後日談 第31話 ブライダルフェア後編
コンテスト用ケーキのイメージを得るために出かけたブライダルフェアにて、俺と坂巻はブライダルモデルを頼まれてしまった。
要は読者モデルのブライダル雑誌版で、好きなウェディングドレスやらを試着して写真を撮ればいいとのことだが……
一応、言っておく。
坂巻は、将来を約束した彼女じゃないんだが?
「ブライダルモデル、やります!!」
きらきらとどこか輝く瞳に、全力で問いかけたい。
「マジかよ、坂巻……」
いくら会場に水をささない為に恋人のフリをしてるって言ってもさぁ……
「いいじゃん!! 灯花ちゃんのいる真壁と違って、あたしなんてウェディングドレス着るチャンスなんてこれを逃したら最後かもしれないんだし!!」
「いや。ンなわけないだろ。ここ数年彼氏いない歴がちょっと長いからって、坂巻に一生彼氏ができないわけないだろ。顔もスタイルもいいんだし、放っときゃそのうちできる――」
「は!?!?」
「いや、だから。坂巻は可愛いんだから、チャンスなんてそのうち来るだろって話」
「い、意味わかんない。そーやって『可愛い』とか簡単に言ってくるの、ほんとなんなの……? てゆーか、実は彼氏なんていたことないし……」(ボソッ
もにょりと頬を染めて呟く坂巻が、なんて言ったのかがわからない。
だが、聞き取ろうとして顔を近づけると、坂巻はぐわっと顔をあげた。
息がかかりそうな距離で、顔を真っ赤にして。
「このまま一生独身だったら、あ、あんたのせいだからねっ!?!?」
「は!? 濡れ衣!!」
「いいから! お願いだから一緒に写真撮ってよぉ!! ブライダルフォト、憧れてたの!!」
「あはは。彼女さんの方は乗り気みたいですね~♪」
編集者さんの呑気な声に強引に背中を押される。
それに、ブライダルフェアに男女で来ている時点でソレを否定する方が難しいというのもあった。
俺は仕方なく首を縦に振り、ドレスの陳列ブースに引っ込んでいった坂巻を見送った。その背がどこかるんるんと浮足立っていたのは、気のせいではないのだろう。
そも結婚式なんて、主役は花嫁さんなんだ。
新郎役である俺に用意されていたのは、落ち着いたグレーか白のタキシードの二択だった。無難に白を選択し、更衣ブースから出て坂巻を待っていると、数分の後に女子更衣室の方から歓声があがった。
「わぁあ! とっても綺麗ですよ、坂巻さん!!」
メイクとヘアセットもできるという万能編集者さんに褒められ、坂巻が俯きがちに頬を染める。
真っ白な花々に囲まれた撮影ブースでは、カメラマンさんをはじめとしたスタッフさんらが感嘆の息を吐き、俺も思わずぽかんと口を開けてしまった。
「なによ、その顔」
「いや……」
幾重にも花弁の重なる、艶やかな白い花で彩られたドレス。
一見すると重たく感じられる華美な飾りも、元来派手めな坂巻の容貌を前にするとかすんでしまって、むしろ物足りないくらいに思える。
白磁のような光沢を放つうなじと鎖骨。
そして、それらが色っぽくなりすぎないようにあつらえられたウェディングドレスは圧巻で、誰もが息を飲む美しさだった。
そう。それくらい、坂巻は……
「……綺麗、だな」
「!!」
反射的に呟くと、坂巻は手にしていた芍薬のブーケで顔を隠した。
「……ばか」
「せっかく褒めたのに」
「…………真壁も。その、えっと……似合ってんじゃない?」
その照れ顔がいつもの坂巻すぎて、俺は思わず吹き出した。
それがおかしかったのか、坂巻もつられて口元を緩める。
顔を見合わせてもう一度笑うと、ふたりとも撮影前の緊張などどこかに吹き飛んでしまって、その日最高の一枚が撮れたと言っても過言ではないだろう。
「では最後に、誓いのキスの撮影をお願いしまーす」
「「!?!?」」
(は!? キスって――!)
そんなの聞いてない。
目の前でブーケを持つ坂巻も、知らされていなかったようだ。
だが、悲しいかな。ここは天下のブライダルフェア。ここに来る男女は、まぁキスくらい普通にできて当たり前なわけで。きょとんと首を傾げるカメラマンさんの反応は概ね正しい。
「あれ? お嫌でしたか? ――あ、人前でするのが恥ずかしいということでしたら、フリだけでも大丈夫ですので!」
にこっ! とした期待の眼差しに、俺たちは逃げ場を失った。
カメラを構える者、ライトを当てる者、ドレスの裾を直し、ヘアセットの微調整をする者……スタッフさんらは、およそ雑誌の目玉となるであろう俺たちのアクションを、今か今かと待っている。
「えーと……いいの?」
ちら、と視線で問いかけると、坂巻はブーケで顔を隠したまま頷いた。
……くそ。かわいい。
頭の中では「フリだけだ」とわかっているのに、思わず口をつけたくなってしまう。
「では、新郎さんは新婦さんの肩にそっと手を当てて、互い違いに首を傾ける感じでお願いしまーす!」
(うう……。その、「いつも通りでいいですよ~!」みたいな顔やめてくれ!)
いつもしてないからね!?
坂巻も! 目ぇ瞑って全部俺に任せちゃうのやめてくれない!?
唇が小刻みに震えてんの見ると、俺まで緊張しちゃうじゃん! いまでも内心じゃあ変な汗だくだくなのに。
てか坂巻、やっぱ睫毛長いし可愛いなぁ……
「――あ。」
吸い込まれるように見惚れていると、足元を三歳くらいの子どもが通る。
「わぁ~花嫁さん綺麗~!」なんていう無邪気な笑みに遅れて、「ウチの子がすみません!」と母親が視界の端に駆けてきて……
ちびっこがぶつかった拍子に、俺は思わず口をつけてしまった。
「むぐ!」という二人分の鈍い声が、柔らかな唇に吸い込まれ、口の端から坂巻の息がもれる。
「えっと、その……ごめん! つい……!」
慌てて身体を離すも、その感触はばっちり残ってしまっていて、坂巻と目を合わせられなくなる。
だってその唇は、間違いなく坂巻のものだったから。
少し薄い荻野のものとも違う。
滑らかで柔らかい灯花のものとも違う。
坂巻の唇は、どこかむちっとしていて、何度も合わせたくなるような唇だった。
赤面してしどろもどろになる俺に対し、坂巻は思いのほか冷静で、俺とちびっこの
ただ、一言。ついてしまった唇をおさえて。
「……いい思い出になったね」
と。呟いた。
ちなみに、これはスタッフさんに後から聞いた話なんだけど。
あの白い芍薬のブーケとウエディングドレスは、坂巻が自分で選んだのだそうだ。
花言葉は、『幸せな結婚』なんだって。
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