第91話 我が智謀
「このように、人間は不思議な奴らだが、そこにはちゃんと理由がある。ミカがデブシロに冷たくなったことにも理由があるはずだ」
「そうなんだな……。でも、オラはミカをいじめたりしてないんだな。爪も立てたこともないんだな」
デブシロには、思い当たることが無いのか、うんうん唸っている。
「べつにいじめとは限らんだろう。例えば何かを壊したり、汚したり、飯を奪ったり、しつこく付きまとったり、虫をプレゼントしたり……」
我はアリアに怒られたことを思い出しながら、デブシロに話す。思い出すと、我はけっこうアリアを怒らせていたんだな。次から次へと出てくる。
「とにかく、昨日の昼過ぎに、何かいつもと違うことをしなかったか?」
「うーん……そうなんだな……」
まるで両手で顔を洗うように頭を抱えるデブシロ。本猫は思い出そうと必死なのだろうが、その様子は少し滑稽で笑える。
そのまましばらく時間が過ぎ、やがて、何か思い当たることを思い出したのか、デブシロはハッとした表情を見せた。
「あ!そうなんだな。甘い物を食べたんだな」
「甘い物?」
「すっごく甘くて、美味しかったんだな」
甘い物か……猫の普段の食事で、甘味を感じることは案外少ない。肉やチーズを食べた時、微かに甘味を感じる程度だ。我と同じ飼い猫であるデブシロも似たようなものだろう。そのデブシロが「すっごく甘い」と言うくらいだ。本当に甘いのだろう。おそらく、人間の食べ物だ。
たしかアリアが言っていたな。甘い物は高級品だと。砂糖という甘い粉がとにかく高いらしい。人間であるアリアでも、たまに催されるお茶会などでしか食べられないほど、甘い食べ物は貴重品なのだ。
その時、我にまるでカミナリのように閃くものがあった。
デブシロの治めるシマは小さな一軒家だ。おそらく、そこがミカの家だろう。人間というのは金持ちほど大きな家に住むものらしい。小さな一軒家に住むミカは、おそらく、そこまで裕福ではないのだろう。甘い物はミカにとって貴重品のはずだ。
デブシロの話では、午前中はミカの機嫌は普段よりも良かったらしい。その理由は、甘い物を楽しみにしていたからではないだろうか。
そして、その楽しみにしていた甘い物をデブシロに食べられてしまった……。
当然、ミカの不満はデブシロに向くだろう。おそらくこれが、ミカがデブシロに冷たい態度を取るようになった理由だ。
「デブシロよ。それが理由かもしれんぞ」
「どういうことなんだな?」
我は自分の推論をデブシロに話す。我の話を聞き終えたデブシロは、小さく震えた。
「オラ、ミカのご飯盗っちゃったんだな……」
飯というよりもデザート、おやつの類だろう。だが、デブシロがミカの物を横取りしたのは間違いない。
「でも、すっごく美味しそうだったんだな。ミカばっかり、あんな美味しい物食べてズルいんだな」
「そうは言うがな、デブシロよ。自分の飯を横取りされて嬉しい奴なんて居ないぞ」
「それは……そうなんだな……」
デブシロがしょんぼりと肩を落とす。追い打ちをかけるようで心苦しいが、我はまだデブシロに伝えなくてはいけないことがある。
「それにな、デブシロ。そのミカだが、たぶんまだ子どもだぞ?」
「え…?」
「自分で言っていたではないか、ミカは人間にしては小さいと。たぶん、まだ子どもだ」
よほど我の言葉が意外だったのか、デブシロは震えた狼狽えた声を出す。
「で、でも、ミカはオレが赤ん坊の時にはもう大きかったんだな」
見たところ、デブシロはまだ3歳ほどだ。3年というのは、猫にとって大人になるのに十分な時間だが、人間にとってはそうではない。
「デブシロよ。人間はな、大人になるのに15年もかかるのだ」
「15年!?」
デブシロは驚きのあまり素っ頓狂な声を上げる。まぁそうだろうな。猫の寿命なんて10年生きれば良い方で、悪ければもっと短い。そんな猫にとって、15年というのは、想像もできないほど途方もない年月だ。
「15年……」
デブシロがあまりの事実にショックを受けたように呆然と呟く。
「ミカは1人で暮らしてるわけではないだろう?仲間がいるはずだ」
「……そうなんだな。“パパ”って呼ばれてる人間と、“ママ”って呼ばれてる人間が居るんだな。2人ともオラに優しくしてくれるんだな」
やはりそうか。
「そのパパとママだが、人間の言葉で父と母を指す言葉だ。ミカはその2人の子どもだ」
「………」
衝撃の事実に、デブシロは口をあんぐりと開いたまま固まってしまった。
「おそらく甘い食べ物は、パパとママが子どもであるミカの為に獲ってきた物だ。デブシロは子どもであるミカから甘い物を奪ったことになる」
デブシロは、更なるショックにしばらく固まったままだった。そして、その大きな体を震わして、おずおずと口を開ける。
「オラ、そんな酷いことを……。どうすれば、どうすればいいんだな?王様、教えてほしいんだな。オラはどうすればいいんだな?」
デブシロが縋るような目で我を見る。
「謝る他あるまい」
「でも……オラの言葉はミカに伝わらないんだな……」
たしかに、猫の言葉は人間には通じない。だが……。
「態度で示すことはことはできる」
「態度で?ど、どうすればいいんだな?」
「“ごめん寝”だ」
「ごめんね?」
ごめん寝は、子猫などがたまにする猫の寝方の1つだ。人間にはこれが謝っているように見えるらしい。今回はそれを利用する。
我はさっそく“ごめん寝”のポーズをデブシロに伝授していく。デブシロは半信半疑だったが、我の言う通りに“ごめん寝”をマスターした。
「本当にこれだけでいいんだな?」
「我を信じろ」
さも自信があるようにデブシロに胸を張ってみせる
「……分かったんだな」
「もしかしたら1度では許してくれないかもしれん。諦めずに何度もすることが大事だ」
「が、がんばるんだな」
こうして“ごめん寝”をマスターしたデブシロは、トボトボと、しかし最初よりは元気よく帰路につくのだった。
◇
そして後日。
「王様!」
デブシロは我を見るなり元気に走り寄ってきた。その顔は明るい。
「ミカが、ミカがまたオラと遊んでくれるようになったんだな!」
「そうか」
デブシロとミカは無事に仲直りできたらしい。
「王様のおかげなんだな!王様、すごいんだな!」
「まぁな」
王様バンザーイと騒ぐデブシロ。どうやら我の作戦は上手くいったらしい。
もともと仲の良かったデブシロとミカ。仲違いしようと、いずれ時間が解決する問題だった。我がデブシロに教えた“ごめん寝”は、その時間をほんの少し早めただけにすぎない。
だが、デブシロのこの喜びよう。今回の件でデブシロの我に対する忠誠心は上がっただろう。我は頼りになるとも思ったはずだ。それこそが我の欲していたものである。
我はデブシロの忠誠心が上がって嬉しい。デブシロとミカは仲直りできて嬉しい。皆が嬉しくなる完璧な作戦だった。ふふっ。こんな完璧な作戦を思いついてしまう我が智謀の恐ろしさよ。
「王様バンザーイ」
デブシロの我を称える声はいつまでも響くのだった。
召喚された猫は魔法に憧れる~使い魔として召喚されたが、魔法の使えない落ちこぼれ我の魔法学園生活~ くーねるでぶる(戒め) @ieis
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