第10話 出たとこ勝負の営業トーク

「彼女の強みはまさになんですよ」



 案の定俺の言葉を聞いた高橋様は僅かに困った表情をした。

 それもそうだろう。断った理由が強みであると言われたところで「だから断ったんだけど……」としか思えないだろう。

 でも。



「配信をご覧頂いているとのことですのでお分かりかと思いますが、彼女のギャップは視聴者からは好意的に受け止められていますし」



 俺はアイナさんの魅力は”つい素に戻ってしまうギャップ”にあると思っている。だからデメリットをメリットに変えられるような、そんなトーク運びをしたいところだが――。



「それはそうかもしれないですが……やっぱりねぇ……」



 反応はかなり悪く、このまま押すのは厳しそうだ。

 切り口を変えていかないと。だがどうすれば……。



「あわわ……」



 俺が一瞬黙ってしまったせいか、代表が焦ったように俺を見ている。

 せめて独自の価値観を持った代表が何か打開する策を持っていてくれれば良かったのだがこの様子ではそれも――いや、待てよ。代表か……ただの思いつきでリスクしかない方法だが……他の打開策が思いつかないしちょっと賭けてみるか。



「話は変わるのですが、高橋様はVtuberの配信はよくご覧になられるのですか?」

「ええまぁ。ゲーム会社に勤めてますから。関連性の高いトレンドはなるべく追いかけるようにしてますよ」



 さすがはアンテナを張り続ける必要のあるエンタメ業界の人だ。お陰で俺の首の皮も僅かにだが繋がった。



「というとやはりゲーム配信系を中心に?」

「ええ。昔のゲームを配信してる子も多くて懐かしい気持ちになることが多いですねぇ」

「いいですよねゲーム配信。特にとか」

「そうなんですよ。楽しそうにしているのもいいですし、失敗して悔しそうにしているのも面白いですね」



 さすがは広報の人というべきか、俺の少ない振りにもしっかりとした返答が返ってくる。しかも今の返答は都合の良いことに俺が欲しかった回答だ。

 だから俺はここで勝負に出る。



「特に印象に残りますよね」



 俺が何を言いたいのかわかったのだろう。高橋様は苦笑して。



「はは、確かにそういう側面もあるかもしれませんが、場合によっては悪い印象が残らないとは限りませんからね」



 アイナさんを売り込むためのセールストークであると気付いたらしく、遠回りに俺の言いたいことを躱そうとする。しかし俺は引き下がらない。



「すみません、ちょっと失礼します」



 ポケットからスマホを取り出す。常識的に考えて客先に出向いた営業が取るような行動ではない。案の定高橋様は口には出さないものの「えっ!?」と驚いた様子を見せている。これはまさに高橋様の言っている『悪い印象』になるだろう。

 それなのに俺はここから更にスマホゲームを起動する。



「あ、それ……」



 隣で見ていた代表がいち早く気付く。



「代表に誘われて昨日このゲーム始めたんですよ」

「は、はあ……人気あるゲームですよね」



 高橋様は俺の突然の奇行にしか見えない行動に戸惑っている様子。これが怒りや呆れに変わる前に片を付けないと。



「代表。今っていわゆる”人権キャラ”ってのがガチャで引けるんですよね?」



 話を振らないようにと思っていたが俺のやりたいことは代表が鍵となる。

 もし代表がこれでも緊張でガチガチのままだったらこの案は失敗となってしまうが――。



「うむ。限定キャラのナラサスのことだな。ナラサスは前衛後衛どちらにも編成出来て高い全体攻撃と便利な全体への異常回復スキルを持っている。特に全体攻撃スキルの方はベースの威力が高い上にキャラ特性の防御貫通アビリティが加わってどんなに固い敵でも安定した高火力が叩き込めるのが特筆点だな。無属性だから敵を選ばないという点も良い。ただでさえ既存の火力職を大きく超えた火力をもっているのにおまけに状態異常回復や編成コストが安いという辺りも便利で過去に類を見ないほどの人権キャラだ。リリースから数年経ったこのタイミングで新規獲得の為にお手軽で強いキャラを投入したのだろうが、これまで支えてきた古参から賛否両論のキャラを出すだなんて正直運営の正気を疑うよ」



