五兄弟殺鼠事件

十坂真黑

事件発生〜解決

 

 ここは動物たちの国。

 たくさんの種類の動物たちが、みんな仲良く暮らしています。

 ここでは毎日十分な量のご飯が配られ、心地よい温度管理の中、動物たちはあらゆることを『神様』に管理され、平和に過ごしているのでした。


 動物たちの国の中には交番がありました。

「今日は疲れたなあ」

交番の中には、一匹の立派な犬がいます。

 犬のお巡りさんです。

 まだお昼を過ぎたばかりだというのに、犬のお巡りさんはぐったりした様子。

 これには理由がありました。


 この国には、動物たちが平和に暮らすために『神様』が定めたルールがいくつもあります。その中の一つに『他の動物を傷つけたり、殺してはいけない』というものがありました。このルールがある限り、争い事など起きるはずもないのです。


 ところがこの日は『神様』のシステムに不具合が起こりました。なんと、いつもの時間にいつも通りご飯が配られなかったのです。

お腹を減らした動物たちはパニックになり、国の至るところで喧嘩や暴動が起きました。

 仲裁に駆り出され、結局犬のお巡りさんが朝ごはんにありつけたのは、陽が高くなった正午を過ぎてからのことでした。


「やれやれ、日向ぼっこでもしていたいな」

 そう呟く犬のお巡りさんですが、残念ながら束の間の平穏を楽しむ間もなく、交番に誰かが飛び込んできたようです。

「おまわりさあん。大変なの、わたし……」

 白色にオレンジと茶色い斑の入った模様をした、可愛らしい子猫ちゃんでした。

「どうしたんだい子猫ちゃん。ははん、さては迷子かな」

「ちがうの、そうじゃないのよ!」

 子猫ちゃんが慌てながら何かを言おうとしたところで、さらに慌ただしく息を切らして、誰かが交番に飛び込んできました。

「犬のお巡りさん! 大変なことが起きました!」

「ネズミさん。一体どうしたんです?」

 やってきたのは一匹のネズミのようでした。

「私の大切な子供たちが殺されてしまったんです!」

「何だって!?」

 犬のお巡りさんは立ち上がりました。この平和な国でそんな重大事件が起こるだなんて前代未聞です。使命感に燃え上がり、犬のお巡りさんは言いました。

「さっそく現場に急行だ!」

 

