後日談 第32話 ブライダルフェア荻野編

前回までのあらすじ。


 ケーキコンテストの参考資料を求めてブライダルフェアに参加した俺と坂巻は、雑誌の編集さんに声をかけられてブライダルフォトなるものを撮ることになった。

 しかし、「は~い。じゃあ誓いのキスをおねがいしま~す」の一言+子ども乱入の事故により本当にキスしてしまい、「いい思い出になったね……」と赤面顔の坂巻に言われた次第でありまして……


 もじもじと、『幸せな結婚』を意味する芍薬のブーケを後ろ手に持って、坂巻は俯いた。

 耳まで真っ赤だ。もうわかる。今の一言は、坂巻的には相当思い切った発言だったんだろうなって。


 俺も、照れ臭いやらなんやら、でもどこか晴れた心地で笑みを浮かべた。


「そうだな」


「……!」


 その一言に、坂巻はぶわっと目を見開いて顔をあげた。

 大きくて潤んだ瞳が歓喜に染まって、むちゃくちゃ可愛くて……


 あーあ、もったいない。

 俺が本当の新郎だったら、ここらでもう一回くらいキスできるのに。


 じーっと見つめ合う俺たちは、周囲の人が思わず見守るくらいにいい雰囲気で――


「はいはい、は~い! その結婚、ちょっと待ったぁ!!!!」


 そのムードを、荻野によってぶち壊された。


 会場にずかずかと入り込んできたのは、純白のタキシードに身を包んだ男装の麗人――ならぬ、泥棒猫荻野。


 どうやら、坂巻が「今ね、真壁とブライダルフェア来てんの(どうしよう~!)」的なことを連絡していたらしい。


 丁度職場でブライダルコスプレをするからと、荻野も近くの店で試着をしていたらしく。


「居ても立っても居られなくって、来てしまいました~! はいはい、ちょっと待ちなよぉ。花嫁ちゃんの唇は、この(男装)荻野がもらっていきますからねぇ~。タラシの真壁くんにはあげませんからねぇ~」


 その言葉に、ふたりして思わず赤面する。


「……あれ? ひょっとして、もう……しちゃったの? キス」


「「…………」」


「おいおいおいおい、真壁く~ん??」


「待て、誤解だ! あれは事故で――! つかそもそも、なんで荻野が坂巻を搔っ攫う的な感じになってんの!?」


 急に来すぎだろ。意味わからん。


「い~じゃん、一回やってみたかったんだよ。花嫁泥棒。『その結婚、ちょっと待ったぁ!』ってやつね~」


 ふんふん♪ と鼻息まじりに坂巻の肩を抱き寄せ、「わ。香水いいにお~い!」と首筋に顔を近づけてイチャつきだす百合。


「これ何? 芍薬?」


「うん。香水も、ブーケとお揃いにしようかなって……」


「綾乃ちゃん、マジでセンスあるぅ~!」


 これには会場もぽか~ん……と思いきや、編集さんだけは「これもアリね……!」とか意味深なことを呟いていた。


「もぉ〜、綾乃ちゃん。あたしと結婚しようよぉ。絶対幸せにしてあげる。すんのは真壁だけど」


「俺!?」


「もういい加減認めなよ~。海外行ってハーレムしようよぉ~。アイスにもケーキにも国境はないでしょう? それって逆に考えればさ、あたしら日本に住まなくてもいいってことじゃん~?」


 と。冗談めかして豪語する荻野だが、先程から視線がちらちらと、あるドレスに向かっていた。


 細身なラインのマーメイドドレスだ。


 ……うん。絶対似合うと思う。

 つか、荻野もそう思ってるんだろうなぁ。

 だからあんなに、見てんだろ。


 俺は、苦笑まじりに問いかけた。


「荻野さぁ。本当はタキシード男装なんかじゃなくて、あっちの方が着たいんじゃない?」


「……!」


「あ~もう! 一枚も二枚も変わんないよ! すみません、俺、あの子ともブライダルフォト撮りたいんですけどいいですか?」


「は!? ちょ、真壁――!?」


「いいから、早く着替えて来いよ。ブーケとかはそのままで、ドレスと被写体だけ変えるならそこまで時間かからないってさ。せっかく来たんだ、荻野も一緒に撮ろうぜ」


「うん。あたしも、涼子ちゃんのウェディングドレス姿見たいな!」


 戸惑う荻野を笑顔の坂巻が後押しし、俺たちはもう一度写真を撮ることになった。

 少しして、例のマーメイドドレスに身を包んだ荻野が、漣を想起さおもわせる銀髪の端から真珠のピアスを覗かせてあらわれた。

 

 世にも美しい、二番目の花嫁の登場に会場の盛り上がりは最高潮。

 そうして、カメラマンさんがお決まりの台詞を注文する。


「はい。じゃあ、フリでもいいんで、誓いのキスおねがいしま~す!」


「フリ、フリ……あくまでフリだからね! 結婚式のキスはあくまで儀式的なものであって、やらしい意味はナイんだからね!」


「今更恥じらってどうしたんだよ、荻野。らしくもない」


「だって、だって……! 真壁と結婚式プレイするなんて思ってなくて――!」


「プレイ言うな」


「心の準備が……!」


「ああもう! いいからするぞ、誓いのキス!」


 こうなりゃヤケだ。今更荻野相手に恥じらうのも馬鹿らしい。

 なにせ俺のファーストキスを奪ったのは、こいつなんだから。


 いざ本番になって、俺たちはフリでない誓いのキスをした。


 瞬くフラッシュに、あがる歓声。

 周囲の人には仲のいい友人同士に見えているのか、元カノに見えているのかは知らんが。どうでもいいよ。荻野が、幸せそうだから。


 でも荻野。一言いいか?


 結婚式ぎしきで舌は入れね~んだよ。ばーか。

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