第2話
「――【
少女が唱えると、得体の知れない光の輪っかがスコットの両手を拘束する。しかし、スコットはこういった光景に見覚えがあった。
(これは……ま、魔法なのか……?)
まるで童話でしか見ないようなファンタジー。スコットの好きなジャパンのアニメでは馴染のあるものだが、それが現実ともなれば話は別で。スコットは夢か現実かを確かめる為に舌を噛んでみる。
「痛っ……!」
(夢じゃ、ない……)
きょろきょろと周囲を見渡すと、あの巨大な城壁とその大門の脇に扉がひとつ。まるでスタッフ専用出入り口といわんばかりの扉を開けて、少女は手錠の鎖を引いた。
「入りなさい。わかっているだろうけど、あなたは捕虜。余計な真似をすれば即座にその手錠に電撃を走らせるから、そのつもりで」
金のポニテを靡かせて颯爽と通路を歩く少女。
背格好的に自分と同じ十七歳くらいだろうか?
だが、その横顔はあまりに現実離れして、まるで人形のように美しかった。結い上げた髪の一部が編み込みになっているところを見るに、年相応にお洒落にも気を遣っているようだ。思わず見惚れていると、少女は訝しげな目で振り返る。
「……何か?」
「あっ、いえ、その……」
キミがあんまり可愛くて……なんて、自分を捕縛した美少女騎士に向かって言えない。もし本心を口にしようものならきっと、浮かれポンチと罵られるのだろう。
それくらい、少女は敵国の兵であるスコットに対して冷たい眼差しをしていた。
しかし、そんな視線がさっきからチラチラとかち合う。
「ええと……僕の顔に何か?」
「……っ!?」
びくっ! と跳ねる華奢な肩。少女はバツが悪そうに視線を逸らして呟く。
「いや、ただ……『外』から人間がやってくるなんて珍しいな、と……」
「『人間』? キミは人間じゃないの?」
尋ねると、少女は呆れたようにため息を吐く。
「あなた……そんなことも知らないで前線に出ていたの? 私達の国について、上官は何て?」
「ええと……難攻不落の防壁を持つ『謎の魔剣国家』?」
「で? 作戦の目的は?」
「我が国の所有物たる聖剣、エクス=キャリバーと、その他円卓にまつわる剣の奪還……あと、最優先確保目標が『宝剣アゾット』とか言ってたかな?」
答えると、少女は殊更に大きなため息を吐いた。
「ねぇ、敵である私が言うのもアレだけど。そんなにペラペラ口を割っていいわけ? あなたには国家への忠誠心というものがないの?」
その問いを、スコットは笑い飛ばす。
「はは! だって、どれもこれも伝承上の武器で、実在してるなんて誰も思ってないよ? 僕みたいな新兵が得体の知れない国相手に怯えないように、っていう少佐の配慮でしょう? でも、いくらなんでもこんな子供だましな作戦――」
その瞬間。少女の平手が壁にドォン! と打ち付けられる。
スコットの髪の毛先がひりりと焦げ付く勢いで。
「……誰が子供だましですって?」
「えっ……えっ……?」
心底不快そうに下から睨めつける少女。スコットには何が何だかわからない。
だが、話のどこかが彼女の逆鱗に触れたということだけはわかる。
スコットはとりあえずぺこぺこと頭を下げて謝った。
「ご、ごめんなさいっ! 気を悪くしたなら謝るよ! でも、どこがそんなに――」
言いかけて、少女が最初に口にした名を思い出す。
「アロンダイトって、まさか……」
目の前にいる少女に思わず目が釘付けになる。
人間離れした端麗な容姿、宝玉のような碧を湛えた瞳。そして、美しい髪と同じ色をした、腰に下げられた一振りの剣――脳裏に、上官の言葉が蘇る。
『奴らは、フラムグレイス独立国。ヒトの形をした剣――『魔剣』と人が共存する、孤高の魔剣国家だ――』
「キミは、本当に……『アロンダイト』なのか?」
おそるおそる口にしたその言葉に、少女は頷いた。
「だから、最初にそう言ったでしょう?」
◇
国の中に入るとそこには近代的なビルや古くからの建物が混在しており、スコットの故郷、ロンドンとなんら変わらない街並みが広がっていた。
ショーウィンドウに初夏の新作が並ぶブティック、甘い匂いを漂わせるブーランジェリー。通りの向こうに聳える高層ビル群はオフィス街だろうか。
