追想if 銀髪の親友がクラスメイトならよかったのにな

(※主人公が高校生時、ifルートのお話です)



 中学生の頃、まだ加賀美さんに出会うよりも前に、漠然と思い描いていたものがある。


 『もし俺に彼女ができるなら、それはどんな子なのかなぁ?』


 叶うなら、それはむつ姉みたいに優しくてあったかくて可愛い、黒髪の美人がいいなぁ……なんて。


 でも、高校2年になった今、俺の隣にいるのは……


「おい、真壁~。そのアイス、一口ちょーだいよ」


「ヤだよ。これは俺が早番あがりに社割で買ったジャノカアーモンドファッジだ。シフトも入ってないのに冷やかしで来た荻野にやるもんじゃない。このアイスは、俺を労う為のもので――」


「うるせー。隙あり!」


 パク! とコーンの上に僅かばかり残ったアイスを丸呑みにし、銀髪のバンギャがしたり顔で笑う。

 アイス屋付近にある休憩スペースの一画で、荻野は歓喜の声をあげた。


「うんま~! やっぱりジャノカアーモンドファッジはサイコーだわ!! このナッツのざくざく感がたまらな~い!!」


「あ。あああ……俺の最後の一口が……」


 きっ! と睨むもどこ吹く風。悪魔のように横暴で、薫風のように自由なこいつが、今の俺の彼女だ。


 もしもタイムマシンがあるなら、中学の俺に言ってやりたいよ。


 お前の彼女、黒髪どころか銀髪で、ピアスごりごりのバンギャだぞ、って。


 理想の彼女=むつ姉が脳裏から消えない俺にしてみれば、『ありえない!』と頭を抱えそうなものだが、これがありえてしまうのだから事実は小説よりも奇なり。


 こんな、ご褒美アイスの横取りなんて横暴を働かれても、「ああ、どこまでも美味そうに食いやがる……」と頬が緩んでしまうのだから、俺も大概だ。


 だって俺は、本当は荻野が冷やかしなどではなく、俺に会いたくてなんとなく足がバイト先に向いてしまったのだと、これまたなんとなく気づいているから、どうしたって怒りきれない。


「ねぇ、このあとどーする?」


 どこか唇を艶めかせて、らしくもない上目遣い。


「あー……ああ~、どーするかな……?」


 その目、多分だけど……シたい、のかな?


 知らぬ間に這い寄った指先を甘えるように絡ませて、ああもう。ほんと、こういう誘い方は妙に上手いんだよなぁ……


「……ウチ、来る?」


 『よっしゃ!』と小さくガッツポーズする様子に、思わずはにかむ。


「つか、もう何回も来てるじゃん。今更許可取らなくてもいーよ。なんなら今度、合い鍵でも……」


 その言葉に、荻野はぴょこん!と脳天の銀髪を跳ねさせた。


「合い鍵……い、いいの!?」


「いいよ。だって、付き合ってそろそろ一年になるし……」


「だって、だよ!?!?」


「えっ。合い鍵って……そんな驚くようなもん、かな? だって週3以上のペースで荻野ウチ来るしさ、今日みたいにシフト被ってないと、いちいち待ち合わせるのも面倒じゃんか」


 元よりウチは両親がほぼ家に帰って来ない。だからこそ合い鍵を渡したって何の問題もないわけだけど……あれ? コレってフツーはダメな感じなの?


 荻野の動揺っぷりに、あとになってキョドりだす。

 すると荻野は、極短のスカートからのぞく膝をもじょりと擦り合わせて。


「あ、あたし……合い鍵もらっても、『先にご飯作って待ってるね!』とかできないよ……?」


「え?」


「洗濯物畳むとか、掃除とか……正直苦手だし……」


「いや。誰も荻野にそんなこと期待してないし。掃除はルンバがするし」


「じゃ、じゃあっ、どうしてこんな大事な、合い鍵なんか……! あ、あたしにくれるの……?」


 元より家事全般、女子力の高い事項が苦手な荻野は、何か色々と勘違いをして勝手に自信を無くしているらしい。

 所在なさげに戸惑う蒼い瞳がどこか潤んでいるように見えて、いたたまれなくて。

 でも、普段ハチャメチャに強気なくせに、こういう『女子力』とかよくわからない場面でやたら弱気になる荻野が、だんだん可愛く思えてきて……


 いや。荻野は――俺の彼女は、元から可愛いよ。


 正面きってそう言えるほど、俺はまだ男前ではないけれど。

 もじょつく荻野の手を取って、俺は合い鍵を作るべくホームセンターを目指す。


 初夏の気配薫る風に、少し長い前髪を揺らして、照れを隠しながら。


「『どうして』って……俺ももっと、一緒にいたいしさ。……好きだからに決まってんじゃん」


「!!」


 ぶわわ、と大きく見開かれた蒼い瞳は、どんな宝石よりも綺麗だったと思う。

 それこそ、毎日見たいと思うほどに。


「あーあ。荻野がクラスメイトならよかったのになぁ。そうすれば、毎日学校で会えるのに」


 思わずそう呟くと、荻野はきゅっと手を握り返し――


「……だったら毎日、会いに行く。――その、合い鍵で」


「!」


 もしもこの世にタイムマシンがあるのなら。中学の俺に言ってやりたい。


 『お前おれの彼女、くそ可愛いぞ』って。


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