後日談 第30話 ブライダルフェア
職場の後輩が『男の娘』かもしれない。
でも、俺には確かめる術もない。
荻野の奴はその辺が聡そうなので、聞けばなにかわかるかもしれないが、わざわざ呼びだしてどうこうするものでもないだろう。今度シフトが被ったときにでも聞いてみるか。
だが、そう思ってからなかなか荻野とシフトが被らず、俺はもやもやした心地でアイスを食っていた。
専門学校も終わり、夕陽の差し込むリビングで、ひとり棒アイスを咥えて特に興味のないテレビを流し見る。
坂巻は部屋で課題につきっきりだし、荻野はバイトで灯花も実家。誰も構ってくれないこんな日は、ぶっちゃけ暇だ。
今日はソシャゲのデイリーもログボ回収も終わっちゃったし、かといってやり込む気にもなれなくて、こうしてみると己が無趣味さにだんだん虚しさがこみ上げて――
「真壁、暇そ~じゃん?」
「あ。坂巻」
ソファの背後から声をかけられ、振り向く。
胸元ガバガバのだるっとした部屋着にヘアバンド姿は、ギャル度120%でいかにも坂巻っぽいが、夕方の今にこのスタイルということは、『ほぼ半日缶詰だった』ということだ。
「課題の進捗、良くないの?」
「いーや。課題はとっくに終わったし。あたしは今、コンテストの作品練ってるんだよ。真壁も出すんでしょう? 春のスイーツコンペ」
「出すよ。一応デザインは練ってあるし、あとは今度学校で小さなやつを試作して、材料の質感に合わせて所々弄ってって感じかな」
「はぁ~、早っ。あたしなんて、デザインですらまだ絞れてないっていうのにさぁ……」
そう言って、ため息を吐いているのに驚きだ。
だって坂巻は、俺よりも一か月近く前からコンテストにとりかかっているように見えたから。
いくらこのコンテストで成功すれば有名パティスリーで修行する機会が得られるからって、そういうチャンスがあるのはなにも今回に限った話ではない。
ここまでこだわるのには、何か理由があるのだろうか?
「坂巻、気合入ってんな。ひょっとして、今回審査に参加するパティスリーのファンなの?」
なんとなしにそう聞いただけなのだが。
なぜか坂巻はかぁっと顔を赤くして――
「ま……真壁には関係ないじゃんっ!?」
「え。ごめん。」
……なんでそんな怒ってんの?
よくわからないが、坂巻的には今回のコンテスト、なにがなんでも負けられないという気持ちだけは伝わってくる。
「今回のテーマ、『感謝』だっけ? 母の日とか、バレンタインとかホワイトデーとか、参考になりそうなイベントも既存のケーキも沢山あるし、俺も何か手伝えることあったら協力するよ」
そこでなぜか、『むむむ……』と頬を膨らませる坂巻。
今までは、課題やら何やら散々協力しあってきたのに、なんだか調子が狂うなぁ。
だが、坂巻は迷った挙句に、一言だけ呟いた。
「……じゃあ、付き合ってよ」
◇
そうして後日連れて来られたのは、真っ白な花で彩られた、カップルだらけの会場
――ブライダルフェアだった。
六月のジューンブライドを見越して、百貨店の催事場をまるっとワンフロア貸し切っての大型フェア。
見渡す限りのドレスや指輪やらの展示に、国内外の式場写真で埋め着くされたその空間は、目に見えないハートが飛び交い、腕組みで散策するカップルで賑わっていた。
俺は、若干どころではない気まずさを訴えるように、坂巻をガン見する。
「……ひょっとしてウェディングケーキ? コンテストに出すやつ」
「そ。『感謝』がテーマなんだから、ウェディングケーキも全然アリでしょう?」
ぷいっ、と。どこか不貞腐れたようにベージュの毛先を弄る坂巻だが。
あの、一言いいか?
