第3話

その日は、祭であった。


チェンバレンは先進の街になったのだと人々の口に上るほど、変化が実を結び、漸く迎える祭の復活。

一部の大人たちは気が付いていた。全ての街人がその新しい風を歓迎してはいないことを。そしてどこか不安的なままに、今日も祭を迎えていること。


しかしまだ五歳の少年の目には、星がちかちかと煌めくばかりであった。

降り注ぐ花びらと、街をパレードする楽しそうな音楽隊。人の笑顔。 彼は暫くその光景に魅入っていた。

もっと近くで混ざりたい。その痛いほどの高揚は、やがて彼を「変化をもたらす側」の人間へと導くことになるのだが、それはまだ少し、未来のことである。


次第に遠ざかっていく音楽につられて、足を踏み出したその瞬間だった。ぐらり動いた人混みから、押し出された人が倒れた。

自分と同い年くらいと思われるその少年に、ギルディアスは咄嗟に手を差し出した。


「だいじょうぶ?」


相手は驚いたように顔を上げ、それを見たギルディアスもまた少し目を丸くする。


「…うん、ありが…」


「ねぇ、ここのまちのひと?」


掴んだ手を引き上げながら、ギルディアスは思わず問いかけた。

中性的なほど繊細な顔立ちに、この辺りでは珍しい暗色の髪。見たことのない子供だった。


「ううん、きょう来たんだ」


立ち並んでみると、その少年はギルディアスより少し小さかった。


「そうなんだ!」


ギルディアスは古くからの友人を街に迎えるかのような、満開の笑顔で答える。

しかし相手は思わず呆気にとられた表情をし、僅かな戸惑いを見せたあと目を逸らした。


「…ありがとう」


それだけ呟くと、彼はそのまま人混みの方へと向かって行ってしまう。


「あ、待っ…」


続けようとした言葉は人々の歓声に遮られた。振り返ったギルディアスの目は、空に釘付けになった。


わぁ、と上がる歓声。大人たちの身長にも遮られない高い位置。立ち昇るしゃぼん玉が、花弁とぶつかって弾けながら虹色に光る。


それを仕掛けた張本人の姿に、人々はさらに盛り上がった。


「…とうさん!」


ギルディアスは嬉しそうに、彼を呼ぶ。ゼヴェルトはハットに指をかけ、地面を杖で一突きする。まるで手品のような演出で、通り一面あらゆる場所から一斉にしゃぼん玉が舞い上がった。


その光景に、呼吸すら忘れて。 ギルディアスは空に向かって手を伸ばした。


ぱちんと指先で弾ける泡。 その指を引っ込めると、ライミリアンは自分の手を見つめながらうっすらと唇を開いた。


「…すごいなぁ」


チェンバレン、今日からここが自分の街だ。これまでにも数回来たことがあったが、祭の人の多さには圧倒されるばかりである。

どこか気が引き締まる思いで、舞い降りてきた花弁を閉じ込めるように指を閉じた。


この先に待つ、出会いも別れもまだ知らない。二人の未来が白紙だった頃。




***




「臨時の街議会だと?」


ライミリアンの眉間の皺が深くなった。


「何の理由で」


「え…つまり…」


「誰が開けと要請しているんだ」


報告に来たのはまだ新人で、ライミリアンに気圧されて言葉に詰まる。


「分かってんだろ」


その後ろから助け舟を出した男に視線が移る。


「いたのか、ジェーウス」


「こんなタイミングで言い出すのは、老官くらいだって」


予測していた最悪の答えに、ライミリアンは深い溜息をついた。




遠い昔、チェンバレンが併合されそうになった時代があった。それを食い止めるために貴族を中心とした集団が立ち上がり、街の独立まで導いた。

今の『老官』という組織の土台である。


その一際古い歴史は、老官の権力そのものだ。街議会での発言力も強く、発明家を中心とした「改革派」に対して、老官は「保守派」などとも呼ばれている。




「…老官が黙っているとは思っていなかったが、随分と情報が早いな。だが返答は、そっちの管轄じゃないのか」


情報、とは先日の『刻売り』に対する取締の件だ。そんなことは分かっている、とジェーウスか苛立った。


「年下相手に、ボケ老人扱いするな」


二人は学友である。飛び級をした彼は、年齢ではライミリアンより二つ年下だ。秀才のジェーウスにとって、初めて敗北した相手がライミリアン。当時のやや一方的な敵対関係は、学内でも有名だった。

今となってはこうして共に仕事をする仲であるが、歯に衣着せぬ関係は変わらない。


「普段ならそうするが、言わざるを得ないから来ているんだろ」


「…老官長か」


老官の現トップ。白髪に高い鼻、鷲のように眼光鋭いその男は、チェンバレンで最も権力のある男と言っても過言ではない。


街のルールで、トップである彼からの要請には街長から返答しなければならないのだ。


「用心しろよ、ライミリアン」


ジェーウスは彼の目の前に、書類を置いた。


「刻売りに関して『お前ら』は特に加減を知らないからな。…迂闊な事をするなよ」


消されるぞ。


言葉の奥にあるのは、大袈裟な脅しではない。そしてそれを彼はよく知っているから、ジェーウスも声には出さなかった。


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ペタルスの街遷曲(ガイセンキョク) 縡月(ことづき) @remococo

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