水と油(火)の関係。ま、俺には関係ないけども。-その②-

 ちなみに〝基礎開発〟とは能力を育成するための授業。


 俺とペアになった焔木さんはありがたいことにこんなモブキャラな俺の存在を覚えてくれていたらしい。

 まぁ、つい十分前の出来事だからね。はよ忘れてくれ。

 俺を個として認識しないでくれ。

 そしてお願いだから君らの騒がしい日常に俺を巻き込まないでね。


「はぁ? 〝ステージ0〟!? 信じらんない……。そんな奴とあたしがペアだなんて、あたしに得るものがないじゃない。ただで能力向上のコツを教えろだとか聞かれても、あたしはやらないわよ。ていうか、それでどうしてこの高校で〝Sクラス〟に入れるわけ?」


「俺は研究室ラボ枠だよ。だから安心して。今日の実習では焔木さんの能力向上だけに注力していける」


「それならあたし一人で十分なんですけどー」


 とか早速感じ悪めに実習が開始される。


 今日の授業は能力の操作精度に関する実習で、まず座学で基礎を教えられた後、ペアとなって実際に練習を行うという形式だ。


 焔木さんは既に巨大な炎をぶん投げて的に当てたりという基本的な操作はマスターしてはいるが、見たところ、たとえば離れた地点に小さな炎を灯してそれを維持するといったような繊細な操作は不得手だ。

 なので、『手のひら大の低温の炎を2メートル程先に生み出して、それを1分間維持してみましょう。出来たら炎の個数を1つずつ増やしていきましょう』というハーが考え出したトレーニングメニューをこなしてもらうことにした。


「……うっ、なによこの地味な作業。地味な癖に地味にダルい。ていうか、あんたはなにもしてないじゃない」


「俺は君の成長に応じた適切なメニューを考えることが課題だよ」


 ま、確かに。ハーが教えてくれたメニューを述べただけの俺は実際なにもしてないんだけど。


「なによ……。涼しい顔であたしが地味な作業やってんの見ながらサボってるだけじゃない。ムカつく」


 ジリジリと小さな炎が生み出されては、息も絶え絶えに燃え続けている。

 そんな中、時折、炎が風に掻き消されそうに乱れたり、細くなったりする瞬間があることに、俺は気がついた。


 一つは新しい炎を顕現させるタイミング。


 これは分かりやすい。新しい操作対象が生まれることによってコントロールがブレるのは至極当然のこと。

 でも、その他の瞬間は――。


 俺はちょっと意地悪な実験をしてみることにしよう。


「ところで焔木さんは温度操作は出来ないんだっけ?」


 ぐらっと目に見えて炎が揺らぐ。


「うっ……なによ、〝ステージ0〟のくせにあたしの能力にケチつけるわけ?」


「純粋に質問だよ。現時点では元素系の中でも炎と水を操る系統の人達だけが温度操作に関与可能だと言われている。炎と水の仮想構造が熱気と冷気のイメージと極めて結びつきやすいからだね。中でも水系は、水から氷を生み出せるようになる過程で、冷気を操作する感覚がダイレクトに体感出来てしまう。だから温度操作において、瀧さんが一歩抜きん出ているのは極めて自然なことだと思うよ」


「はぁ!? 勝手にあいつと比べないで! なんなのっ!? あたしがあいつに劣ってるってそう言いたいわけ?」


 焔木さんの激しい言葉と呼応するように、全ての炎が突如強く大きく燃えて膨れ上がる。


「焔木さんは炎を扱う時に何色の炎を想定しているの?」


 スルーして投げられる俺の言葉にも更に苛立ちながら、それでも唐突な質問の意図を汲みきれずに焔木さんはちょっと戸惑っている。


「色……? なにそれ。炎は赤いに決まってるでしょ」


「なるほど。焔木さんが瀧さんと比べて仮に劣っていると感じているんだとしたら、その理由が今よく分かったよ」


 炎がまた震えて高くごうごうと燃え出す。真っ赤で巨大な火柱は圧巻の光景だ。

 が――。


「炎は温度によって色が変化する。温度が上がるにつれて炎は赤から黄色、白、青へと変化していく。だから焔木さんの扱う赤い炎は全て炎の中では最も低温だ。そしてその赤い炎をいくら強く高く燃やそうと仮想したところで、温度は絶対に上昇しないし、そこから発展的に温度操作が出来るようになんてならない。焔木さんの認識が一定範囲内の知識で固定されたままだからこそ、焔木さんは焔木さんの仮想構造の理論通りに温度を操作しないままずっと同じ温度の赤い炎を生み出し続ける。そういう意味では、焔木さんは完璧に自分の仮想する炎を操作しているってことだね。どんなに感情が揺らいで炎の大きさが変化しても、決して炎の色――つまり温度だけは、決して変わらないんだから」


