。

 もう俺は帰るタイミングを失っていた。ミイナもきっとそうだ。何かを諦めたように表情が消えている。彼女のこんな顔は初めて見た。


「ミイナが婚約相手を連れて来たって聞いたぞ? ん? 君、学生か?」

「は、はあ……。柿崎です。初めまして」

好太こうた兄ちゃん! 何言ってるのよ!」


 今度は次男の好太さんが帰ってきた。彼も稽古を早上がりしたようだ。ミイナをからかってニヤニヤしている。翔太さんに比べると若干細いが、体格が良い。

 それにしても、明日には俺とミイナは噂の中で結婚式を挙げて新婚旅行にでも旅立っていそうな勢いで話が飛躍している。まだ、デートすらしたことないですよ。と心の中で呟いた。


「柿崎くん、晩ごはん食べていってね。お父さんも帰るから。今日はしゃぶしゃぶよ」


 ミイナのお母さんがにっこりと微笑む。対照的にミイナは顔が若干青ざめている。俺はこのイベントから回避できないことを悟った。


◇◆◇◆


 そして1時間後。俺はミイナの家族と食卓を囲んでいた。

 ダイニングテーブルにはしゃぶしゃぶの鍋が二つと大量の食材が用意されている。


「柿崎くん、遠慮せずにたくさん食べなさい。君、細すぎだよ」

「あ、いただきます」


 ミイナのお兄さんたちはものすごい勢いでどんどん肉を食べている。そりゃあ、あなたたちに比べたら俺は爪楊枝級に細いですよね。と心の中で突っ込みながらお高そうなサシの入った牛肉をいただく。


「ただいま」

「お父さん! お帰りなさい。さっきお話しした、柿崎くんよ」

「そうか、君が……。初めまして。ミイナの父だ」

「初めまして。か、柿崎です」


 お兄さんたちよりは小さかったが、彼もまた大柄だった。ただ、それだけではないオーラも感じ、俺は一瞬金縛りにあったように体が固まった。


 ミイナのお父さんは一旦ダイニングを素通りして、着替えをして戻ってきた。渋い茶色の和服が似合っている。ウチの限りなく空気に近い親父とは大違いだ。

 そして食事中、ほぼ無言だったミイナのお父さんは爆弾を投下する。


「……君は、ミイナのことが好きなのか」

「え、あ、その、それは……」


 この場の全員の視線が、俺に集中している。緊張で、喉が渇いてきた。

 ——いつかは言いたい一言だけど。

 でも、人生初告白が相手のご家族に見守られてって、難易度が高すぎるだろう。

 答えあぐねて、口ごもり、お茶を飲んで誤魔化す。その様子すら、高砂一家は目を離さなかった。


「みんな! やめてよ! 困ってんじゃんカキ!」

「た、高砂!」

「カキも、ハッキリしなさいよ! もういい!」

「ミイナ!」


 ミイナは顔を真っ赤にして立ち上がり、ダイニングから走り去ってしまった。去り際の彼女の目には、涙が溜まっていた。


「す、すいません。俺も失礼します!」

「柿崎くん、ミイナの部屋、二階の奥よ」

「ありがとうございます!」


 立ち上がり、ミイナの家族に軽く頭を下げ、彼女を追った。この家、天井が高いせいか階段も普通の家より長い。バイト以外で動くことがないせいか少し息が苦しい。なんとか一番奥の部屋の前に辿り着き、ドアをノックした。


「ミイナ……」

「…………」

「開けてくれないか?」

「……入れば」


 ドアを開けると、オレンジ系のカーテンやラグマットが印象的な、明るいコーディネートの女の子の部屋だった。ミイナはベッドを背もたれにして床に座り込んでいた。視線は窓の方を向いていて、俺には目を背けるかたちになっている。俺はゆっくりと部屋の中へ入り、人ひとり分くらいの間隔をあけて隣に座った。


「……何?」

「ミイナ、ごめん。嫌な思いさせて」

「何で何も言えなかったの?」


 ミイナが口を尖らせながら俺の方を向く。よく見ると、彼女のまつ毛は水分を含んで少し束になっていた。


「いや、本人にも言えてないのに、お父さんに先に言うのなんておかしいって思って」

「え? それって」


 俺は覚悟を決め、一度深呼吸した。それでも緊張して、過去最高に心臓の音はうるさかった。


「ミイナ、えっと俺、ミイナのことが……!」


 ちなみにこの先は言えなかった。


 ——俺の口が塞がってしまったから。


 今は、この柔らかくて温かい、幸せな感触に浸っていたい。

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主役は柿崎?〜好きと言えないモブ男の受難〜 松浦どれみ @doremi-m

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