俺と親友のTSについて本気出して考えてみた

南川 佐久

第1話(完結) 俺と親友のTSについて本気出して考えてみた

「なぁ。もし俺がTSできるって言ったらどう思う?」


 昼休みの教室で、十年来の付き合いな幼馴染の悠希が問いかけてくる。


 高校に入ってから、ソシャゲのキャラに憧れて『銀髪にする!』と言い出したときはどうしたものかと思ったが。これが似合ってしまうのだから、美形というものは恐ろしいし妬ましい。


 一年経って、もはや見慣れた銀髪がさらさらと新緑を反射する様は優美なものだ。

 男にしては肌も白いし、正直似合っているとは思う。


 ああ。これで性別が女だったらなぁ……なんて。

 夢を見るのはもうやめた。


 今日は三月末の補講日。デキの悪い幼馴染に付き合って登校したら、昼休みには教室もがらんとしてふたりきりなこのザマ。

 別に補講に付き合わされること自体は初めてじゃないし、元より今日は悠希と遊ぶ予定だったし、それが補講後になったってだけで不満があるとかじゃあない。

 普段と違って閑散とした教室で弁当広げてダベるのも、ちょっと新鮮でいいだろう。


「でもなぁ……TS……女かぁ……」


 いくら話題がないからって。考えたことなかったわ。


「親友が女になるって、どんな気分?」


 どこか期待するような眼差しに、俺は真剣に考えてみた。


「んー……なんか、『今更?』って感じ」


「なにそれ?」


 眉間に皺をよせ、悠希は首を傾げた。


「幼稚園とか小学生ならまだしもさぁ。高二にもなってTS性転換されたところで、今更女として見れるわけあるかって話だよ」


「なるほど……?」


「たとえばだけどさぁ。こないだ罰ゲームで悠希が女装したときも、完成度はめちゃくちゃ高くて感動したけど、欲情なんてしないわけ。つまりそういうこと」


「ふむ。そういうことね」


 悠希は箸に刺さったからあげを大口を開けて放り込み、どこか不服そうに咀嚼する。そうして、早々に自分の弁当を食い終わると、俺のハンバーグに手を出してきた。

 ほらぁ、そういうとこだよ!

 そういうのが、たとえTSしたって女子には到底思えないって言ってんの!


「てかやめろ、それは俺の肉……!」


「い~じゃん、い~じゃん♪ 健也けんやママには俺から『ごめんね♪』って言っとくからさぁ~」


「マジでさぁ! お前それ、母さんがツラの良い男に弱いの知ってて言ってるだろ。翌日から弁当箱が二つになるのは勘弁だって!」


「健也ママならマジで俺の分作ってくれそ~だよな?」


「多分ガチで作るよ。なんだかんだで面倒見いいからな……」


 ため息交じりにハンバーグを三分の一わけてやると、悠希は満足そうに「あざっす!」と頬張る。


「面倒見っつたらさぁ~。健也も面倒見いいじゃん。それでどーして高二にもなって彼女できないわけぇ?」


「知らねーよ。モテ度なら、お前の分を分けてくれよ。今年のバレンタインいくつだっけ?」


「数えてねーよ。すぐ食っちゃった」


「うぇぇええ……」


 羨ましすぎて吐きそう。

 このモテ格差こそ、少子化対策の一環として是正すべきだと主張したい。

 だが、不思議と悠希が彼女といるところは見たことがないな……


「悠希はさぁ、なんで彼女作んないの?」


「ん~? 今はぁ、友達といる方が楽しいから……?」


 そう言って、悠希は俺をはたと見つめた。


「とも、だち……」


「うん」


 それって、もしかしなくても『俺』だよな……?


「ちょ……! 面と向かってそういうこと言う!? えっ。恥ずいしキモいからやめて!?」


「キモイはひどくね!? でもさぁ~。なんだかんだで健也とゲームしたりアニメ見たり、Vの推し語りすんのが俺的には一番楽しいし、彼女作ったところで、やることなんてデートとセックスくらいだろ? そんなん大人になってからでいいじゃん。マッチングアプリでほほいのほいよ」


「ほほいすんのはツラが良いからだよバカ。マジで母ちゃんに感謝しろ」


「あはは、それな~♪ でも、俺的には今この瞬間の青春を謳歌したいわけ。四六時中友達といられるのなんて、それこそ今年と来年、もしくは大学……それくらいなわけだろ? 俺はやだよ~。いつまでもこーして健也とダベっていたいよ~」


