乙女の魔剣と【聖剣奪還部隊】の裏切り者
南川 佐久
第1話 第一章 防壁を守る美少女と少年兵
第一章 防壁を守る美少女
緑豊かな森の奥。その先の開けた大地に乾いた風が吹き抜ける。
インカムからは無人の偵察機や戦闘機を操作している同僚からの報告が絶えず流れ、「ダメでした」しか言わない右耳のうんざりを掻き消すようにして付けた左耳のイヤホンからは、大好きなジャパンのアニソンが流れている。胸躍らせる小気味いいリズムにのって、スコットは手元のリモコンを操作した。
ただのガジェットオタクと思うなかれ。こんな自分でもこの部隊ではドローン操作による偵察を担っているのだ。
「目標地点、攻撃対象……あ~あ。ダメだこりゃ。傷ひとつ付いてない。そもそも、ここからじゃあ遠すぎるよなぁ? もっと近づけば、かすり傷のちょっとくらいは確認できなくも――そんな損傷じゃあ意味がないって?」
偵察機から送られてくる映像をタブレットで確認しつつ、『敵』の様子を伺う。
今は正午過ぎ。午前中からせっせと攻撃、偵察を行っているにも関わらず、これといった成果は得られていない。そんな状況が一週間近く続いていた。
とはいっても、攻撃を仕掛けるのはこちらばかりで、あちらはそれを迎撃するだけ。お互いが膠着状態というよりは、我が軍が一方的にちょっかいを出してあしらわれていると言った方がいいだろう。
素直にそう口にすると、上官である少佐殿に怒られるのだが。
「……うわ、風つよっ! も~……こんな日にドローンなんて飛ばすだけ無駄だよ? 風に煽られて撮影どころじゃない。こんな中でまともに飛ばせるだけでも、僕の腕に感謝して欲しいのに……」
荒野に吹きすさぶ強風にパサついた髪は余計に痛み、ときおり砂が目に入って痛い。これだから野外は嫌なんだ。だが、「拠点のキャンプからドローンを操作するのと近づいて操作するのでは得られるものがまた違う」それが少佐殿の言い分だ。
そんなもん変わるわけがないだろう。軍のドローンの解像度は世界屈指なんだ。近けりゃいいなんて、ロートルも大概にして欲しい。
「まったく、新人に偵察任務を任せて少佐はどこに行ったんだか……って、痛っ! あ~もう、これだからコンタクトは。でも、メガネじゃスコープ覗けないからなぁ……」
げんなりと目を擦り、ポケットからタブレットを取り出して慣れた手つきでタップする。たとえこれが任務の一環だとしても、ガジェットを触っている時間がスコットは好きだった。
「ええと、状況報告――『
一歩を踏み出したスコットの眼前には、巨大な防壁が広がっていた。
とはいっても、この壁は城を守っているのではない。街、いや国全体を覆うようにして聳え立っているのだ。
ここスイスの辺境に百年前に樹立した、フラムグレイス独立国。当時、ひとりの元・英雄によって国連の主要メンバーを一人残らず脅して無理矢理独立法案が可決されたというその国は、ヒトの形をした剣――『魔剣』と人が共存する唯一の国だとか。
だが、そんなファンタジーを信じるほどスコットもバカではない。
自分は機械工学を学ぶ専門学校を卒業したばかりで、尚且つ兵器の研究についても多少の覚えがある。
しかも、母国イギリスは古くから聖剣にまつわる伝承が多く残る国だ。スコットだってそういう剣とか魔法とかファンタジーじみた話は大好きだし、幼い頃から図書館で読み耽ったものだ。そんなスコットの十七年という人生の中で、ヒトの形をした兵器なんていう存在はついぞ見たことも聞いたことも無かった。だから、先刻上官によって示された作戦内容を、スコットは心の中で笑い飛ばした。
(この国のどこかにいる『聖剣』および『魔剣』の奪取だって? しかも、それらはヒトの姿をしているとかなんとか……そんなバカげた話あってたまるか。もしヒトの姿をした剣がいるっていうなら、会って話してみたいもんだね)
あの国の建国者である『白の英雄 ラスティ博士』は、第一次世界大戦の後に発生した抽象的世界災厄『魔王』を滅し、世界を救った。
これという実態を持たない、人々の無念と憎悪の集合体であるという『魔王』は黒い渦を巻いて世界を飲み込もうとしたが、それをラスティ博士と彼の『魔剣』が打ち倒したというのだ。
科学的根拠はなにもない。だが実際に、あのスエズ運河を横断しただけで干上がらせたという黒い大渦が姿を消したとなると、おとぎ話で片付けるには世界は救われすぎたのだ。その事実を認め、世界は彼を讃えた。
これでハッピーエンド、と思いきや。その数年後、ラスティ博士は国連に独立法案を認めろと要求をしてきた。彼の選んだ人間と、彼の集めた魔剣だけの国。それがフラムグレイス独立国。
かつての英雄は今や、世界中から魔剣という人型自律兵器を奪い去り、『核及び強力殲滅兵器独占禁止条約』に違反した、世界的な凶悪犯ということらしい。
よくできた話だ。少佐の幼い頃の夢は小説家だったんだろうか? でも、ちょっと風呂敷を広げすぎなんじゃないか?