だが、街のいたるところに見慣れない文字が――どこもかしこも、『魔剣』と書いてあるところが多いのだ。
きょろきょろとして何も知らないスコットに、アロンダイトは『このままじゃあ尋問しようにも話にならないわね』と言って、『魔剣』について説明をしてくれた。
――『魔剣』とは。
人間と同じく古の時代からこの地上に生息する存在であり、姿を剣に変える『生きモノ』である。
普段は人型で生活しており、人と同じように家庭を持って繁殖し、その数を増やしてきた種の『魔剣』。
一見人間と何ら変わりないように見える
そして、それらの外的要因とは往々にして精神面――いわばメンタルからくるものだという。だから『人間』が『契約者』となって心を支え、ときに魔力や血液、愛情、その他諸々などを捧げて、共に強くなっていく――というのが古くからの習わしだそう。そのメカニズムは謎に包まれているが、要は『人と共鳴しあう』不思議な生きモノらしい。
つい百年前まで魔剣はただの道具として扱われ、心無い
(話を聞く限り、これじゃあまるで僕たちの方が悪者じゃないか? それにしても――)
改めてぐるりと街を見渡すと、ロンドンのピカデリー・サーカス、いやそれ以上に活気にあふれた街並みに目を奪われる。
その中でも特に印象的なのが、大きな看板を掲げた魔剣の為のお店。『鋼鉄スパ』に、『金属板食べ放題』。果ては『柄装飾アクセサリーショップ』『刀身タトゥー』まで。ここまでくると、さすがのスコットも認めざるを得ない。
「魔剣って……本当にヒトの形をした剣なんだね?」
「当たり前でしょう?
少女――もといアロンダイトの視線の先にいたのは、手を繋いで『金属板チョコ専門店』に入っていく高校生のカップルだ。
「今日はどれにしようか?」なんて、にこにこと顔を見合わせるふたり。国の中央にある学院の制服に身を包み、誰がどう見ても放課後デートな佇まい。いや、時間的には昼休みだろうか? それとも仲良くサボリ? まったく、けしからん。
「あのふたり、女の子の方が魔剣よ? 男の子は、彼女の契約者かしら?」
「チッ。リア充かよ……」
年齢=彼女いない歴のスコットは妬ましげにカップルを睨めつけ、『こら!』と鎖を引かれる。同じく美少女の隣を歩いているというのに、これではまるで飼い主と犬だ。だが、さっきの言葉は聞き捨てならない。
「契約者って……魔剣のマスターのこと?」
「マスター、という言い方は少し古いけれど。そうね、魔剣と契約者は一心同体。魔剣は契約者を守り、契約者は魔剣に力を与える。互いに心を通わせることで満たされ、ときに家族以上に大切な、なくてはならない存在よ。あなた達のような外の国の蛮族は、魔剣に寄り添える契約者たちを『異能種』と呼んで魔剣同様に兵器として見なしているようだけど、この国では皆等しく――」
「ってことは! キミの契約者はあの『アーサー王伝説』のランスロットなのかい!?」
自国のことを誇らしげに話すアロンダイトを遮って、スコットは身を乗り出した。
無理もないだろう。スコットのいたイギリスではアーサー王伝説は男の子なら誰もが憧れる英雄譚。その中でも、騎士道精神に厚く剣の達人であったランスロットはカッコよさナンバーワンの騎士なのだから。
最終的には王妃と悲恋の末に仲間を裏切ることにもなるけれど、愛の為に己を貫くところも、ダークサイドに堕ちるところもちょっぴりビターでカッコいい。端的に言えば、スコットはランスロットのファンだった。
そして、ランスロットの剣といえば『アロンダイト』だ。
「うわぁ、凄いなぁ! まさか剣が本当にヒトの姿をしていて、契約者たちと一緒に暮らしているなんて! まさにファンタジー! ねぇ、さっきの雷もこの鎖も魔法なんだろう? どうやったの? キミについていけばランスロットにも会えるのかい!?」
鼻息荒く問いかけるスコット。だが――
「ランス、ロット……? 人の名前なの? それは……」
「え……?」
(この子……アロンダイトなのに、
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