 凄い早口で解説してくれた。

 やはり代表は俺の思った通り、自分のフィールドになると強気になれるタイプのようだ。客先に来てから様子がおかしかったのもそのせいなのだろう。



「お、お詳しいようで……」



 あまりの代表の豹変ぶりに高橋様の困惑も増している様子。これだけでも大分を与えられたとは思うがまだ足りない。



「ちなみに代表はそのナラサスってやつ引けたんですか?」

「……嫌味か? 昨日君の前で引いて大爆死しただろう」



 こちらを不機嫌そうに睨む代表。

 昨日休憩時間中に『私の神引きを見せてやろう』とドヤってガチャし始めて最後には無言になったのはしっかり覚えているが、これはあくまでも高橋様に状況を伝えるためのやり取りだ。なので俺が次に取る行動は。



「じゃあ10連分の石があるのでやってみますね」



 スマホをタップし、演出が始まる。



「ふっ。いくらピックアップされているとはいえナラサスの排出率は0.35%だぞ? 昨日私が180連爆死したのにたったの10連で挑むのは無謀でしかないな」



 あ、なんか虹色に光ってる。まぁいいや何か演出長いしスキップしよう。

 そしてガチャ結果として表示された画面を見て。



「ナラサス出ましたよ。2体」



 言いながら画面を見せた途端、代表の目が見開かれて、口も大きく開いた。

 そしてぷるぷると震える手で俺をゆっくりと指差し。



「お、お前ー! ガチャ自慢は魂の殺人だぞお前! お前ー!」



 細い腕で俺に掴みかかり身体を揺さぶる。

 予想していた以上に良い反応をしてくれている。

 揺さぶられるまでは予想していなかったが、とにかく俺が作りたかった状況は作れた。なので俺は揺さぶられるまま高橋様に。



「とまぁガチガチに緊張していたうちの代表がこんな風に感情をあらわにしましたが、どうでしょう? 結構インパクトありませんか?」



 ”ここまでは全てセールストークでした”という意味も込めて問いかける。



「ま、まぁ確かにインパクトという面ではありましたが――」



 確かにこんな型破りで失礼なセールストークなんてインパクトはあるだろう。だが結局のところ懸念されている”悪い印象も与えかねない”という課題は残されたままで何の解決にもなっていない――が、それでいい。俺は元々それを解決する気なんてない。

 アイナさんの個性を活かすためにはとにかく”印象を与える”という点で行くしか無いのだ。だから俺は高橋様が何かを言い切る前に。



「宣伝は印象に残らせてこその宣伝です。更に加えて言えばこういった大きなリアクションも熱意がなければ出来ないんですよ。現に私はこのゲームに思い入れがないのでこのキャラ引いてもあまり嬉しくありませんし」



 笑顔で、勢いでとにかく押す。

 隣で代表が「は? もげろ。もげろ。もげればいいのに」と呪詛のように呟いているが気にせず押す。



「弊社のアイナの口調が乱れるのも熱意があってこそのことです。そして彼女には熱意を持って全力で取り組む姿勢があります。ですから宣伝動画もきっと印象的なものになると、私はそう信じています」



 一呼吸置いて。



「宣伝動画の件、ご再考願えませんでしょうか」



 深々と頭を下げる。

 代表も正気に戻ったのか隣で頭を下げている気配がする。

 5秒ぐらいはそうしていただろうか。やがて高橋様が「ふぅ」と息を吐き。



「確かに熱意というのが一番伝わるのかもしれませんねぇ。それこそ今の風戸さんのように」



 その言葉に俺も代表も頭を上げる。

 


「人にプロモーションをお願いするのであればこちらが勝手に抱いたイメージで合う合わないを判断するのではなく、その方の強みや個性までを含めて判断する必要がありましたね。いやぁ申し訳ない」

「? つまりそれはOKということか?」



 代表の失礼な聞き方に高橋様は苦笑しつつも。



「はは。予算の都合で上長の承認が必要ですがね。掛け合ってみましょう」

「ありがとうございます!」



 今度は立ち上がり大きく頭を下げる。

 

 俺に出来ることはやったと思う。

 後は朗報を祈って待つだけだ。

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ワガマママネジメント 草之助 @kusanosuke

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