ルート分岐(?)幼少編
◇
室内にも関わらず、冬の空気に包まれた午後十時。今日は学校でケーキコンテストへ向けての対策講座や、夕方からはアイス屋のバイトがあったため、俺は普段よりも疲弊していた。少し早いがもう寝ようかと布団を被り直すと、控えめなノックの音で起こされる。
「ゆきくん、あーそーぼ♡」
「灯花。一緒に寝る?」
起き上がって返事をすると、にこにことした彼女が枕を抱えて入ってきた。もはやお馴染みとなったこの光景だが、頬を擦り寄せて腕の中におさまる彼女というのは、何度見てもいいものだ。
冬は特にあったかいし、風呂あがり特有の甘くてほかほかな匂いといい……ああ〜あったけぇぇ……柔らけぇ〜。もう最高……
しかし、「あそぼ♡」という言葉に反して一向にいたす気配のない灯花に、俺は尋ねた。
「あそば……シないの?」
「ゆきくんがしたいなら全然するけど、今日はお疲れでしょ? また今度にしよ。今日はね、寒いから一緒にぬくぬくしたかっただけ♡」
なにそれ。可愛すぎか?
しかも、俺の疲労に配慮してくれる優しさまで兼ね備えてるなんて。うああ、マジ天使すぎてうめき声しか出ねぇよぉ……
ぎゅう、と抱きしめると、灯花はくすぐったそうに笑ってから、ぽつりと呟く。
「ふふっ。あーそーぼ、なんて言うの、小学生ぶり」
「たしかに。それっぽかったかも」
「私ね、たまに思うの。ゆきくんと幼馴染だったらよかったなーって。正直、六美さんのこと羨ましく思うこととか、結構あるし……」
「!」
「だって、もし幼馴染だったら、小さい頃からゆきくんと一緒にいられて、幼稚園も学校も一緒で。林間学校で『好きな子いる?』って恋バナに『ゆきむらくん♡』って答えたり、修学旅行とかで先生の目を盗んでこっそり夜這いしたりなんて、そんな思い出も作れたのかなーって……」
ちら、と伺う瞳は大きくて、睫毛が長くて。本当にお人形さんみたいに愛らしくて。思わず夢想する。
(
そんな天上からの賜りもののような彼女と幸福を、今一度抱きしめる。だが、いくら彼女が天使でも、俺は欲にまみれた俗な人間なわけで。愛しい彼女を抱きながら、『でもこのたぷんたぷんのおっぱいがなくなるのは寂しいな』などと考えてしまう。
(いや、考えてみろ。もし灯花が小学生の幼馴染だったら、むしろ俺が育てられるのか?この胸を?)
中学にあがってからお互いを意識しだして、示し合わせたかのように同じタイミングで告白して付き合って……とか? そういうのもアリなのか?
なんだそれ。夢のような次元だぞ。
……と。幸福なあたたかさを胸に、俺はうとうと眠りに落ちてしまうのだった。
◇
……だから、なんだろうか。
次に目が覚めたら、俺は夕暮れの教室にいた。
キーンコーンと、どこかブリキを思わせる特有の鐘の音に、見覚えのある桜の木。
(え? あれ?)
そこは、紛うことなく俺の通っていた小学校だった。
意識は鮮明に二十歳の俺だ。高校の時分、悩み抜いた末に最愛の彼女を手に入れた記憶をもっているし、あのとき手放さざるを得なかった坂巻や荻野、むつ姉の想いも未だ色濃く胸に残っている。忘れるわけがない。
だが……
「ちょっと男子ぃ〜! 掃除サボって雑巾で野球するとかイイ度胸なんじゃない〜?」
(聞き覚えのある、このトーン……!)
「坂巻……?」
目の前にいるデニムミニスカートの
問いかけられた坂巻が、「真壁。サボんな」と口元をムッとさせる。
(ああ、間違いない。この拗ねたヘもじの口、坂巻だ……!)
「わ。坂巻、ちっさ……!」
そして可愛い!!
「ちっさ、って……バカにしてんのぉ!?」
激昂するチビギャルに、俺の向かいでキャッチボール、ならぬキャッチ雑巾をしていた銀髪の男子が口を開く。真冬なのに短パンTシャツの、紛うことなき(誇り高き)男子小学生だ……! あの、所々がちょっとダボっとした感じは、お兄ちゃんのお下がりか何かっぽい。
「あはは! 坂巻うっせ〜! ムダに声デカ!」
「はぁあ!? つか、あんたのせいでしょ荻野ぉぉ!」
(え。荻野?)
叱られた荻野は「べ〜っ!」と舌を出すと、俺にちりとりを投げて寄越した。
「あたし、今日は兄貴が迎えに来んの! 真壁、後よろしく〜!」
一人称が『あたし』じゃなかったら、間違いなく男と勘違いしていたと思う。
でも、夕暮れに染まる銀髪を揺らして、他人の声なんて聞かずに駆け出すあの感じ……完全に『荻野』じゃん!!