 焔木さんは苛立ちの表情に戸惑いを上塗りして絶句した。

 そして言葉をさがしあぐねていたけれど、ようやくこわごわと呟く。


「青……い、炎……。それが、一番高温で熱い……。温度操作には、それをイメージすればいいっていうこと?」


「ちなみに花火ってあるだろ。あれはどの金属が燃えるかで色が変化するんだ。だから逆に言えば、色をイメージして仮想構造に結びつけることが出来るなら、物質中の特定の金属だけを指定して燃やすことだって将来的には可能になるかもしれない。それは焔木さんの力量によるし、かなり発展的な技術にはなってくるけど。でも、そう考えれば青い炎をイメージして燃やすっていうのはそう難しくないことのように思えない? 今まで通りの赤い炎を灯して、そこから高温の青い炎へ昇華させていく過程を想像するんだ。扱うものは今までと同じ炎。そこから練習しよう」


「でも……想像したけど、青が高温っていうのが自分の中で上手く仮想処理出来ない」


「焔木さんの仮想構造がどう組まれているのかは俺にはすぐには見えてこないけど、助言なら出来る。焔木さんは感情の高揚で炎の規模が揺らぐ傾向がある。動揺すると細く、激昂すると大きく高く……だから感情の起伏は恐らく温度のトリガーじゃない。そして一般的に能力の操作には論理的思考と正確な処理能力が求められる。つまり冷静に物事を考えたり判断することが必要ってこと。これは基本的にどの顕現体を操作する時にも言われている」


「冷静に……落ち着いて。でも、そうすると炎は安定したけど、勢いがなくなるだけよ」


 焔木さんの周囲の炎が大人しく一律の大きさで赤く燃えている。


「温度操作はここから。でも、これもただの助言であくまでも一般的なイメージのうちの一つだから、気軽に聞いて。青い炎は酸素の供給量が十分で、安定した状態の完全燃焼の炎のことを指す。一方、赤い炎っていうのは、比べて酸素の供給量が足りない不完全燃焼の炎のこと。焔木さんにとって、酸素にあたるものは一体なんだろう? 仮想構造の中で炎をイメージする時、なにを思い浮かべる?」


「あたしは……。なにかを考えるまでもなく、炎を使えるから炎が出せるっていうだけで、深く考えたことなんてない……。でも……、能力が発現してからは嬉しくて、誰よりも絶対すごい能力者になるんだって競争するのが楽しかった。だって誰もあたしよりすごい奴がいなかったんだもん。楽勝で勝てちゃうから、どんどん勝ちたくなった。すっごいあたしを見なさいよって感じで」


「焔木さん程の上位能力者はそうそういないからね。挫折知らずだったことは容易に想像出来るよ。でも一転、この高校に入学して、選りすぐりのライバル達に揉まれることになった。ここでは国宝級の才能が当たり前みたいにゴロゴロいて、日々能力を競わされる。そこで――瀧さんに出会うわけだ。領域は違うけれど、この学年では最も能力が拮抗し、温度操作の観点からもよく合わせて語られることの多い火と水の関係性。そしてそんな彼女に現時点で一歩遅れをとっている。焔木さんはその時、どう感じた?」


「悔しいわよ……。でも、あたしは火であいつは水だから。それにあたしの方が規模値は高い。だから無理にそれを比較しなくていいって、思って……」


「本当にそれでいいの? 結局それは温度操作という領域では自分はもう勝てないと判断して、勝てない相手との勝負からは降りようってことじゃないのか? でも負けたんだと認めたくはないから、論点をすり替えて自分を誤魔化してる。焔木さんは努力しないで勝てることしかしたくない。今までもそれだけしかやってこなかった。だからきっと足りないんだ」


「……勝手に好き放題言わせておけば、なによ!? えらっそうに……!! 足りないって、このあたしになにが足りないって言いたいわけ!?」


「酸素だよ。青い炎を灯すための酸素。多分、それは今この人生で初めての敗北と挫折に向き合うことなんだ。勝ち確定の簡単な勝負をこなすだけじゃない。負けてもなお、悔しくてしんどくて泥臭い思いに火を灯して、もっともっと先へ上り詰めたいっていう理想へ邁進すること。それには忍耐力もいる。プライドが傷つくこともある。思うように進めなくて焦る気持ちもある。でも耐えて耐えて地道に鍛錬して、ようやく少し前進出来た時、きっと今まで見れなかった景色がそこには広がってる。それが、青い炎の正体かもしれない。これはでも、俺の一解釈であり一アドバイスだ。でも君ら〝ステージ4〟と並んでこの〝新・高度養成特区高等学校〟の教室で学ぶ権利を持つ研究室ラボ枠の人間の解釈だということは、くれぐれも念頭に入れておいて」


