実験体ヒロインとしたっぱ執事の僕

南川 佐久

第1話 ヒャッハー系ヒロイン

 真四角、まっしろ、まっさらな、なにもない部屋に私はいた。


 そこで私は『聖女』と呼ばれ、他の『聖女』たちと血で血を洗う日々を送る。


 フラスコから生まれたのか、拾われ孤児なのかはわからない(ひょっとすると攫われ孤児かも)。ただ、その施設には十〜十六歳くらいの『聖女』が沢山いて。週に何度か同じ部屋に入れられて、魔法マジカとかなんとかよくわからない力でもって殴り合いをする。

 勝った方が、その日のご飯をもらえるのだ。負けた方は知らない。だって私は、負けたことがないから。


「ぜぁぁぁあっ! そんなちんけな火の玉で私を止められると思うなよぉっ! あははっ、あっつい! あっついけどぉ、お腹が空いて寝れない胃袋の熱さよりはマシだなぁ〜! オラぁっ!」


 ばがぁん!と拳を振りかぶると、十六歳くらいの華奢な少女が吹き飛ぶ。壁にぶち当たって気を失った彼女を見て、防弾ガラスの向こう側からうら寒い拍手が飛んできた。


「はい、そこまで。さすがは無敗の聖女ですね、S5003。自分よりも魔力も体格も優れている相手に、臆さず飛び込み立ち向かう――見事なものです」


 顔色ひとつ変えずに賛辞の言葉を述べる生みの親――もとい、ハカセ。

 ハカセは、顔面蒼白で立ち尽くしていた職員にS6002の撤収を指示すると、にこりと笑みを浮かべて手招きをした。

 駆け寄ると、ガラスの向こうから湖底の蒼を湛えたような瞳がこちらを覗き込む。


 白衣の肩に藤紫の髪を垂らした、強制学習室図書館で見かけた童話の貴公子のような美麗な青年――しかし、いくら色恋に疎く世間知らずな自分でも、に恋慕の情を抱くほど馬鹿ではない。


「最新型のS6シリーズにS5プロトタイプが勝利するのは初めてです。おまけにあなたは小柄の細身――誰もが予想しなかった結果に、所内オッズも爆上がり――ごほんっ。我々も驚きを隠しきれません」


「いや。お前の手下がビビってンのは、私がその新型をボッコボコにして再起不能にしたからじゃ――?」


「ふふっ。たかが数億の損失に怯えていては、研究職など務まりませんよ。ご褒美に、今日のご飯にはチョコレートをのせてあげましょうねぇ」


 そう言って、ハカセは白飯にチョコレートフォンデュをぶっかけた。


(うげぇ……)


「あれ、嬉しくない? S5003――お好きでしょう? 甘いもの」


「でもよぉ、見た目がよぉ……ねこまんまのがいくらかマシだよぉ……」


「カロリー的には変わりませんよ」


 そう言って颯爽と去っていくハカセを見送って、私はひとりになった白箱の天井を見上げた。目をつむれば洋風おはぎ――そう自身に言い聞かせながら、チョコ飯を箸で乱雑にかっこむ。


「はぁ……マッズ……」


(殴って、倒して、飯食って、寝て……イヤイヤべんきょーさせられて、テストできないと殴られて……また殴って、倒して、不味いチョコ飯食って……)


 かれこれ十六年かぁ……


 この白い部屋、天井の向こうには何があるんだろう?

 ハカセが言うには、「最強に――になったら、外に出られますよ」とのことだったが。さっき倒した少女のような『新型』は、ここ数年、一年おきに現れる。

 月日が経つほどに新型――相手は強くなっていくし、なけなしのおまんまが食い続けられるのもいつまで続くのか。

 戦いで負った傷は最低限の手当のみで基本は自然治癒任せだし、本で読んだだけの知識でも、自分は人間として扱われていない自覚は薄っすらとある――


「同じ赤い血は、流れてンのになぁ……」


 前に一回、ハカセが怪我しているのを見たことがある。なんか、職員の女に刺されてたなぁ。あれは痴情のもつれってやつか? それとも逆恨み――? いずれにせよ、真っ赤に染まった白衣を見て「ああ、私もあいつと同じ人間なんだ」って思った記憶がある。


「外……一度でいいから見てぇなぁ……」


 私……死ぬまでここで戦うのかな?


 そう思ったら、なんだか胃がむかむかしてきて。頭がもやもやして。

 気づいたら壁を殴っていた。


「あああああ――! 出せよ! 出せよぉ! ここから出せぇっ!!」


 施設内にけたたましいサイレンの音が響き渡り、武装した職員どもが駆けつける。


「またS5003が暴走したぞ! 鎮静剤を打て――!」


「鎮静剤っ!? えーっと、これですか?」


「馬鹿っ! そいつは興奮剤だ! 鎮静剤はこっちのアンプル――ええい、貸せ!」


 新人らしき奴の手から銃をひったくって、先輩所員が発砲する。

 私はその、見慣れ過ぎてとろくさく感じる銃弾を躱して、先輩野郎を蹴り飛ばした。「ぐぎゃあ!」と変な悲鳴をあげる先輩を見て、新人くんが尻餅をつく。

 跨って見下ろすと、新人くんは震える手で通信端末スマホを取り出した。


「こちらB77区画、S5003が暴走しました……お、応答願います……! 応援を――いや、ハカセに指示を仰……ッ!?」


「 う っ せ ぇ 」


 ぐしゃ! と端末を握りつぶすと、新人くんはお漏らししそうな勢いで縮こまった。下腹部に乗り上げた私――か弱い少女を相手に、同い年くらいの男が怯えやがって。ああ、ああああ~~! イライラする!!