「こういうとこは、彼氏と来いよ……」
「はぁあ!? 彼氏いないあたしにソレ言う!? よりにもよって、あんたが言うかぁ!?」
「だってさぁ……」
男女でブライダルフェア来るとか、どっからどう見ても、俺ら『結婚秒読みカップル』じゃん。
言わんとしていることは伝わっているのだろう。坂巻は先程からミニスカの膝をそわそわと、どこか落ち着かない様子だった。
当たり前だ。こんなん、俺だって落ち着かねーよぉ。
思わず、責めるように坂巻にジト目を向ける。
「せめて友達と来るとかさぁ」
「女二人でブライダルフェアとか、どんなディストピア? むしろ冷やかしに思われるでしょ」
「いや、最近は女同士でもアリな風潮……っていうか、そうでなくとも『男装荻野』とか、他に選択肢あったんじゃ?」
「『男装りょーこちゃん』……盲点だったわ」
だが、来てしまったものはしょうがない。
俺たちは腹をくくって、ケーキに関する資料だけでもゲットしようと会場を見て回ることにした。
ただの冷やかしと思われてもイベントを運営している人たちに失礼なので、あくまで恋人同士で来ている、という体でカモフラージュをしながら。
「えっと……手とか、繋いだ方がそれっぽいのか?」
そっと手を差し出すと、坂巻は一瞬目を見開き、遠慮がちに握り返す。
そのウブさがかえって怪しまれたりしないかと心配になったものだが、『夢』と『幸せ』に溢れた会場で、そんなことを気にする者は誰一人としていなかった。
「真壁もさぁ、下見しといて損はないでしょう?」
そう言われ、ほのめかされた未来図に不覚にも赤面してしまう。
だってその一言で、それまでは「わぁ、綺麗だなぁ」で終わっていたウェディングドレスの見本に、灯花が袖を通している姿が浮かぶようになってしまったのだから。
(……あ。あれ、似合いそうだな……)
白百合の咲くようなドレスに思わず足を止めていると、坂巻はにやにやと俺の袖を引っ張った。
「マスク、付けてきてよかったね♪」
「うっ。そんなに顔に出てた?」
「デレまくりだったし。これ以上ないってくらい」
「わ。恥ず……」
視線を逸らし、マスクを深くかぶり直すと、坂巻は冷やかすように「にしし♪」と笑う。
そんな坂巻だって、会場を見て回っている最中は、少女みたいに瞳をきらきらさせていて、カモフラージュの為に繋いだ手を興奮気味に握りしめていたっていうのにさ。
会場を一巡する頃、手にしたバッグはまさに『夢』をそのまま描いたような資料がたくさん詰まっていて、『幸福』や『祝福』といった空気をその身で体験したことで、インスピレーションも沸いたらしい。そろそろおいとましようかと出口に向かって歩いていると、スーツ姿のスタッフに声をかけられた。
「あのぉ、そこのお客様……!」
「「??」」
不思議に思って振り向くと、スタッフさんはにこにこと、一枚の名刺を差し出してくる。
「
「撮影……?」
「そのぉ、それが……おふたりとも、とても絵になるといいますか。お似合いなご様子でしたので、つい声をかけてしまってすみません。実は、今回ブライダルフェアに足をお運びいただいたお客様に、お試しでブライダルフォトの撮影を行うサービスを無料で行っておりまして。好きな衣装をご試着いただいて、お写真をプレゼントさせていただいているのです。それで、もしよろしければ私どもの雑誌に……」
あ~。なるほど。
要は街角モデル的なアレコレのウェディング版ね。
坂巻と、アイコンタクトでそう理解した俺だったが。
「いや、写真はちょっと……」
と。断りかけた矢先、坂巻が食い気味に返事した。
「やります!!」
(……え?)
きらきらと、どこか輝く瞳に、全力で問いかけたい。
マ ジ か 。
◆※次回、ブライダルフェア②に続きます!
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ご興味ある方は是非とも感想や★、レビュー等よろしくお願いいたします!
↓
『俺と親友のTSについて本気出して考えてみた』
https://kakuyomu.jp/works/16817330654164150907/episodes/16817330654166051949
※蛇足
各話の内容を把握しやすくするため、今作『アイス屋くそモテ』にサブタイトルをつけていくことにしました。気の向いたときにタイトルが増えていくかもしれません。よろしくお願い致します。
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