第90話 人間の秘密

「助けてほしいとは、どういうことだ?何があった?」


 猫会議の後、我はデブシロの様子が気になり声を掛けたのだが……デブシロから助けを求められた。デブシロが、そのつぶらな瞳を涙で滲ませ、縋るような目で我を見る。デブシロほどの者がこのような目をするとは……余程のことがあったに違いない。もしかしたら、かなり大きな問題かもしれない。それこそ我の王国を脅かすような……。


「それが……なんだな……」


 デブシロがポツリポツリとしゃべり出す。


「オラ……オラ……」

「うむ……」


 我は逸る気持ちを抑えて、固唾を飲んでデブシロの話に耳を傾けた。


「ミカに嫌われたかもしれないんだな……」

「ん?」


 我の想像とはちょっと違う角度からきたな。そもそも……。


「そのミカとは誰だ?」

「オラのシマに住んでる人間なんだな。オラがちっちゃい頃からご飯をくれる、いい人間なんだな」


 ふむ……。予想はできていたが、おそらく、デブシロの飼い主といったところだろう。


「ミカは、オラより大きいけど、ちっちゃい人間なんだな。茶色の毛が生えてて、いつもオラと遊んでくれたり、一緒に寝たり……。ミカは人間だけど……オラは、兄弟みたいに思ってるんだな」


 デブシロがミカについて自分の知ってる限りのことを話し出す。その顔は、嬉しそうな誇らしそうな明るい表情をしていた。きっと、デブシロはミカのことが好きなのだ。そう思わずにはいられなかった。


「でも……なんだな……」


 今まで明るかったデブシロの顔が一気に曇る。今にも泣き出してしまいそうなほどだ。


「昨日からミカが冷たいんだな……。ご飯はくれるけど……遊んでくれないし……昨日は一緒に寝てくれなかったんだな……。こんなの初めてなんだな……」


 余程ショックな出来事だったのか、デブシロの声が震えている。


「オラ……きっとミカに嫌われたんだな……」


 そう言って項垂れるデブシロ。その姿は、とてもシマのボスには見えないほど弱弱しかった。


「デブシロよ、元気を出せ。我が必ずミカとの仲を取り持ってやろう」

「本当なんだな!?」

「任せておけ」


 我はデブシロを安心させるように頷く。我ながら安請け合いしたものだ。だが、猫と人間の関係悪化は我も望んでいない。デブシロの話を聞いて、猫と人間の関係悪化の原因を調べる必要がある。ようは猫と人間の関係悪化のサンプル集めだな。デブシロの話から類推するしかないが、何か教訓を得られるかもしれない。そして、得られた教訓を猫全体に共有する。そうすることで、猫と人間の関係悪化を防ぐ。そして、可能なら猫と人間の関係改善を図る。


 言い方は悪いが、デブシロには、その実験台となってもらおう。


「昨日のいつ頃からミカの態度が冷たくなったのだ?」

「太陽が真上を通り越して、けっこう経ったくらいなんだな」

「空は赤くなっていたか?」

「まだ青かったんだな」


 ふむ。昼過ぎ、夕方前といったところか。


「昨日の朝のミカの態度はどうだった?」

「いつもより嬉しそうだったんだな。オラともいっぱい遊んでくれたし、いっぱい撫でてくれたんだな。それが急に冷たくなったんだな……」


 デブシロの話によると、ミカの態度は急変したらしい。


「デブシロよ。ミカの態度が冷たくなったのには、何か原因があるはずだ」

「げんいん…?」


 デブシロがよく分かってなさそうな顔をしている。


「そうだ。デブシロがミカと遊んだら嬉しいように、ミカの態度が冷たくなったのには理由があるはずだ。例えば、デブシロがミカの嫌がることをしていたりな」

「オラはミカをいじめたりしないんだな!」


 デブシロが心外だと言わんばかりにいきり立つ。


「まぁ落ち着け、デブシロよ。例えばの話だ」

「そうだったんだな……」

「だがな、デブシロよ。人間とは猫とは違う不思議な奴らだ。デブシロも不思議に思ったことの1つや2つはあるだろ?例えば“なぜ人間は服を着るのか”とかな」

「ふくって何なんだな?」


 ふむ。たしかに、服を着ない猫にとって、そもそも服とは何か?となるのか。デブシロの反応は猫にとって当たり前の反応だ。殊更デブシロの頭が鈍い訳ではない。


「思い出してみろ。ミカも体に何か纏っているはずだ。それが服というものだ。なぜ、そんな邪魔な物を自ら纏うのか、デブシロも不思議に思ったことはあるだろう?」

「たしかに、ミカも何か薄い物を被ってたんだな。あれが服……。言われてみれば、たしかに不思議なんだな。あんな物被ってたら、邪魔なんだな」


 デブシロが頷いて理解を示した。


「だがな。人間は皆、服を着ているのだ」

「たしかにミカ以外の人間も被ってるんだな。どうしてなんだな?」


 私はデブシロに教えてやることにした。人間の秘密を。


「あれはな……ハゲ隠しなのだ」

「ハゲ隠し?」


 我は肯定するように深く頷く。


「そうだ。人間はな、ハゲているのが恥ずかしいのだ。だから服を着て、ハゲを隠しているのだ」

「そうなんだな!?」

「人間に聞いたからな。間違いない」

「たしかにそう言われると……ミカも体がハゲてるんだな……可哀想なんだな……」


 デブシロがしょんぼりとした声で言う。たしかに、人間は憐れだ。なにせ、体のほとんどがハゲているからな。


「デブシロも自分がもしハゲていたら恥ずかしいだろ?」

「ちょっと恥ずかしいんだな……」

「人間も同じだ。だから服を着て隠しているのだ」

「なるほどなんだな。王様は物知りなんだな」


 デブシロが顔に理解の色が浮かぶのを見て、我は自説に自信を深めるのだった。

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