「なっ、なによ……。ムカつく……。あたしだって、こんなところで負けるわけない。あたしは最強で天才なんだから……。あたしは……」


 焔木さんは目を閉じて、ふうと深く深呼吸をする。

 小さな赤い炎は均一の大きさ・高さで宙に固定されたまま静かに燃えている。

 しばらくその姿勢のまま、三十秒程経過する。


 と――宙に浮いた炎の色彩が一瞬変化する。


 暖かな赤とオレンジ色の配色から、外炎に一瞬青い色彩が混ざり、ふっと大気に消える。


 それから徐々に、炎が青を帯びていく。


 焔木さんがそっと静かに瞳を開いた。


 そして目の前で僅かに青みをちらつかせて燃える小さな炎の一つを指して、声を弾ませる。


「……見て!! やったわ! 青い炎……!!」


 と、叫んだ途端。ふっと青は赤の中に溶けて消えてしまう。


 それでも、焔木さんは興奮したように頬を上気させている。


「まだ……掴みきれてないけどっ……。でも、ほんの少しだけ分かったような気がするわ……! あたしは、出来る……! まだ一瞬だけど、絶対絶対……」


 そう夢中で手応えを語る焔木さんの瞳は少し濡れてキラキラと輝いているように見えた。


 それから俺は出る幕もなく、焔木さんの自主練をいよいよ見ているだけ状態となった。


 でもま、わりといい仕事をしたのでは?


 俺のことなんてもう視界に入ってない感じで一生懸命トライアンドエラーを繰り返す焔木さんをぼうっと眺めていると、耳元でハーが優しく囁いて、ついでに俺の頭をなでなでしてくれる。


『久道くん……すごいです。〝あなたの頭脳〟がなにをするまでもなく、久道くんは久道くんの言葉で語り、行動し、彼女を導きました。素晴らしい着眼点。比類なきコーチング能力。ここまで的確な〝最適解〟を提示出来るだなんて、久道くんはやはり天才です最強です惚れ惚れです』


「いや……でも、炎の色とか俺でも知ってる話だったし、ぶっちゃけこれでドヤるのもちょい恥ずかしいっていうか、そこまで褒められても照れるっていうか……。俺の知識はとにかくハーの受け売りだし、なんでも答えを教えて貰っちゃってる俺の口から泥臭く努力しろだとか言っちゃうのも、ちょっとなーって感じで、その……」


『でもとにかく、久道くんの言葉と行動で彼女は一歩踏み出せました。素晴らしいことです。誇らしいのです』


 なでなでなでなで。

 ううううなんか小っ恥ずかしいけどデレデレしちゃううへええええ。


「でもさ……。その、俺もなんていうか。今は日常的に賢い人達に囲まれて研究施設に通ったりしてるじゃん? それで、そういうエリートな人達と間近に触れ合う中で、彼ら彼女らってマジで努力家で真剣に勉学に向き合ってるんだっていうナマの姿を見せられてしみじみ思ったんだよ。あぁそういう泥臭い思いとか積み重ねがあの人達を作ってるんだなって。だから、一層賢さに憧れも募るわけだけど、同時にあの賢さはただの偶然与えられた才能なんかじゃなくて、それを磨き続ける努力でもあるんだよなって改めて思わされて。それで……つい、あんな臭い説教みたいな台詞が出ちゃったっていうか。あぁっ、もう……俺は俺がなんだか恥ずかしいっ!!」


『久道くんは素直で可愛いいい子です。他の人の頑張る姿を純粋に尊敬出来て応援出来る素敵な男の子です。よしよしなでなで』


「うううっ、ハー。ちょい恥ずかしいやめて」


『やめません。これがこの状況で取るべき〝最適解〟な行動です。断じてやめません』


 という感じで、一時間目の授業からハーのなでなでを受けられる最高の一日が始まりましたとさ。

 ちなみに焔木さんが実習において目覚ましい進歩を見せたことで、俺達二人の〝基礎開発〟スコアは上々だった。


 焔木さんはあれからモブみたいな俺にも、ちょっと面倒臭そうに不機嫌な感じで、極めてぞんざいにだけど、なんか挨拶とかしてくれるようになった。


 相変わらず、瀧さんとはうるせー口喧嘩(と、たまに物が吹っ飛んでくる物理的な喧嘩も)しているけども。


 どうやらその喧嘩の口ぶり曰く、焔木さんは少しずつではあるが温度操作の領域へも足を踏み入れているらしい。

 そう豪語する焔木さんは誇らしげで、いよいよ自信に満ちている。


 これからより一層、あの二人のライバル関係は深まりそうだなぁ。


 まぁ……俺にはまるで関係のない話だけど。


 俺は今日も静かに平穏な異世界ライフを楽しめれば、それでオッケーなのだ。


 くれぐれも邪魔しないで、よろしくお願いします。

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