第88話 ヒルダ視点 是が非でも
「放ちなさい、ルーイ!」
魔術の連続使用、そして魔力の枯渇によって朦朧とする頭に、カサンドラさんの声が響きました。
わたくしは、思います。またこのパターンだと……。
わたくしは魔術戦でいつも魔力が枯渇し、なにもできなくなって負けてしまうのです。相手に先手を取られ、防御に手いっぱいになり、魔力が枯渇して敗北するいつものパターン。完全なる力負け。魔力の資質による差がハッキリと出ます。
魔導士、魔術師の世界は残酷です。先天性の魔力の資質によって全てが決まってしまいます。どんなに努力しようと、資質が伸びることはありません。生まれた時から、己の限界が定まっているのです。
ギリギリでも特待生になれたわたくしの資質は、一般の魔術師よりも優れていますけれど、国中から集められた、優秀な資質を持つ魔導士の卵である特待生の中では底辺です。いつも魔力の資質の差による力負けを喫してしまいます。
その不足を補うために、パウロに剣を習い始めたのですけど……いけない、今は余計なことを考えている場合ではない。なんとかクロムを守らないと。
でも、魔力が枯渇し、魔術の使えないわたくしには、見ていることしかできません。
そんな無力なわたくしの目の前で、カサンドラさんの指示を聞いたルーイが、ついに動き出します。
あんなに巨大だった水の球体は、今やカサンドラさんの持つ金魚鉢程の大きさまで圧縮されていました。向こうが透き通って見えるほどだった水は、今は光を通さない漆黒の玉へと姿を変えています。いったいどれ程の圧力がかかっているのか、わたくしには想像もつきません。
テューン!!!
その漆黒の玉から、目では捉えられないほど高速で何かが射出されました。
ガッジジジジジジジジジジジジジジジジ!!!
細かい何かが高速でぶつかるような、何かを高速で削るような爆音がグラウンドに響きます。いったい何が起こっているの…!?
気が付くと、細い白い糸のような物が、ルーイの黒い玉とクロムの立てこもる影の半球状のシェルターを繋いでいました。
ルーイの攻撃ということは、おそらくあの白い糸は水なのでしょう。細く頼りなく見える水ですが、圧縮された水が、あの細さで一点集中に攻撃されているとゾッとします。グラウンドに響き渡る大きな怪音が示す通り、かなりの威力があるのでしょう。
「クロム!?」
わたくしの声は、怪音に掻き消され、自分の耳にも微かに聞こえる程度。クロムに届いているとは思えません。
クロムは無事なの!?
ルーイの凄まじい攻撃を前に、クロムの造ったシェルターが貫かれる光景が、ありありと頭の中を駆け巡りました。
しかし、クロムのシェルターは健在でした。少なくとも魔法を維持する余裕はあるみたいです。あの半球状のシェルターは、見た目以上に頑丈なようですね。
クロムは、半透明なシェルターの中でまだ香箱座りを続けていました。その姿には余裕すら感じます。これが、クラス最強の使い魔…!
クロムは、一年生の後半から今までの約2年間、模擬戦で白星を重ねています。今何連勝中なのか、数えるのも億劫になるほど勝利を重ねているのです。
「ルーイ!」
カサンドラさんの声に、ルーイの黒い水の玉がこちらに前進してきます。このままでは埒が明かないと思ったのでしょう。接近して少しでも魔法の威力を高めるつもりのようです。
クロムの余裕な姿に、わたくしは冷静さを取り戻しました。相手の魔法を分析する余裕も生まれました。魔術の使えない今のわたくしには、他にやることが無いとも言えます。
ルーイの魔法は、水を圧縮し、更に狙いを糸のように細く絞ることで威力を増している、とても攻撃的な魔法だと思います。しかも、途中でグラウンドの砂を水の中に取り込んでいました。これもさらに威力を高めるためのものでしょう。本来なら、模擬戦で使うような魔法ではありません。殺傷能力が高すぎます。
しかし、クロムは初見のルーイの魔法を慌てること無く防いでみせました。自分の魔法にそれだけ自信があるのでしょう。豪胆と言えばいいのか、傲慢と言えばいいのか、クロムは試合開始から一歩も動いていません。香箱座りを続けたままです。まるで、挑戦者に先手を譲っているような貫禄さえ感じさせる余裕です。
ルーイの黒い球は、もうクロムの球体にくっつくほど近くから魔法を放っています。それでも、クロムのシェルターを破れません。
ルーイの球体は、だんだんとその暗い色が薄れてきました。おそらく、それだけ攻撃に水を使ったということでしょう。今ではもう、ルーイの姿が確認できるほど透明度が戻ってきました。そして……。
ほぼ只の水に戻ってしまったルーイの球体が、突然力を失ったように崩れます。おそらく、ルーイは水の球体を保てなくなるほど魔力を消耗したのでしょう。
「ルーイ!」
カサンドラさんが慌ててルーイに駆け寄り、グラウンドの土の上でピチピチと跳ねていたルーイを金魚鉢に戻します。
その様子を確認したクロムが、影のシェルターを消し、すくっと立ち上がると、一仕事終えたと言わんばかりに背中を反らして伸びをしました。
「にゃ……」
そして詰まらなそうに呟くように鳴いたことが、ひどく印象的でした。
◇
その後も模擬戦の度にクロムと組んだのですが、クロムの強さは圧倒的でした。必ず相手に先手を譲り、相手の攻撃を正面から受けて、相手が本気を出し尽くした後に叩き潰します。強い、強いとは思っていましたが、まさかこれほどとは……!その姿はまさに絶対王者のそれです。さすがはクラス最強の使い魔。いえ、クロムの強さは、他の使い魔より一段どころではないくらい高みに居ます。王が使い魔として代々受け継いでいるというドラゴンともいい勝負ができるのでは……。
欲しい。ぜひとも冒険の供に欲しいです。アリアさんを是が非でもハンターに誘わなくては…!最近はアリアさんも前向きに検討してくれているようですが、これはもう一押し必要ですね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます