第87話 ヒルダ視点 このままでは……

 グラウンドの中央で、カサンドラさんと、その使い魔である金魚のルーイと向かい合います。


 カサンドラさんの持つ金魚鉢から水の玉がポンッと飛び出すと、グラウンドに落ちました。飛び出した水は、綺麗な球体のまま、グラウンドに降り立ち、そのまま破裂したり、崩れたりせずに、グラウンドに球体のまま在り続けます。ルーイの魔法で形を保っているのでしょう。球体の水の中を優雅に泳ぐ金魚の姿が見えました。


 対するクロムはというと……グラウンドの上で日向ぼっこでもするように香箱座りをしています。あくびまでする始末です。本当に大丈夫でしょうか?主がアリアさんじゃないからやる気が出ないとか?ちょっと不安になる光景です。


「両者、準備はいいかね?」

「「はい」」


 不安ですけど、準備ができたと言うしかありません。


「では、始め!」


 先生の開始の合図がグラウンドに響きます。


 それと同時に、わたくしは手製の魔導書のページを開き、目的の魔術の魔術陣が描かれたページに手を当て、魔術陣に魔力を籠め始めます。比較的魔術ですから、すぐに発動できると思いますが、それでも若干の時間はかかります。


 まず先手を取ったのはルーイでした。ルーイの居る水の球体が急速に大きくなります。水を生成しているようです。ルーイにとって水は手足の様な物。そして水が増えるということは、質量が増えるのと同じです。つまり、それだけ攻撃の威力が、範囲が広がるということ。あの大量の水が津波のように襲いかかってくるだけでも危険です。


 だというのに、クロムは動こうとしません。香箱座りのまま、身動き一つしません。本当にやる気を失くしてしまったのでしょうか?


 そうこうしている内に、わたくしの魔術が発動します。


「クロ、とばり、展開!」


 アリアさんに教えてもらった符丁を叫びます。これでクロムがやる気を出してくれればいいのですが……。


 わたくしの魔術が発動するのと同時に、グラウンドの一部にクロムの前に真四角の影が差します。ただ日の光を遮って影を作るだけの魔術。影を操ることのできるクロムへのわたくしの援護です。わたくしが影を作り、クロムが操る。アリアさんに教えてもらった魔術と戦法です。


 わたくしの生み出した影が、まるで意思を持っているかのように動き出します。クロムが操っているのです。クロムは影を自分の周りに集めると、影で小さな半球状のシェルターを作り出しました。まるで自分のお家を作ったように見えて、そんな場合じゃないと分かっていても少し和みます。まずは防御を固めるつもりなのかもしれません。


 なににせよ、クロムのやる気があると分かっただけで一安心です。


「ルーイ!」


 カサンドラさんが、ルーイの名を呼びます。何かするつもりでしょう。いったい何を……?


 特に目立った変化は……いえ、水の球体が小さくなってる……?


 ルーイの生み出した巨大な水の球体が、徐々に徐々に小さくなっていきます。水の量が減っている?


 水の球体が小さくなると同時に、透き通って向こう側が見えるほどだった水が、徐々にその色を濃くしていきます。いえ、あれは暗くなっているのかしら……?


 水が玉がどんどん小さく、黒くなっていきます。まさか……水を圧縮している……ッ!?


「クロ、あの水は危険です!」


 しかし、シェルターの中に居るクロムは動こうとしません。未だ香箱座りのままです。影に動きもありません。


 あんなに巨大だった水の球体が、今では4分の1以下の大きさになっています。いったいどれほどの圧力がかかっているのか……このままでは……。


「いくわよルーイ!」


 カサンドラさんの合図と共に、水の玉が茶色く濁ります。あれは……グラウンドの砂を取り込んでいる?いったい何のために……?


 わたくしにはカサンドラさんとルーイが何をしようとしているのか分かりません。しかし、これが良くない状況だというのは分かります。相手は着々とクロムを倒す準備を進め、対するクロムは動こうとしません。


「クロ!動いてください!このままでは!」


 クロムがわたくしの言葉に振り向きます。


「にゃーぉ」


 わたくしにはクロムの言葉は分かりません。ですが、クロムが暢気な声を上げているのは分かりました。だって、クロムがシェルターの中で横になり始めました。相手を舐めているとしか思えません。クロムは確実に慢心しています。マズイです。なんとかしなくては……。


 わたくしは、なんとかしようと石壁の魔術を発動します。とにかくクロムを守ろうとしたのです。でも……。


「無駄よ!」


 カサンドラさんの石槍の魔術で石壁が破壊されます。わたくしはめげずに石壁の魔術を再度行使しますが……石壁が発動すると同時に、カサンドラさんの魔術によって破壊されます。まるでいたちごっこのように、魔術による創造と破壊が繰り返されます。


 わたくしの石壁の魔術とカサンドラさんの石槍の魔術。発動が早いのは、カサンドラさんのようです。本来なら、壁の魔術の方が槍の魔術よりコストがというのに……。わたくしとカサンドラさんの魔力の資質の差がハッキリと出ています。


 わたくしは魔術の連続行使で、眩暈を起こしそうだというのに、カサンドラさんはまだ平気そうです。魔力の残りも少なくなってきました……。このままでは……。

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