俺の女神は囁く。そして俺の日常は今日も平穏である。

『お兄ちゃん、朝だよ。早くしないと遅刻しちゃうよー』


「!??」


『あ、お目覚めですね。おはようございます、久道くん』


 早朝、俺は耳元で丁寧に読み上げられるイレギュラーな台詞をにビビって起き上がると、俺の腹の上にまたがりなんとも涼しげな様子で微笑むハーがいた。


「いやどういうこと!?」


『久道くんは先日、漫画に出てくる某妹属性のキャラクターの人気を受けて、本当に妹に馬乗りになって起こされるって萌えなのかどうかを深くお考えになられましたね。そこで〝あなたの頭脳〟は是非とも検証の機会を設けたいと自発的に考えました』


「同い年にしても君のが大人っぽいよこんな妹いねぇよ棒読みだし! それに俺は年下よりも落ち着いたお姉さん系が好きなの!」


 好みを言えばしっとりおはようって囁かれながら頭なでられて起こされたいタイプだ!


 指摘すると、いかにも残念そうに『では次回は昨今流行りの同い年義妹系でしっとりおはようと囁きながら頭なでなででのテスト2を……』と呟きながらいそいそと俺の上から撤退するハー。

 え、いいんすか。そわそわ……。つか、なにも言わずとも答えを知ってる女神つえー。


 それはさておき、俺は今日も登校(研究室→学校)の準備を進めつつ、ハーにニュースを読み上げてもらう。


『3丁目の一見通りで強盗事件発生。無事、風紀組によって確保された模様です。ちなみに報道にはありませんが、この一件の一番の立役者は千風鳴せんぷうなるさんです』


「あー、〝ステージ5〟のね。彼はお騒がせだねー。今回もきっと色々吹っ飛ばしたんだろうなぁ」


 この世界にいると、こういう捕物劇的なやつは異様に発生するもはや日常茶飯事だ。

 そしてその渦中で活躍するのは常に名の知れた若きエースだったりする。

 まぁ彼もうちの研究室に出入りしてて知り合いではあるから、また後日雑談のネタに上がりそうだな。

 ていうか犯罪者達はなんでこんな能力者が多い土地でそんなリスク犯すんだろ。

 これは永遠の謎である。


『開発機構が並行仮想構造について初の成功を謳っています。被験者は13歳の少女だそうです』


「あー、それ。ラノベ世界だとその成功例の子がこの街にやってきて研究の闇と嘘が暴かれたり主人公がその子を救ったりして世界の均衡が揺らいだりするやつ〜」


 その手のニュース、この世界に来てからわりと何度か聞いてるけど、本当にマジで特にそういう主人公的展開は訪れないな。

 ま、俺はこのハーの存在を除けばマジでマジな無能力者っていう設定だから、来られても困るんだけど。


『それから、Yamaモールに女子に人気のスイーツ店milk loveがオープンです』


「それ可愛い女の子達がこぞって集まってキャッキャウフフするやつじゃんっ!!!!」


『ここだけ前のめりですね』


「俺の人生に深く強烈に関係のある事項だからね!」


 するとハーはきょとんと一瞬わけが分からないといったように沈黙する。


「いやそんなマジで不思議そうな顔で見つめないで確かに俺とその女の子達とはなんの関係もないけども! 一連のバトル要素的展開よりかはずっと俺のQOLクオリティーオブライフには影響があるわけ! 美味しい飲食物を一緒に楽しむ女子達の日常回は全人類のオアシス!」