「うわ、出たよ。早く『ケンちゃん離れ』しろ」


 ぐで~と机に突っ伏す悠希は、先月の元・三年生の卒業を受けてセンチメンタルになっているらしい。少し先の、『別れ』を想像してしまったのだとか。


「うぇぇぇ……俺、卒業したくねーよぉ。一生高校生がいい」


「まぁ、それは一理ある。でもいい加減『俺離れ』はするべきだって。こないだおばさんにも言われたぞ。『ケンちゃん、いつも悠希がごめんねぇ~』って。『悠希のせいで二十歳まで彼女できなかったら、お店の子紹介するねぇ』って」


「はぁ~!? 何がどう『ごめん』なんだよぉ! もぉ~母ちゃんはさぁ! いっつも健也に余計なこと吹き込みやがって……ってかぁ。したくないからぁ、こーやって『俺がTSできたらいーのになぁ』って話してんだろぉ?」


「あっ。そういう……」


 そう繋がるわけね。

 先輩の卒業を目の当たりにして、親友との別れが惜しくなって。

 ――TS。


「いや、なんでだよ。それでどうしてTSになるの? 関連性皆無」


「『無』じゃなくね~? い~じゃん、たまには。現実逃避くらいさせろよ~」


「じゃあ逆に。俺がTSしたらどう思う?」


 問い返すと、悠希は俺をまじまじと見つめた。

 フツーの黒髪。フツーフェイス。

 成績と運動神経は中の上。特筆すべきはそれくらい。

 でも付き合いだけはやたら長い俺のことを……

 そうして――


「あはは! 『ね~』わ!!」


「だろ? そういうこと。だからこの話はお終い」


 空になった弁当を片付けて、机に下げた鞄から飲み物を取り出す。

 隣では腹を抱えて「ありえね~!」と笑い転げる幼馴染。

 そんな、箸が転がってもおかしい今の日常を名残惜しむ気持ちは今わかったかもしれない。


「なぁ、まだちょっと腹減ってるから購買行かね? あれ。でも今日って補講日だからやってないんかな――?」


 と。顔をあげると、目の前には脚を組んで頬杖をついている銀髪の美少女がいた。


「え……?」


 さっきまで幼馴染がいた場所に、その女子は座っている。

 だぼだぼの男子制服に身を包んで、胸元もゆるゆるのがばがば。

 だが、そのの先にブラジャーの着いていない素肌が見えて、俺は思わず呟いてしまう。


「うそ。悠希……?」


 悠希の、睫毛の長い大きな瞳は、俺の目をまっすぐにとらえて問いかけた。


「なぁ。もし俺がTSできるって言ったらどう思う?」


「え…………」


「『今更って感じ』?」


「うそ……」


 え? なになになに?

 夢でも見てんの? なにこの再現度の高さ。

 喋り方も笑い方も、何もかもが『ちゃんと悠希だったよ』。


 てか、どこからが夢だった?

 朝起きたとき? 補講受けてるとき?

 もしくは今、さっきの数秒前……?


「……はは。別れが惜しかったのは、俺の方だったってことか。こんな、現実味の無い白昼夢を見るなんて……」


 頬をつねるが、目は覚めない。


「俺が、目ぇ覚まさせてあげよっか?」


 そう言って、目の前の女子は俺の胸ぐらを掴んで強引にキスをした。

 ご丁寧に舌まで入れて、「あ。コレ、夢じゃないわ」ってわかるくらいに感触が残るやつを。


(……は?)


 ……意味が分からない。


 きょとんと呆ける俺に、元・悠希――悠希をかたる女子は、腹を抱えて笑い出す。

 十年来の、もはや見慣れた笑い方で。


「あはは! やっぱ『ね~』わ!! ありえねぇ!!」


「……?」


「もし仮に、健也TSできたとして――」


 ――『他の誰かに盗られるなんて、ありえねぇ。』


「だったら、盗られる前にとる」


 そう言って、幼馴染は人のいない教室で脱ぎだした。

 その大胆不敵さに、『こいつやっぱ悠希だわ』と、全神経が告げている。


 でも、いくら相手が悠希でも、目の前で女子が脱ぐところなんて直視できないし……!


 もたもたと視線を逸らすと、悠希はさも不服そうに頬を膨らませて、脱ぎかけの服を着直した。

 わざとらしく緩慢な動きで、俺をチラ見しながら、蠱惑的にチラみせをしてくる。


 どこ、とは言わないが。男同士だからこそわかる、フェティシズムを刺激してやまないその角度。

 思わずどきり、と固まる度に、悠希は楽しそうに笑った。


「ったく。バラすつもりなんてなかったんだけど。『今更?』とか言われたら焦っちゃうじゃん~? これ以上手遅れになる前に、勇気ださなきゃダメかな~って……」


「え? あ。いや……なんの話?」


「TSの話」


 そう言って、幼馴染は『にひ♪』と無邪気に笑った。



(END)





※『TS』と『卒業』がテーマの、久しぶりの短編でした。

 このあと主人公がDTを『卒業』したかどうかは、続編(あるかどうか未定)にて。


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