「ハカセンとこ連れてけ!!」


「ひえっ!?」


「いいから連れていけ! あいつなら間違いなく施設の出入り口を知ってるはずだ! でもって、逃げる前に一発ぶん殴ってやる!!」


「で、でもっ。この施設は実質ハカセ――シュトラール様の指揮下にあって、彼なくして研究は成り立たなくて……逃げるにしたって、彼の財力がないと僕もキミも一文無しで、行く宛てだって……」


「ああン!?」


「はいっ! はいはい! 連れて行きます!! 行きますからぁぁ!!」


 ――と、ビビり散らかしていた新人くんは、本当に入ったばかりのド新人だったらしく。私の生い立ちを知ると「ひどすぎる!!」と言ってなんだか燃えだした。


 そこまで悲惨な悲劇のヒロインを演じたつもりはない。私はただ、「天井の向こうの世界を見て、お腹いっぱい(チョコのかかってない)白飯を食べたい」って――


「こんな年端もいかない少女になんてことしてんだ、この団体は!? 宗教ったって限度があんだろ! 虐待だよ、虐待!!」


「いや。お前も同い年くらいじゃん……?」


「バカにすんな! 僕は十六だ!!」


「私も十六だけど……?」


「えっ。うそ」


「ほんとだよ」


「キミ……お、同い年だったんだ……」


 そう言って、ポッと頬を染めたこいつは多分チョロい。

 やや長めな黒髪に、冴えないけど汚くはないツラ――

 だが、性格は思っていたよりビビリではなかった。


「ハカセに復讐したいなら、この通路の先に爆薬庫があるよ。先輩が、ここだけは触るなって配属初日に教えてくれたんだ」


「!」


「最後のひとりになれば施設から出られる……だったら、施設自体がなくなっちゃえばいいんじゃない?」


「お前……天才か?」


 それから数分後――

 東京郊外の山奥に点々と、クリスマスのイルミネーションみたいな光を灯していた実験施設は――爆散した。


「ヒャッハァアアア――!! 気持ちイイ~~~~!!!!」


 花火を灯したように燃え盛る山を見下ろして、S5003は叫んだ。


「キレーだなぁ! あっちもこっちもピカピカ光ってる! 絵本で見たクリスマスみたいだ!」


「あはは。アレは光ってるんじゃなくて、燃えてるんだよ」


「どっちだっていーや!! わぁキレー! 私、憧れてたんだよ! クリスマス!」


「だったら、この景色はさながらサンタさんからのプレゼントだね」


 さっきまでの真っ白な箱が嘘のよう。満天の星空を掻き抱くように空を渡り、『私の世界だったもの』がぐんぐんと遠ざかっていく――


「にしてもお前ぇ!! ヘリが運転できるとか天才か!?!?」


「いや。僕もなにがなんだか……このAUTOってボタンを押したら動いたんだ、奇跡だよ。どこに行くのかはわからない。キミこそ、爆薬庫に端末を置き去りにして遠隔操作で起爆するなんて、土壇場でよく思いついたね?」


「ああ、ハカセがポチっとするのを何回か見たことあるから」


「ふ、フゥン……? やっぱあの組織ヤバかったんだな。逃げてきてよかったかも……」


「なぁなぁ! どこ行く!? この高さなら、お前を抱えてヘリから飛び降りてもだいじょーぶだぞ! あのビルは何? 109ってかいてある! アレも実験施設かナニカか!? 『10‐シリーズ』なんて聞いたことないぞ!」


「いや、109はそういう名前の建物だから。そっか、キミはS‐5003。Sシリーズなわけね。ナンバリングとかよくわからないけれど……」


 きらきらと、ヘリから身を乗り出して瞳を輝かせる彼女は、紛れもなく人間で、あどけない少女だった。


「もう、知らなくてもいいことだよね」


 そう言って、僕は彼女を後ろから抱き締めるようにして――しがみついた。


「ここから降りよう。109を目指していけば渋谷に着く。そしたら、美味しいご飯が食べられるよ。僕は宗司そうじ、よろしくね」


「……んあっ!? きゅ、急に抱き着いてナニ……!?」


「あ。一応、照れたりとかはあるんだ……? でもごめん。こうしてないと、僕は着地できないから。見捨てないで。お願い」


「ん~……男のくせに情けない奴だなぁ……?」


「牛丼奢ってあげるから」


「ぎゅ~どん? なにそれ?」


「そうだなぁ……端的に言って、白飯の十倍は美味しい飯だよ」


「!! しっかりつかまってろよぉ~~!!!!」


 ぶんぶん、と腕を振り回した彼女は準備体操をして、僕を抱えて飛び降りた。木々の少ない場所を選んで体重を移動させ、枝葉のかすり傷程度で見事に着地する。

 さすがに体力を消耗したのか息を荒げる彼女を、今度は僕がおんぶした。

 ……軽い。すごく、驚くくらいに……彼女は華奢で軽かった。


「行こう。牛丼屋はあっちだ」


「ふえっ!? お尻触ンなぁ……!」


「じゃあ歩く?」


「んんんん~~……ヤダ」


「じゃあ大人しくおんぶされててね」


「……ん。」


 そう言って、首のうしろに顔を埋められるとくすぐったい。

 背中に伝わる、暖かで柔らかな感触……上下する呼吸が次第に寝息に変わっていって……


 僕らは、施設から逃げ出した。




※ノリで始めました新作です。

ただいまカクヨムコン8に参加中!

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