 という感じでさくさく家を出る。


 ***


「ん、優等生じゃん。家この辺なんだ。はよ」


「いやいや瀧さんそれボロ雑巾になって積み重なったガラのお悪そうな男性の山を足蹴にしながらやる挨拶じゃないから」


「悪さしてる奴らは見過ごせないだろ? ちょっくら締めてんだよ。風紀組の到着待ち、今」


 通学(勤)路の途中、クラスメイトの瀧シズクさんに出会った。

 彼女は得意げに状況をご説明下さると、パンパンと手を払う仕草で「一丁上がりよ」とでも言うように堂々たるご様子。

 教室ではあんなんで実際社会に出ても相変わらずだけど、瀧シズクさんの研究室における密かな通り名は〝風紀団長〟だ。

 なぜだか治安の安定しないこの街において、風紀組に先んじて比較的安全に事件を解決する世直し少女。

 良し悪しはあるが、大人の間での印象は〝正義感の強い男勝りな子〟という感じらしい。


「メラメラも最近一層調子よく悪党狩りしてるらしいし。負けてらんねーじゃん?」


 メラメラとは言わずもがな、焔木さんのことだろう。

 瀧さんは「あんたがその原因なんだろ?」とでも言うような意味深な目線で俺をちらと見やる。


 いや俺は無関係です。

 あと悪党狩りで日常的に勝負すな、女子高生が。


 俺は優等生スマイルを引っ提げてそろそろ退散だ。

 少し歩いて距離を取ってから俺はふと疑問を漏らす。


「でもあれで謎の人気があるんだよな〜瀧さん。なんでだ」


『その疑問に〝あなたの頭脳〟がお答えしましょう。早くも学内の一部界隈で〝姉様あねさま〟と呼称されるに至る彼女の魅力はその才能と自由奔放さ・快活さ・正義感の強さにあります。彼女は名門女子中学校出身なのですが、在学中は〝氷結の王子様プリンス〟とあだ名され送られたラブレター及び貢物の総数は1825に上ります。ちなみに瀧シズクさんは制服の下にレギンス履く系女子です』


「自販機蹴ってそーー」


 ***


 研究室に着くと冴木先生がまったりとコーヒーを嗜んでいらっしゃった。


「おはようございます、久道先生。今朝は驚きのニュースが――」


 と、今朝方ハーから聞いた例の13歳の成功例の少女について話題に花を咲かせる。


「しかし、一方で非人道的な実験だという噂も――」


「強制的な開発は人格に深刻な影響を及ぼす恐れがあるとの見解が――」


「我が国の上層部もこの結果に――」


 そして研究室を後にして学校への道すがら、俺は研究室では我慢していた諸々のツッコミ及び感想を思っきしぶちまける。


「もうこの感じ、完全にフラグやん絶対にその13歳の子、新シリーズの○○編とかのヒロインじゃん!? でも悲しいかなロリっ子には無興味。しかし大人美女のロリ時代は死ぬ程好き! ……でもあの子、この街には来ないよね?」


『久道くんがお望みであれば、〝あなたの頭脳〟がそのような展開をもたらすことは不可能ではありません』


「えっ。なにそれ。そんな感じなの?」


『お望みであれば新展開へ至る方法を提示します。〝あなたの頭脳〟は久道くんにとっての〝最適解〟を常に示し続けるのです』


「全知全能の守備範囲はんぱねー。ちな、どうやって……?」


『バタフライエフェクトを駆使します。全380工程と短くはないですが、まずは次の横断歩道を赤信号に変わってから全速力で駆け抜けて下さい』


「地味っつーかなんつーか……。と、とりあえず今日はいっか……。俺は堅実に平和な日常を送っとくよ」


 信号無視はよくないからね。


『承知しました』


 傍らでうふふと控えめに微笑むハーと俺は今日も安全に道を進むのであった。


 ***


 授業中はというと、大抵ハーに耳元で解説してもらって地味にきちんと勉強なんかもしている勤勉な俺。


『――と言い換えた方が理解出来るでしょうか?』


『ちなみにこの人物は幼少期こんなエピソードが――』


 といった具合にハーのありがたい副音声が付き、普通に授業が数倍楽しくなる。

 俺の専属能力は最強の学習教材。

 飽きたら囁きVS筆談でしりとりをしたりして。


 プール開き


『急流滑り』


 リゾート


『泊まり』


 旅行


『ウォークラリー』


 り……って、さっきから〝り〟ばっかだな俺っ!


 そんで、夏が迫ってきて夏休み水着&旅行回を期待してしまう下心がしりとりにまで溢れ出ちゃってる!


『じゃあお勉強をたくさん頑張ったら夏は水着回にしましょう。〝あなたの頭脳〟は久道くんが決して露出度の高すぎないシンプルな無地のパレオ付き水着をこよなく愛していることを把握しております』


 ……はい、その通りです。(by筆談)


 パレオから長い脚がさっと覗く美女っぽい感じ大好きです……。

 でもハーなら……。

 金髪美少女にはテッパンの白無地あんどレースひらひらでも……。あるいはいっそスク水……。


「期待値が高まるな……」


 そう思わず呟いた台詞はどうやら授業で出題された小問にいい具合に合致する内容だったらしく、隣の女子からは「あの複雑な式を一瞬で理解するなんて久道くんさすが」と棚ぼた的に評価上昇を受けたりもした。


