第89話 我も太りたい

「1匹1つだぞー」


 我は影の中から、てんこ盛りの干し魚を取り出す。


「ひゃっはー!こいつを待ってたんだ!」

「ありがたや、ありがたや」

「王様ばんざーい!」

「「「「「ばんざーい!!」」」」」


 猫たちが、先を争うように干し魚へと群がり、干し魚を咥えて散っていく。ある者は、その場でパクリと一口で食べ、ある者は味わうようにチビリチビリと干し魚を食べる。またある者は、干し魚を咥えると、そのまま帰路に就く。安心できる自分の縄張りで食べるのだろう。もしかしたら、自分では食べず、誰かにあげるのかもしれない。


 猫会議の終了後、恒例となりつつある光景だ。


「うめぇ、うめぇよー!」

「こいつを食べるためにシマのボスになったんだ!」

「生きててよかった……」

「こいつが腹いっぱい食えるなら死んでもいいぜ!」


 相変わらず干し魚は猫たちに好評のようだ。やはり我の統治には、この干し魚が必須だな。一時はアリアの財政難により、褒美に干し魚を与えることが、できなくなるかもしれないと危ぶまれたが……問題が解決して良かった。これも猫たちの働きによるものだな。皆に感謝しなくては。


 美味しそうに干し魚を食べる猫たちを眺めながら、我は皆の様子を探っていく。皆、逞しい猫たちだ。ここに集められたのは、各々がシマを治めるボス猫たちである。猫会議には、特別な理由が無ければ、ボス猫しか出席できないのだ。


 我の言葉は、猫会議でボス猫たちに直接伝えられ、ボス猫たちから各々のシマの全ての猫へ伝えられる。そういう仕組みだ。人間たちのやっている政治とやらに比べると、まぁ随分と原始的だとは思わないわけではないが、猫たちにとってこれが精いっぱいだ。なにせ猫たちは文字が読めないからな。


 たまに、我の言葉が間違って伝わってしまうこともあるが……多少の間違いは仕方がないだろう。できることなら、猫たちにも文字を教えたいが……日々生きるのに精いっぱいのノラ猫にとって、そんな余分なことを覚える時間は無いだろう。我も元ノラ猫だったから分かるつもりだ。


 それに、我もまだ完全には人間の文字を覚えたわけではないからな。まだ、アリアに教えてもらっている最中だ。あのミミズが這った跡みたいな模様の連なりが、意味を持つ言葉になるとは……人間の持つ知識というのは凄いな。


 そんなことを考えながら、皆の様子を探っていく。主に皆の健康状態の確認や、我に叛意を持ってないか調べている。見たところ、皆元気そうでなによりだ。ノラ猫は過酷な世界を生きているからな。小さな怪我が死に繋がらんとも限らん。


 干し魚に夢中で我の視線に気付かぬ者、我の視線に気付き目を逸らす者、笑う者、畏れる者、反抗的な目で睨み付けてくる者、様々だ。


 その中でも特に目を引くのは、やはり3本足のミケだろう。彼女は私の視線に気が付くと、得意げな笑みを見せた。笑顔の理由は、その腹はだろう。ミケの腹は、大きく膨らんでいる。妊娠しているのだ。


 ミケとは何度か交尾したから、我の子も腹の中に居るだろう。あの大きさからみて、もうすぐ生まれそうだ。そういえば、リノアの腹も大きくなっていたな。あちらもそろそろかもしれない。


 ミケに激励の意味を込めて頷いて返す。出産は一大事と聞くからな。ミケにも頑張ってもらいたい。男である我には、なにもできることがない。そのことを少し悔しく思う。


 ミケから視線を外すと、去り行くマダラの姿が見えた。口には干し魚を咥えている。前に聞いたが、アレはマダラの惚れ込んでいる女へのプレゼントらしい。女は、マダラの子を腹に宿しているようで、マダラは精の付く飯をせっせと運んでやっているようだ。マダラは、知勇兼備で下の者にも優しい良い男だ。我としゃべる時は、なぜか三下のようになってしまうが……あれはマダラなりの敬意の示し方なのだろう。


 次に目を引くのは、白い大きな猫だ。同じ白猫であるリノアの四倍はありそうなほど体格がいい。我よりも大きい立派な猫である。皆からはデブシロと呼ばれている猫だ。でっぷりと太った体は、何度見ても貫禄があると思う。我も太りたいのだが、太るとアリアに飯抜きにされてしまうので、太れずにいる。同じ飼い猫だというのに、この差はなんだろうな。太っているデブシロがちょっと羨ましい。やはり貫禄があるんだよなぁ……。


 そんな我も羨む立派な体躯を持つデブシロだが、今日はなんだか小さく見える。肩を落として項垂れて、なんだか元気が無い。どうしたのだろうか?


 我はデブシロに向かって歩き出す。


「デブシロよ。どうかしたのか?」

「王様……」


 デブシロがこちらを振り向く。デブシロは、悲しげな顔をしていた。声にもいつもの覇気が無い。なんだか落ち込んでいるように見えた。いつも陽気なデブシロにいったい何があったというのだ……?


「本当にどうしたんだ?いつもの元気はどうした?」

「王様……助けてほしいんだな……」


 デブシロの弱弱しい声が、我に助けを求めた。

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