 現場は、交番からほど近い崖にできた小さな穴蔵でした。

「小さな穴だなあ、これが家なんですか?」

 ネズミの奥さんは悲しそうに俯きながら言います。

「ええ。子供たちはこの中で死んでいました……」

 犬のお巡りさんは巣穴にぴくぴくと動く鼻を押し込みました。が、穴はとても小さくて犬のお巡りさんの鼻先ぐらいしか入りません。

「参ったな。これじゃあ現場を見れないぞ。穴を広げようにも、殺害現場を壊すわけにもいかないし」

「この穴じゃ小さすぎてわたしも入らないわ」

子猫ちゃんも、犬のお巡りさんに倣って穴に顔を入れようとしますが、小さな顔を半分ほどが埋めたところで諦めてしまいました。

「仕方がない。ネズミさん、状況を説明してくれますか」

「もちろんです。今朝戻ったら、この巣穴で私の可愛い子供たち五匹が死んでいたのです……」

「外傷はありましたか?」

「いえ。どの子もみなキレイな顔をしていました……。みんな健康優良児で、突然死んでしまうなんてあるはずないんです。きっと誰かに殺されたんですわ」

 ネズミのお母さんは目に涙を浮かべています。

「今朝戻ったら、と仰いましたが、あなたは当時現場にはいなかったんですね?」

「ええ。引っ越し先を探そうと、昨日の晩からお弁当を持って外出していたのです」

「ほう、引越しを?」

「ええ。近くに凶暴な肉食動物が住んでいるようで。もちろんこの国では他の動物から襲われることはありませんが、やはり心休まる環境ではなかったものですから」

「なるほど、それで引っ越しを。そして戻ったら子供達全員が死んでいた……さぞショックでしたでしょうな」

 ネズミのお母さんは首を横に振りました。

「いえ。全員ではありませんわ」

「何だって?」

「私の子どもたちは全部で六匹です。末っ子の坊やだけ姿が見えないんです」

「それは怪しい! 事件現場から消えた一匹……」

犬のお巡りさんは思案顔を浮かべます。

「あの子は他の子よりも賢くて優しい子でした。体が小さいものですから、他の兄弟たちにご飯を横取りされてしまうことがあるでしょう。

 だからあの子、知恵を付けてここから少し離れたところにおやつを隠しているんです。そんな賢い子でしたから、どこかで難を逃れていると信じているのですが……」

「虐げられている末っ子の歪んだ憎悪が殺意を生んだ。これで決まりだ!」

 犬のお巡りさんは早速他の警察犬に連絡を取り、行方不明の末っ子を容疑者として捜索するよう手配しようとしました。

「そんな! あの子は体が小さいんですよ? 五匹もいる他の兄弟たちを殺すなんてできっこないです!」

「なるほど、それも一理あるな……」

 ネズミの奥さんの一言で、犬のお巡りさんはまた元通りの思案顔を浮かべます。

「確かめたいことがあります。一度交番へ戻りましょう」


 交番に戻ると、犬のおまわりさんは本棚から図鑑のような本を取り出しました。

「それは?」

「この国に暮らす動物たちの情報を集めた本……住民録のようなものです」

犬のお巡りさんはペラペラとページを捲ります。やがてお目当てのページにたどり着いたのか、長い舌を出し、鼻の先を濡らしました。

 それは、犬のおまわりさんが真相を見つけた時や美味しいおやつを食べた後によく見せる癖でした。

「なるほど、そう言うことか」と独り言を呟くと、大きくて重たい本をパタンと閉じました。

「謎が解けましたよ。ネズミの奥さん……いえ、正しくはトウキョウトガリネズミの奥さん、と呼ぶべきでしょうかね」

「はい? 確かに私たちは『神様』にはという名を与えられていますが、それが事件と一体どういう関係が?」

 と、トウキョウトガリネズミの奥さんは首を傾げました。

 犬のおまわりさんはもう一度鼻の頭を舐めると、自慢げに鼻を鳴らしました。

「起きた事象は簡潔です。今日『神様』のシステムに異常があり、朝食が三時間遅れました。たった三時間、されど三時間……あなた方には死活問題だった」

 そこで、トガリネズミの奥さんは目をまん丸くした後、ガタガタ震え始めました。

「な、何ですって……三時間もご飯を食べられなかったら、死んでしまうのは当然じゃありませんか!」

「ええ、でしょうね。

 まあ難しい話は省きますが、あなたたちトガリネズミは、とんでもなく代謝がいいため、普段から三十分に一度は食事を取り、大人でも二時間半も餌を食べないと死んでしまうという。三時間を飲まず食わずで、子どもならまず助からない。この国ではご飯は不足なく配られますから、どうせ蓄えもなかってんでしょう」

「ええ、その通りです。せめて私がいれば食料を調達することもできたでしょうに。なんてことなんでしょう」

 トガリネズミの奥さんはわっと泣き崩れました。

「だが先程の話だと、その末っ子は備蓄をしていたという。彼は他の兄弟たちが飢えていく中、このままでは死んでしまうと意を決して巣穴を出た。ならば末っ子はそのおやつの隠し場へ向かった可能性が高い!」

「まあ! 早速行ってみますわ!」

 一瞬で涙を拭くと、トガリネズミの奥さんは嬉しそうに交番を飛び出して行きました。

 犬のお巡りさんは、良いことをしたと満足げな笑みを浮かべ、ぽつりと呟きました。

「まあ、末っ子が餌の隠し場に向かっていたところで、たどり着けたかどうかはあやしいものだがね」

「どうして?」子猫ちゃんは聞き返します。

「大人でも耐えられないような飢餓に、一番小さな末っ子が耐えられるはずないさ。おそらく巣穴から出てそうはもたなかっただろう。じきに死体も発見される。それまで、子供が生きているかもしれない、という夢を見させてあげようじゃないか」

 それを聞いた子猫ちゃんは、なぜかほっとしたように胸を撫で下ろしました。

「犬のお巡りさん、この国のルールによると『他の動物を傷つけたり、殺してはいけない』なのよね?」

「うん? ああそうだが……それがどうしたんだい、子猫ちゃん」

 今度は犬のお巡りさんが首を傾げる番です。

「私、あの時あんまりお腹が空いてたから……。後からルールを破ってしまった、とんでもないことしちゃったって、慌てて交番に飛び込んだんだけど なんにも問題ないわね」

 そう言って、子猫ちゃんはぺろりと舌なめずりをしました。

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