 ***


 てな感じで。

 以上がわりとルーティーンで平穏無事な俺の日常なのでした。

 しかしルーティーンといえど、現代異能バトル的要素もあって俺はなんだか毎日息を吸うだけでわくわくしちゃう。


 こんなわくわくな世界観なら不思議と勉強も捗る……のは、なんの不思議でもなくハーのお陰でした。


「緊急配備! 保護対象〝ステージ3〟の暴走域は半径約1キロ圏内! 火気厳禁!」


 みたいな、ちょっとしたトラブルはありつつも、なんやかんやで死傷者ゼロで済んでるっぽいし。


「おいてめぇ! 肩ぶつけといてシカトたぁ礼儀を教えてやるぜ!」


 なーんて喧嘩を売った相手は大抵上位能力者だというに、懲りない不良連中は絶えない。

 そしてそんな様式美ないざこざは三秒でカタがつく。


 あ、あの子あれだ。操作系の中学生の子。確か金属とか操るっていう。

 おおー、金属操作で伸縮自在な首輪を作って締め上げるとか、発想が頭いい。

 操り方かっけー……。

 キャラデザ……失敬、見た感じも個性的でちょっとクールな雰囲気がグッド。


「……あっ、ご、ごめんなさい……」


 と、不意に俺の胸目掛けて真っ正面からぶつかる少女が一人。

 少女はなにか三十センチ長の布に包まれたものを大切そうに抱えていて、俺を上目遣いで見上げて謝罪する。


「ああ、いえ。平気です」


 少女はしかし俺という第三者に自分を認識させてしまったことにひどく狼狽し、目線を逸らして慌てて駆け出した。


「あーー……訳ありだぁ。あれも新編のヒロインなんだろうなぁ。どんなストーリーかなぁ。俺的に、あれは案外深刻な話じゃなく、ゆるっとしたギャグ回に繋がるんじゃあないかと予想してみるよ。ハーはどう思う?」


『あの布の中身は高密度エネルギー体でデコピンしただけで世界が滅亡します』


「怖っ!?」


『冗談です。気になりますね、中身』


 俺は読者みたいな気持ちでこの世界に散りばめられたフラグあるいはブラフを妄想してはムフフと悦に入るのだった。


 変な楽しみ方だよね。分かってる。


 でも、これが俺の望んだ異世界転生なのでした。


 ***


 夜、ベッドサイドに明かりをつけて入眠体勢の俺にハーが『どろん』と効果音を平坦に読み上げながら顕現。


 全く……パステルカラーのもこもこパジャマとか……。

 色白さんにベストマッチングな優しい色合い……。

 破廉恥じゃない可愛いお部屋着……。

 極めて健全で愛くるしい。

 本当に……けしからん。最高か?


『一日の終わりに〝あなたの頭脳〟が参上いたしました。今日も一日お疲れ様でした』


「今日も平和で空気が美味い。俺、この生活が好きだなぁ」


『それはよかったです。明日もきっといい日です』


「なんかさ、憧れの世界観で生活してるって感じがさ、幸せ」


『はい』


「今日も傍にいてくれてありがとう、ハー」


『久道くんのお傍で暮らせて〝あなたの頭脳〟も幸せですよ』


「なにか要望があったら言ってね。俺はいつもお世話になってるから」


『〝あなたの頭脳〟は久道くんの専属能力ですので、要望はあってないようなものです』


「そう?」


『とはいえ、この返答はこの場合〝最適解〟ではないことも〝あなたの頭脳〟は理解します。そうですね、では今度一緒にmilk loveに行ってふわふわのパンケーキが食べたいです。その際は席の確保など諸々の都合上、可視化します』


「他の人にも見えるってこと?」


『いいでしょうか……?』


「ハーは俺の〝最適解〟だよ。もちろんいいに決まってる。……ん、これってもしやデート?」


『なるほどです。普段どれ程久道くんのお傍にいても久道くんはそれをデートとは認識してはくれないということですね』


「あ。いえ、そういうつもりでは……。す、すみません……」


『許しません。パンケーキ×2を要求します』


「ごめんなさいぃ……」


『おやすみなさい、久道くん』


「うん、おやすみ」


 それからハーは俺の傍で楽しげに、ねーむれーねーむれーとふざけて歌い出す。

 優しくて穏やかな歌声。

 俺は聞き慣れた歌声に安心して、ちょっと気恥ずかしくなりつつも、結局眠さには勝てずにすぐさま眠りに落ちる。


 夢みたいな生活の中で。

 夢みたいな夢を見て。

 夢の生活にまた目覚めるために。












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なんでも答えを教えてくれる俺の専属能力(美少女) 青山凌 @sinoguuuu_a

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