この話は国際的な機密事項にあたるから軍の特務命令を受けた『聖剣奪還部隊』の人間しか知りえないらしく、つい先月まで一般人だったスコットがこのフラムグレイス独立国の建国裏話を今まで聞いたこともなかったのはそういうわけだとか。
(でもなぁ? だったらどうして僕らの奪還第一目標がイギリスの持ち物だったアーサー王の聖剣、エクス=キャリバーじゃなくて、スイスの持ち物だったアゾット剣なんだ? 矛盾してるよ。これじゃあ僕らがスイスのお宝をねこばばするみたいじゃないか)
鼻歌交じりに物陰からドローンを操作して偵察任務を行っていたスコット。その肩を上官が叩く。
「おい、お前。随分とドローンの操作に精通しているようだな? 偵察任務は得意か? ちなみにお歌もな?」
階級を示す胸元のバッチに、スコットは滝汗を流しながら敬礼した。
彼が件の少佐殿だったからだ。
「い、いいっ。イエス、メイジャー! 自分は機械工学科の出身でして、ことドローン操作においては卒業試験を満点で突破致しましたっ! お歌の方は……申し訳ありませっ――!」
「ほう……」
『満点』に感心したように唸る少佐。手元のタブレットで情報を確認すると、スコットの機械工学の点数は他の新兵よりも頭ひとつ抜けた成績をおさめており、専門学校の卒業論文もテーマは『近代兵器における人工知能技術の応用』だった。お歌の方はこれに免じて見逃してくれるようだ。
「ふむ。体力テストの成績は芳しくないが……自律戦闘を行う兵器の研究、か。まぁ、適任かもしれないな」
ぽつりと呟いた少佐は、スコットの頭をくるりと前方の防壁に向けさせる。
そして――
「スコット二等兵、貴様に極秘任務を与える。あの防壁に接近し、どのようにして我らの空爆を防ぎ、
「は? え……? 極秘任務ですか? 新兵の自分に? ええと、ちなみに隊の仲間は――」
「極秘任務だ。ひとりで遂行してもらう」
(えっ? ひとり?)
これが噂に聞く軍隊のパワハラか。これまた随分と無理難題を押し付けられたものだ。スコットは軍における自分の地位と身の安全を秤にかけ、後者を選んだ。
「少佐殿。恐れながら自分は先月卒業したてのほやほや新兵でして、軍の任務に同行するのも今回が初めて。ドローンの操作は上手くとも、体力に自信がある方ではない、いわゆる智将向きな人材なのですが……」
申し訳程度に自分を持ち上げつつ顔色を伺うと、少佐はにっこりと笑みを浮かべて再び肩を叩いた。
「若く才能あふれる君だからこそこなせる任務だ。がんばってくれたまえ」
(要は捨て駒じゃねーか……!)
スコットが少佐の意図を理解したときには遅かった。自分と同じ時期に入隊した新兵はいつのまにか後方へ物資を取りに行くとか言って逃げ出したあとだったのだ。
今この場で一番捨て駒になれそうなのは自分。それは嫌でもわかった。
「今から十分後、フラムグレイス独立国を守る防壁に対し、無人機による爆撃を行う。午前中も見ていただろうが、あの防壁は我々の攻撃を防ぐだけでなくそれを仕掛けた無人機をことごとく迎撃してくるのだ。いくら彼の敵国が謎に満ちた『魔剣国家』だとしても、ただの壁にそのような芸当はできまい。君は接近し、無人機がなぜ撃墜されてしまうのかを探ってくるんだ」
「あの……失礼ながら、無人機に搭載された録画映像を見るのではダメなのですか?」
「言っただろう、その無人機が撃墜されていると。故に、映像を入手しようにも接近して探す必要がある。しかし、我々が一定範囲内に接近すればあのように――」
ドォオオオンッ――!
