第33話 平和な日々が訪れました

ダニエルが我が家に乗り込んできてから、1ヶ月が経とうとしていた。あの後、ダニエルは我が家に乗り込んでくるという事はなく、平和な日々を過ごしている。


そのお陰か、少しずつではあるが、私も自由にさせてもらえる様になってきた。ただ、相変わらずグリム様の過保護は止まらない。


今も私を膝の上に乗せ、一緒に朝食を摂っている。


「マリアンヌ、今日は友人が来る日だったな。領地から果物をたくさん取り寄せておいたから、お土産に持って帰ってもらうといい」


「ありがとうございます。友人たちも喜びますわ」


領地で採れた果物たちは、友人たちの間でもかなり人気なのだ。毎回友人の為に、果物を準備してくれるグリム様には、本当に感謝しかない。


「それじゃあ、俺はそろそろ行ってくる。なるべく早く帰ってくるようにするが、くれぐれも勝手に屋敷から出るなよ。まだあの男がウロウロとしているかもしれないからな」


「ええ、大丈夫ですわ。でもグリム様も抗議してくださいましたし、あれから一度も姿を見ていないので、もう大丈夫かと」


「あの男は、何をやるか分からないからな。とにかく、油断は禁物だ。俺が渡した通信機を持っているな」


「はい、持っておりますから大丈夫ですわ」


あの時渡された通信機をポケットから取り出し、旦那様に見せた。


ダニエルのせいで、すっかり過保護になったグリム様。1時間に1回は、必ず通信機で通信してくるのだ。ついうっかり置き忘れていて通信に出られない時があったのだが、なんと心配したグリム様が、家まで様子を見に来たことがあった。


それ以来、肌身離さず持っている様にしている。


グリム様を見送ってしばらくすると、友人たちがやって来た。いつもの様に、中庭へと案内する。もちろん、私たちの近くには護衛騎士が4人も控えている。


「ねえ、聞いた?バカダニエルの事」


席に付くや否や、話し始めたのはアナスタシアだ。


「ええ、知っているわ。ついにクラッセロ侯爵が、ダニエルを勘当したらしいわね」


「何ですって!一体どういう事?」


侯爵がダニエルを勘当?どうしてそんな事になったのかしら?


「この前、あなたの家に侵入した事があったでしょう?その時、相当厳しく侯爵に怒られたらしいんだけれどね。懲りずにまた侵入を企てたのよ。ほら、ダニエルはあの時の夜会以降、令嬢はもちろん令息たちからも総スカンをくらっているでしょう。何を思ったのか、自分が貴族に相手にされないのは、マリアンヌと婚約を破棄したからだと思い込んでいたらしいわ。それで、マリアンヌと婚約をし直せば、元に戻ると思い込んでいたらしいわよ。本当にバカな男よね…」


は~っとため息をつきながら、アナスタシアが色々と教えてくれた。あの一件以来、どうやらダニエルの評判は地に落ちたらしい。まあ、あんな醜態をさらしたのだから、仕方がない。


「とにかく、侯爵はバカダニエルを、この国の最北端にある施設に入れたみたいだから、もう安心よ。もう二度と、あの男の顔を見る事はないから安心して」


そうか、もうダニエルは王都にはいないのね。この国の最北端か…それなら、本当にもう二度と会う事はないだろう。きっとこれで、グリム様も安心してくれるわ。


その日の夜、早速グリム様に報告をした。


「グリム様、ダニエル様は侯爵家を勘当され、この国の最北端に送られたそうです。これでもう安心ですわ」


「ああ、そうらしいな。でも、いつあの男が逃げてくるか分からない。すべてを失った人間ほど、何を犯すか分からないからな。今まで通り、通信機は持っているのだよ。それから、街に出るときは必ず俺と一緒に行く事。わかったね」


あら?結局そうなるのね。


「はい、分かりました」


今日もいつもの様に2人で寝室へと向かった。そうだわ、あれを渡さないと!


「グリム様、ずっと渡せずにいてごめんなさい。これ、あの時貸してくれたハンカチです」


そう、私がダニエルに婚約破棄されて泣いている時に、グリム様が渡してくれたハンカチだ。やっと返すことが出来たのだ。


「マリアンヌ、このハンカチを、ずっと持っていてくれたのかい?」


「もちろんですわ。このハンカチは、私の大切な物だったので。あの時、グリム様に出会えたからこそ、今の幸せがあるのです。このハンカチは、私とグリム様が初めて出会った思い出の品なのです」


「そうか…俺たちは、このハンカチから始まったのか。なあ、マリアンヌ、このハンカチは君が持っていてくれないかい?」


「よろしいのですか?わかりました、大切にしますね」


無くさないように、再び引き出しにしまった。


「グリム様。私はあの日、人生で最悪な日だと思っておりました。でも今は、旦那様に出会えた、大切な日だと思っております。あの日公衆の面前で婚約破棄をしてくれたダニエルには、今では感謝しておりますわ。だってあの日があったからこそ、今の幸せがあるのですもの」


あの日たくさん流した涙は、きっと無駄ではなかったのだろう。だってあの出来事があったからこそ、グリム様と出会え、結婚できた。そして今では誰もが羨むほどの、オシドリ夫婦になったのだ。


「確かにそうかもしれない。それでも俺は、君を傷つけたあの男を許すことは出来ないけれどな。マリアンヌ、君は十分すぎるほど傷つき、苦労した。だからきっとこれからは、幸せな未来が待っているはずだ。もちろん、俺の手で君を幸せにしたいと思っている」


「ありがとうございます、グリム様。でももう十分幸せですわ。これからもきっと、この幸せが続くと信じております」


グリム様に向かって、微笑みながらそう伝えたのであった。




~5年後~

「ははうえ~」


嬉しそうに私の方に向かって走って来るのは、私とグリム様の息子、グラムだ。燃えるような赤い髪に、真っ赤な瞳をしている。私たち2人の色をそのまま引き継いだ、可愛い息子。そんなグラムを、抱きしめた。


「グラム、お父様と一緒にどこに行っていたの?」


「もりにいったんだよ。おおきなみずうみがあって、とてもきれいだったよ。こんどは、ははうえもいっしょにいこうね」


「こら、グラム。母上はお腹に赤ちゃんがいるんだぞ。飛びついてはいけないと言っているだろう」


後ろからやって来たのは、グリム様だ。


「だってははうえに、はやくあいたかったんだもん」


頬を膨らますグラム。そんなグラムを抱きかかえたグリム様。こうやって見ると、2人はよく似ている。


「ただいま、マリアンヌ。俺たちを迎えに来てくれたのかい。それで、お腹の子の様子はどうだった?」


「はい、順調との事です。このままいけば、来月には生まれるとの事ですわ」


「そうか、それは良かった。グラム、もうすぐ弟か妹が生まれるんだぞ」


嬉しそうにグラムに話しかけるグリム様。


「そろそろ冷えて来た。もう屋敷に入ろう」


グラムを抱きかかえたグリム様が、私の腰に手を当て、屋敷にエスコートしてくれる。


可愛い息子に大好きな旦那様。そしてこれから生まれてくる子。あぁ、幸せね…


あの日グリム様が約束してくれた通り、この5年間本当に幸せだった。これからも、この幸せはずっと続いて行く事だろう。




おしまい



~あとがき~

これにて完結です。

すれ違う男女のお話を書きたくて書いたのですが、グリムがちょっとヘタレすぎでしたね汗

最後までお読みいただき、ありがとうございましたm(__)m

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