番外編 雑談(デスゲーム)

「これで最後。ふふふっ……! この手であなたを殺す日をどれほど待ち侘びたことか。怖い? 怖いよねぇ? そんな顔も好き。でもねぇ、もしあなたが望むなら、私は『最後のひとり』として、あなたに殺されてもいいの」


 そう言って、少女は少年にナイフを差し出した。


「愛しい人に罪を背負わせ、記憶に色濃く『私』を残す……そのためなら、この命、あなたにあげるわ」


 刃先を素手で掴み、血の滴る柄を少年に握らせようと、徐々に距離を詰めていく。


 その光景を、俺たちは息を潜めて見守っていた。


 当たり前のように、俺の右腕を抱きしめる灯花。

 左側には坂巻と荻野が。

 むつ姉にいたっては俺を太腿の間に挟んで、背後から怖いものでも見るように映画を覗き込んでいた。


 ……暑い。正直暑すぎる。

 四人の女にぎゅうぎゅうに囲まれて観るデスゲーム。ドキドキと鳴る胸の鼓動は混ざり合い、もはや誰のものなのかすらわからない。


 だが、映画もいよいよクライマックスだ。60分も経てばこの暑さと感触にも慣れるというもの。

 固唾を飲んで見守っていると、突如として映像が止まった。

 荻野が、一時停止を押したのだ。


 急な出来事に、皆がびくっ!と肩を跳ねさせ、リモコンを操作した人物を責め立てる。


「ああ〜! 今いいとこだったのにぃ!」


「ごめん。トイレ」


「うぇぇ〜? それはナイっしょ、涼子ちゃん!」


 怖いものが割と苦手なむつ姉に至っては、いまだにびくびくと、背に隠れるようにして俺を抱き抱えている。


「むつ姉、怖かったらもう寝てていいよ? 今日は泊まっていくんだよね?」


 問いかけに、むつ姉はふるふると首を振って。


「せ、せっかく皆で映画見ようって話だったんだもん。ここまできたら最後まで観るよぉ……! りょーちゃん、できるだけ早く帰ってきてねぇ!」


「はぁ〜い♪」


 にや、と薄笑いを浮かべる荻野は、このデスゲームものを借りてきた張本人だ。

 奴め、むつ姉が怖いものを苦手なことを承知の上で借りてきた。びくびくと肩を振るわせるむつ姉を見て、「可愛い〜♡」とか思ってやがるな? 俺も思ったよ。


 でも、荻野は荻野で『アクシデント系』には弱いらしい。急に死体が降ってくる等のびっくりするシーンでは、遠慮がちに握っている小指にぎゅっ、と力を込めたりして。なんだかんだでビビっているようだ。

 それを隠そうとして、頬を染めながらチラ見で「皆には言わないで」と訴えてくるのが可愛い。でも、握ってる指は離さないのな。

 左腕を坂巻に譲ってあげるあたり、いかにも「あたしは別に平気感」を出しているが、俺にはバレバレなところも可愛いぞ。


 映画は、生き残る最後のひとりを決める目玉のシーンを目前にして停止された。

 荻野がトイレのために席を外すなか、灯花がふと問いかける。


「ねぇ。ゆきくんはさ、もしデスゲームに巻き込まれたらどうする?」


 もしも、にしてはハード過ぎる話題だが、俺は割と真面目に考えた。そうして、素直に思った答えを口にする。


「デスゲームに巻き込まれたら、か……俺なら、誰かを殺す前に自殺したいかな」


「「!?」」


「え。だって、人殺しとかイヤじゃんか。だったら死ぬよ。自分で死ぬ」


「はぁぁ!? ありえない! まずは逃げて生き延びることを考えよーよ!」


「それか、誰にも見つけられないところに隠れるとかかな?」


「つかさぁ、全員で協力してゲームマスターを殺せばよくね?」


「あ。おかえり荻野」


 口々に意見交換会が始まり、荻野の『諸悪の根源殺す説』が賛同を得はじめる。


「そーだよね! デスゲームなんて、始めた人が全部悪いんだよ!」


「でも、この映画だと登場人物は全員ワケありじゃん? どうするの? 実は自分が『記憶を失った犯罪者』だったら」


「俺的には、これだけの監禁施設とデスゲーム環境を整えた奴に勝てるビジョンがまずねぇな」


「真壁はなんでそんな逃げ腰なん?」


「平和主義って言ってくれ」


 そんなこんなで、やいのと楽しく雑談していると、荻野はリモコンを手にする。


「お待たせ。さ、続き見るか……あれ、六美さん? 大丈夫? 生きてる?」


 俺を抱きしめたまま、背に顔とおっぱいを押し付けるむつ姉。まさか、怖すぎてフリーズしている……? 泣いちゃった?


「むつ姉〜?」


 振り向きながら問いかけると、むつ姉はぐりぐりと背に顔を押し付けて。


「私なら……ゆっきぃを庇って死にたい、かな……」


 背骨に溶けていくような囁きは、多分、俺にしか聞こえていなかったと思う。


(むつ姉って、案外重い……?)


 だが。なんだろう。この気持ち。


 そんな囁きを聞いて、たまには映画も悪くないな……なぁんて、思ってしまった自分がいた。

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