「何故か雷が落ちてきて、粉砕されるのだ」
ぱらぱらと儚く散った偵察用ドローンを指差し、少佐は言った。
「グッドラック、スコット二等兵。念のため、最新鋭の絶縁スーツを君に授けよう。全ては、女王陛下のために――!」
お決まりの文句と共にビッ! と敬礼する少佐。
こうしてスコットは為すすべなく前線に向かうこととなった。
◇
荒れた大地の中にポツンと佇む防壁で囲まれた国――フラムグレイス独立国。
こうして見ると、国土はバチカン市国にも勝るとも劣らず、小さな国のようだ。
匍匐前進でひとまず入り口を目指して接近する。正面にある大門が唯一と思われる出入口だが、スコットはここに配属されてからの一週間、あそこが開いているのを一度も見たことがない。
「あ~もう! 匍匐前進じゃあキリがないよ! ドローンだって撃墜されるんだ、僕みたいな運動音痴がいくら隠れたところで意味なんかないって!」
潔く諦めたスコットはおもむろに立ち上がり、駆け足で大門を目指した。
「だいたい、なんだってそう都合よく雷が落ちてくるのさ!? 偵察ドローンさえ帰還できるなら僕が危ない目に遭ってまでこんなことする必要ないのに! って、ああ! 無人機の爆撃まであと三十秒もない! 急いで攻撃範囲外に避難しないと――」
周囲を見渡すが、指定された攻撃範囲外区域までざっと見積もって五百メートルはある。スコットの足では間に合わない。そうこうしている間に、頭上に空爆用の無人機が到達した。耳元のインカムが攻撃指令の音声を伝える。
『まずは相手の戦力を確かめる! 遠隔操作無人機、爆撃用意! くれぐれも攻撃範囲外区域を狙うなよ? 仲間を殺したくなければな!』
『サー! イエス、サー!』
『よし、空爆構え!』
「えっ、ちょ! 待って待って! まだ僕がいるよ! 攻撃しないで――!!」
だが悲しいかな。無人機を操作していたのはスコット同様卒業ほやほやの新兵だったようだ。そもそもこの『聖剣奪還部隊』は目標も存在意義も夢見がちで曖昧な部隊。配属される人間なんて変わり者、はみ出者、新兵くらいしかいない。
そんな新人くんは機体を操作をするのにいっぱいいっぱいで、地上にいるスコットの声を拾う余裕は無いらしい。大きく手を振るも、虚しく爆弾が落ちてくる。
『
「うっそ!? 待って!? うそうそ! うそでしょぉおおお!?!? お願いだよ! 僕まだ死にたくな――」
言いかけた矢先。目の前を一筋の光が横切り、凄まじい爆発が起こった。
いや、正確には、一斉に投下された爆弾が何者かによって一閃されたのだ。
(え――?)
頭を抱えてうずくまるしかできなかったスコット。上空の爆発音が止んだのを確認しおそるおそる目を開けると、ひとりの少女が立っていた。
「だ、だれ……?」
爆弾を一閃した光が着地した地点。そこに立っていたのは艶やかなウェーブの金髪を高めの位置で一つに結んだ女騎士……のような佇まいの美少女。碧い瞳をこちらに向けて、美少女騎士が口を開く。
「旅の方、お怪我は――?」
「え? あの、その……」
どうやらスコットを旅行者かなにかと間違えているらしい。戸惑いたじろぐスコットに、少女は『ああ、申し遅れました』と軽く頭を下げる。
「私はアロンダイト。この国の『門番』を司りし魔剣です。ここは長らく戦場となっている地。危険ですのでどうかお引き取りください」
礼儀正しく名乗る少女に『その敵国の偵察兵です』とは言えない。尻餅をついたまま黙るスコットに、何も知らない少女は説明する。
「奴らは人間ですが魔力を持たず、この国に住む『魔剣と心を通わせる人間』を『
凛とした横顔の少女をよそに、スコットのインカムからは再び攻撃命令が。
――『第ニ小隊、構え!』
向かい来る無人機を少女は忌々しげに見つめる。
「チッ。忌々しい下等種め……!」
そして――
「恐れよ! 慄け! ――【
迸る稲妻、走る閃光――
スコットは、金色に輝く魔剣が目の前の敵を一掃したのを見た。
(うそだろ? この子、今、剣で爆弾を斬っ――? それになんだ? この、彼女を守るようにして光る雷は……?)
驚きに震える唇を抑えるスコット。その拍子に、耳のインカムがぽろりと取れた。
『
『サー! イエス、サー! 全ては、女王陛下のために!』
漏れ聞こえたお決まりの敬礼がアダとなり、スコットは身元を特定された。
「今日は――イギリス軍か。懲りないな」
先程までと一変し、少女はゴミムシを見るような目でスコットを見やる。
「偵察とはご苦労なことで。単身で私の前まで来るなんて……よくもまぁ、ここまで人命を軽んじた作戦が立てられるものね。反吐が出る」
「あの、その……僕は……」
『好きでこの場にいるわけじゃなくて』
『あなたを怒らせるつもりは無くて』
『このあとどうなってしまうんですか?』
何か言おうにも言葉が出てこない。
「詳しくは尋問室で聞かせてもらおう」
自分とさして年の変わらない冷たい目をした美少女に。スコットはあっさり捕まった。
※過去の公募にて三次まで進んだ作品の供養作。
カクヨムコン8に参加中のため、毎日更新を心がけ一月末には完結予定です。
連載としては久しぶりの異世界ファンタジーなので、感想を作品ページのレビュー、+ボタン★で教えていただけると嬉しいです!
★ ふつー、イマイチ
★★ まぁまぁ
★★★ おもしろかった、続きが気になる など。
是非よろしくお願いします!
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