後日談 第33話 夕暮れの覚悟

 ブライダルフェアにて、坂巻、荻野両名とブライダルフォトを取り終えた俺は、ふたりの着替えを待って帰宅することとなった。


 お土産に、と持たされた大量のブライダルパンフレット。

 まさか、これを今日写真を撮ったふたり以外のために利用するなんて、スタッフさんは微塵も思っていないのだろう。


「なんだかんだ、楽しかったな!」


 夕暮れの町で、謎の満足感に満たされながらそう言うと、荻野は。


「真壁、いつからそんな陽キャになったん? 見る人が見れば、フツーに女二名侍らせてる『爆発しろイケメン』にしか見えないじゃん。どうしたん?」


「いや、俺は今でも根っこは陰キャだし、休日は家でのんびりしたい派だけどさぁ。今日、すげードタバタしてたのに、荻野といるとなんやかんやで楽しいんだもん」


「……っ! あの、さぁ、そういうとこ……! っとに、真壁だよなぁ」


「?」


「……なんでもないっ」


 ふい、と顔を逸らす荻野を、坂巻は何故かにやにやと楽しそうに眺めている。


「坂巻も、今日は誘ってくれてありがとな」


 同じく視線を逸らした坂巻は、「ん。」と返事は小さかったものの、パンフを持っていない方の手を、ぎゅ、と一回握って。それが、『楽しかったね』という返事に思えた。


「さ。帰って灯花に相談してみないと――」


 不意に呟くと、ふたりはぐいっと身を乗り出して、顔を覗き込んでくる。


「遂にっ!?」

「え。どこ? 場所どこにすんの!? あたし、絶対ぜーったい、行くからね、式!!」


「「てか、プロポーズ!!!!」」


 ぐぐい、と来る、乙女たちの圧がヤバイ。


「うああああ! 真壁が遂にプロポーズかぁ……! ロケーションとか、シチュエーションとか決めてんの!?」


「見たい見たい見たい~! 答えなんかイエスに決まってるけど、それでも気になるもんは気になるんだよぉ~!!」


「……あ。いや、それが、全然決まってなくて……」


「「は????」」


「だから、このパンフレットもどうやって切り出そうかな~って、実はいま途方に暮れてて……てゆーか、もし断られたらどうしようとか、今から緊張して手汗がヤバいんだけど……」


「「はぁ??」」


「断られるワケなくね?」


「いや、それが……灯花に、海外留学説出てて。外国の大学院に進むとか進まないとか、親と進路で揉めてるとか……」


「「え。」」


「俺的には、それを引き止めたくて……一緒にいて欲しくて。俺を……選んで欲しくて。ああ、『私、留学行きますね!(ニコッ』とかさらっと言われたらどうしよう!! 灯花ちゃん、意識高い系女子だから普通にありえそうで怖い……!」


 自信なさげに頭を掻くと、ふたりは確かめるようにして順番に手を握ってくる。

 そうして口々に、「うわ、ほんとだ。ぐしょっと濡れてるよぉ」「きちゃない」

 だとか言いやがって……


「あ、そうだ。プロポーズっていったら、指輪も必要だし! どうしよう、アレって、俺が全部決めちゃっていいのかな? サイズは一応わかると思う……それとも、灯花と相談してどんな指輪がいいのか聞いた方がいいのかな? あれ? でも、それだと『プロポーズするよ』って言ってるようなものじゃん!? えっ、どうしよう!! てか、プロポーズってどこからどこまでがサプライズなの!?」


 世の男性は、この難題をどうやって乗り切ってるの!?

 もうわけがわからないよ!!


 夕暮れの町であたふたと身悶えていると、荻野は心底楽しそうに銀髪で夕陽を反射する。


「なぁんか、こういう真壁、なっつかし~!」


「へ? 真壁って、昔はこうだったの? なんか、野暮ったいっていうか……あたしの前では、いつも爽やかな『ゆきくん』だった気がするけど……」


「も~! 綾乃ちゃんわかってないなぁ! 真壁っつったらコレでしょ! ウダウダのモジモジ! 恋愛超初心者の、オタク野郎だよ! あははっ!」


「バラすなよ荻野ぉ……恥ずかしいじゃん……」


「綾乃ちゃんや灯花ちゃんの前ではせめて人並みに見えるように、デートの相談とかあたしにしまくっててさぁ」


「え~! 何その真壁! 見たかったぁ!」


「もうやめてぇ……」


 俺達三人は、今日も今日とてそんなしょうもない話に花を咲かせる。

 そうして、ふと、アイス屋が目にとまった。

 俺と荻野がバイトしているチェーンの、他店舗だ。無論、知り合いはいない。

 でも、それでも。俺たちは根っからのアイスクリームフリークだから――


「あ。アイス屋。寄って行こうぜ」


「お、いいねぇ!」


「賛成~!! あたしはね……」


「「ストロベリーチーズケーキ」」


「なんで速攻でバレんのぉ!?」


「あはは! ベテランバイトをナメんなよぉ。綾乃ちゃんといったらストロベリーチーズケーキっしょ!」


「坂巻的には基本の基、だな。荻野はダイキュリーアイス?」


「もち! 真壁はホッピングシャワァでしょ? 今日はダブルにすんの? どーすんの?」


「ん~、ジャノカアーモンドファッジもいいなぁって」


「じゃあ、あたしダブルにするから。ジャノカアーモンドファッジシェアしよ」


「え。同じアイスシェアして食べるの? なんかエロくない……?」


「「今更かよ!!」」


 あはは! と爽やかな笑い声が、夕暮れに溶けていく中。

 俺は、いつまでもこうして皆で笑いあっていくために。


 覚悟を決めたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る