植物人間

高黄森哉

狂人には狂人の理論がある

 ある男、駅前にあり。その男、人に問う。お前、植物かと。当然、人、答える、私、植物ではない、と。ならば、眠れや、男、トンカチ、振り落とす。これ、白昼の事件なり。警察の尋問、開始。これ、1:00なり。


「なぜ、君はあの人を殴ったんだい。特別、恨みがあったわけじゃないんだろう」

「そう、俺、あの人を殴った。理由はあいつ、人でなしだったから」

「なぜか」

「俺、あいつに植物かどうか問うた。あいつ、違うといった」

「それがなぜ人でなしなのか」

「まず、説明から入る必要がある。俺、人権団体してる。全ての人間、人権享受する必要がある」

「それは素晴らしい、考えに違いはないが、しかし、実際の行動と乖離しているあたり、褒められたものではない」

「俺、昔、動物だった」

「今もそうだ」

「いま、俺、動物じゃない」


 青年、動物のような眼孔をギラギラ光らせる。警察、肘を机につけ、指を互い違いに組み、顔の前に置く。警察官は、興味がある様子だ。青年は訥々と語りだした。


「ふむ。それはおかしなはなしだ。まさか、君、君は植物だと言いたいんじゃないだろうな」

「そうだ、俺、植物」

「いつからだ」

「事故が、あった。トラックとの事故。深刻だった。俺、事故で動けなくなった。それで、奇蹟がおきた。生き返った。それで、みんな優しくしてくれた。医者言った、俺、植物人間だった、と。俺、動物から離れた、そして、植物になった。そして、人権を手に入れた」


 青年は親からも捨てられ、社会からも捨てられた身。初めて幸せに触れたのは、事故後の病室でだった。


「違う、それは言葉上、そう表現してるだけあって、けっして植物だったわけじゃない」

「医者、俺に話してくれた。思想、知識、哲学。優しかった。彼、話した。人間は考える葦だ、と」

「いいか、たとえ、という概念があってだな」

「人間は、考える葦、ならば、人間は葦。つまり、人間は植物」


 警官は絶句する。これは、裁判が面倒なことになるぞ、と思った。


「いいか、それは、例えなんだ」

「全ての人間、人権がない。不当に扱われている。何故なら、彼等、植物じゃないから。植物じゃない、葦じゃない、人間じゃない、全ての植物じゃない生物には、人権がない」


 溜息をつく。警官もあきれた様子で、深く溜息をついた。もう、どうにでもなれ、そう思った。警官は、青年を逃がすことに決める。それは、彼のある計画のためだったのだ。そうだ、彼もまた、奇怪な思想の持ち主だったわけである。


「いいか、この世の中にはヴィーガンというものが存在する」

「ふむ」

「ヴィーガンは野菜をたくさん食べる」

「ふむ」

「野菜は植物である。葦は植物である、野菜は葦である」

「ふむ」

「日本では人を食べることを禁止されている。無免許の医療行為や、死体の損壊に当たるからだ。ヴィーガンは人を食べる。彼等は犯罪者である。犯罪者は、………… ?」

「犯罪者には人権がない。ヴィーガンは人を食べる。ヴィーガンには、人権がない」


 青年を見送る警察官。青年は植物人間を増やす歩みを始めた。これでよかったのだ。彼は大いに満足した。そして、警察官は警察に捕まる。警察官の尋問が、今、始まった。


「なんてことしてくれたんだね。君は悪い人だ」

「………… こういう言葉があるのですが。人間は悪しである。言い換えれば悪しき人は人間である。しかし、善人は悪くない。なら善人は、………… ?」

「何をいっとるんだね君。君は人でなしだ。まったく、これは裁判が面倒になりそうだぞ」


 警察はため息をつく。そして、警察もまた、深く溜息をついた。

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植物人間 高黄森哉 @kamikawa2001

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