第3話

「ランス、ロット……? 人の名前なの? それは……」

「え……?」


 アロンダイトは不思議そうに首を傾げ、思わず歩みを止める。

 その様子にスコットは動揺を隠しきれない。


「し、知らないの? アロンダイトといえばランスロットの剣だ! もしキミが本当にアロンダイトなら、契約していたはず……いや、それともご先祖様の話なのかなぁ? 何代も前のアロンダイトの主が、ランスロットだったとか?」


「いいえ、アロンダイトは私ひとりよ。今も、千年以上前も……」


「えっ。千年前? キミはどう見ても僕と同い年くらいにしか見えないけど……?」


「魔剣はね、刀身が朽ちない限り死ぬことは無いの。そして、その見た目は能力を最も発揮できるであろう姿で成長が止まる。だから私という魔剣の外見があなたと同じくらいでも、決して同い年というわけじゃないのよ。まぁ、性格とか嗜好は外見に引き摺られがちだから、千年以上生きているからって中身までおばあちゃん、ということもないんだけど。ねぇ、それよりも……」


 口元に手を当ててしばし思考を巡らせていたアロンダイト。そして、あることに思い至る。


「スコット……あなた、その『アーサー王伝説』ってどこで聞いたの?」


「どこって……僕の故郷だとメジャーな英雄譚だけど?」


「それって、誰もがその話を知っているということ?」


「まぁ、大抵の人は……?」


 要領を得ない質問に首を傾げていると、アロンダイトは予想外のことを口にした。


「その『アーサー王伝説』――いいえ、エクス=キャリバーお姉様の武勇ならこの国でも有名な話よ。でも、その……ランスロット? とかいう人のことは誰も知らない。もしかしてその項目……禁書指定されてる箇所なんじゃない?」


「え? 誰もランスロットのことを知らないだって?」


 確かにここフラムグレイス独立国は、スコットのいた『外の世界』――ヨーロッパや他の諸国との接触を嫌う閉鎖的な国家だと聞いている。

 最低限の輸出入のみで、国際社会への参加も国連の重要な決議のときのみ。その割に文明は異様に発展していて、技術は最先端。おまけに『魔剣』なんていうありえない人型自律兵器を保有する『孤高の魔剣国家』。

 だから様々な国がその技術を得ようと歩み寄りを持ちかけているのに、全部無視。そんな傲慢な態度が気に食わないと世界からバッシングを受けるようになったのは、国主ラスティによる『各国からの宝剣の奪取』が問題視され始めた頃からだろうか。


 それにしても、あの有名な伝説の騎士を誰も知らないなんて。独自の文化を貫くにしても程があるだろう。しかも――


「その、禁書指定って何?」


 尋ねると、アロンダイトは鎖を引きながら前方に聳える建物を示す。


「あそこ、国の中央にある研究棟とその周囲に広がる学院エリア。そこでは、我が国における歴史の編纂と書物の検閲などを行っているのだけど。学院が所有している大図書館には禁書指定区域があって、閲覧できる者が限られた書物があると言われているの。それらの本はこの国の建国者であるラスティ博士によって定められ、国を治める十振りの伝説的魔剣『十剣』でも一部の者しか閲覧できないと言われているわ」


「『十剣』……? それはこの国の、政治家みたいなもの?」


「為政者という意味では似たようなものだけど、少し違うわね。建国当時、『白の英雄 ラスティ博士』によって国の根幹と担当地区の守りを任された伝説的魔剣の集団、それが『十剣』よ。これからあなたが会うのも、警察、軍部機関を統括する『十剣』のおひとり、クラウ=ソラス様なのだから」


 そう言ってアロンダイトは鎖をチャラりと引いた。つまりスコットはこれからその『十剣』の元で、敵国の捕虜として尋問なり何なりを受けさせられるというわけだ。


「あの、ここは随分と文明が進んだ国みたいだけど……拷問とかいう非人道的文化はきちんと淘汰されてるんですかね?」


 冷や汗を流すスコット。その問いに、アロンダイトは少し考える素振りをする。


「ん……多分」

「えっ? 多分?」


(……じゃ、困るんだけど!!)


「だって知らないもの。私の役目はあくまで防壁を守り、侵入者を排除すること。そこから先は警察と軍の仕事だし、あなたみたいな捕虜だって初めてなのよ? どうしたものか判断がつかないからクラウ=ソラス様に指示を仰ぎに行くのに。でも、クラウ様は聡明でお優しいお方。ただ、ちょっとイロイロ旺盛で、ときにセクハラまがいの尋問を――ごほんっ。なんでもない。きっとあなたが心配してるようなことにはならないと思うわ?」


「ねぇ。今なにか誤魔化した?」


「いいえ、なにも」


「うわ、絶対ウソでしょ……ていうかさ、僕から聞いておいてアレなんだけど。敵国の人間である僕にそんな内部事情を話してもいいの?」


 アロンダイトは道すがら、なにかと目に見える建物やお店、魔剣国家の文化について説明してくれる。てっきり目隠しをされてきつく縛られ連行されると思っていたスコットには意外だった。敵国の捕虜に自国のことを話すなんて、自分がいたイギリス軍ではありえないことだろうから。


「その、さ……? 上官の人に怒られちゃうんじゃない? クラウ=ソラス様、だっけ?」


 言い方はたまにトゲがあるが、アロンダイトの心根は親切なんじゃないかと薄々思っていたスコットは、彼女をおもって指摘する。すると――


「構わないわよ。だって、あなたはもう二度とウチから出さないもの。情報が英軍に出回ることは無いわ」

「……え?」


 しれっと言い放つ美少女の横顔に背筋がスッと寒くなる。


「いや、でもさ! ひょっとしたら解放するためにお金積まれたりするかもよ!? いくら新兵の僕だって、しがないイギリス国民に変わりはない! 見殺しなんて、世論が許さないよ! きっと人質解放の打診が政府から――」


「お金に屈する我々ではないわ」


「そういう問題じゃなくて! 応じなかったら国際問題に――」


「現在進行形で連合国という多くの国々に日替わり定食みたいに代わる代わる攻められているのに、今更ね?」


「……っ!!」


(そういえば、そうだった……!)


 この発言に、スコットは全てを諦めた。自分はこの『孤高の魔剣国家』から、二度と出られないのだと。そうして、故郷に残してきた彼女や嫁が心配だ……みたいな心残りが一切ないことを、内心で自虐的に笑ったのだった。

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