あ〜、わかった。荻野って多分、『男だと思ってたクラスメイトが成長したら美少女になってた件』をリアルにやっちまう奴だったんだ……
とまぁ。それは置いておいて。
(なんで同じクラスにいんの? つか坂巻も、小学校は違ったよな……?)
なんなんだ、この次元は。
あれか? これは一種のパラレルワールド的な?それとも、俺はまた変な夢でも見てるのか?
「あのぉ、ゆきむらくーん。こないだの宿題……」
じゃあこの、背後から声をかけてくるガチのお人形さんと見まごう美少女は……
「灯花?」
「ふぇぇっ……!?」
「はぁあ!? 真壁あんた、白咲さんを呼び捨てにするとか……えっ、なっ、待って。あんた達ひょっとして付き合って……?」
「そ、そそ、そんなわけないよぉ!?!?」
ちっちゃ灯花に真っ向否定され、地味に傷つく。しかし、灯花は顔を真っ赤に染めて。
「ゆ、ゆきむらくんと私が付き合うなんて、そんな、大人な……はわ。でも、大きくなったら、そうなるといいなぁって……あっ! な、なんでもないの! なんでもないよ、ゆきむらくん!!」
「あ。うん」
その顔、ぜんっぜんなんでもなくない顔だよね?
完全に俺のこと好きじゃん。
でも、身体が小五で心が二十歳の俺は、そんな愛らしい嘘をスッと聞き流してあげるんだ。口の中で頬を噛み、込み上げるによによを必死に抑えながらな。
しかしその瞬間、俺は気がついた。
気がついてしまったんだ。
(あれ? 口の中を噛んだのに、確かに痛いのに。目が覚めない……?)
これは、夢じゃないのか?
試しに頬をぎゅーっとつねると、「ゆきむらくんどーしたの!?」と灯花に心配されるし、坂巻には「あんたバカぁ!?」と絆創膏を貼られるし……
(えっ? あれ? 夢じゃない……?)
疑いだした、そんな折だった。
窓の向こうの、校庭の方から。聞き覚えのある甘く優しい声が響いて――
「ゆっきぃー、迎えにきたよ! 一緒にか〜え〜ろ?」
「!!」
(現役の、JKむつ姉だと……?)
そうだよ。俺が小五ならむつ姉は十六歳。高校一年生だ。
チェックマフラーの下に制服のリボンを揺らした、ミニスカートのJKむつ姉が、俺に向かって手を振っている……! てぇてぇっ……!
しかも、その隣にはどう考えても見覚えのある銀髪のイケメンがいて、記憶よりも若干線が細いが、アレは間違いなく荻野の兄貴だろ……!
だが、校門で不審者と見まごうばかりに全力で手を振るむつ姉に、おどおどと「六美さん、怪しいですよ……!」と手を触れられないでいる様子……
そこはかとなく童貞っぽい兄貴だ……
もう一度ほっぺをつねるが、当然目は覚めない。
なんだこれ? 夢の中に閉じ込められた??
俺のものじゃないとすれば、じゃあこれは、いったい誰の夢なんだ?
ひとまず掃除を済ませてしまい、坂巻とちっちゃ灯花に「またね」と挨拶をする。
遠慮がちに手を振る灯花も、照れ丸出しで「ん。」とかぶっきらぼうに返す坂巻も、どっちも可愛い。そして……
「うふふっ、ゆっきぃちいさーい! 可愛い〜!」
自分より背の高いむつ姉に頭を撫でられるの、何年ぶりだぁっ……!?
(はぁ〜、幸せ。もうこの夢、醒めなくてよくね?)
わけのわからないことだらけだが、もう少しこの状況を楽しもう……と思い直した俺は、とりあえず開口一番問いかけた。
むつ姉と、その隣に並ぶ兄貴に。
「あの、おふたりは付き合ってるんですか?」
「そぉんなわけないよぉ〜!」
にこ! と食い気味に否定するむつ姉に、兄貴は1000ダメージを受けたのだった。
(あとがき)
※最近体調が優れず、更新が滞り気味ですみません。今日から少しずつですが、新しい感じのルートをスタートしました。試したことのないルートのため、感想等お寄せいただけると嬉しいです。
どこまで成長し、誰とくっつくか謎の幼少ルートスタートです!
あと、追加で宣伝です。
最近になってノリで始めたラブコメと、二年前に書いたファンタジー(拙くてすみません汗)をカクヨムコンに出しています。ご興味あれば、覗いてくださると嬉しいです! 是非よろしくお願いします。
ラブコメ↓
『実験体ヒロインとしたっぱ執事の僕』
https://kakuyomu.jp/works/16817330650707147915/episodes/16817330650707357304
ファンタジー↓
『乙女の魔剣と【聖剣奪還部隊】の裏切り者』
https://kakuyomu.jp/works/16817330650059344157/episodes/16817330650059380747
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます