馬鹿には見えない服

結騎 了

#365日ショートショート 168

「馬鹿には見えない服!馬鹿には見えない服!」

 俺は叫びながら全裸で商店街を疾走していた。

 事の始まりは10分前。いや、本当の始まりは半年前か。ケンジと付き合っているカノコと酔った勢いで男女の仲になった俺は、そのままずるずると体の関係を続けていた。しかしカノコよ、ケンジはゼミ仲間と旅行に行ったんじゃあなかったのか。予定の変更でもあったのか、まさか俺たちがまぐわっている最中にアパートを訪ねてくるとは。ほんの10分前、全裸のままカノコの部屋の窓から逃走した俺は、無我夢中で商店街を疾走していた。取りあえず家に帰ることができれば、スペアキーがベランダの植木鉢の下に隠してある。そこまで、なんとか辿り着くんだ……。

「馬鹿には見えない服!馬鹿には見えない服!」

 無い知恵を絞って、そう叫びながら走った。全裸である理由を説明しなければ、変態を見る目で見られてしまう。いや、もうどうしようもないのか。叫んだって無理なものは無理なのか。

「馬鹿には見えない服!馬鹿には見えない服!馬鹿には……」

 息が切れる。きつい。家まであと何キロだろう。足を止めるべきか。いや、。右を見れば人。左を見れば人。土曜の昼下がりの商店街。観光客だってちらほらいる。俺はいったいどうすればいいのか。

 いや、待てよ。

 ……おかしい。理論が破綻している。

 馬鹿には見えない服を着ているのだから、走る意味はない。そうだ、俺はもう走らなくていいんだ。なんたって服を着ているのだから。このまま悠然と休日を過ごせばいいのだ。人ごみに紛れ、皆と同じように服を着て過ごせばいいのだ。なんだ、足を止めたって大丈夫じゃあないか。

「馬鹿には…… 馬鹿には見えない服を…… 着ています。馬鹿には見えない服を着ているのです」

 ゆっくりと息を吐き、そう言い放った。歩を緩め、マラソン選手がクールダウンを行うように、ゆっくりと歩いていく。そうだ、簡単なことじゃあないか。俺は服を着ているのだ。なにも無理に走ることはないんだ。一歩、一歩、地面の固さを感じながら家路につけばいい。

 しかし世の中は馬鹿ばっかりだ。この警官ども、服が見えないとは。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

馬鹿には見えない服 結騎 了 @slinky_dog_s11

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