第11話 三つのかけら

「そんな話、はじめて聞いたぞ?」


 驚くカインに、セシリアはいたずらが成功した子供のように笑った。


「当たり前じゃない。極秘情報なんだもの。天界でも知っているのは私だけしかいないわ」

「そんな大事なことをペラペラと喋っていいのかよ?」

「あら、あなたたちだから話したのよ」


 無邪気な笑みを一旦鎮めて、セシリアがシェリルを真剣な目で見つめる。


「アルディナ様に会いたいのでしょう? その決心は、何があっても揺らぐことはないのでしょう?」


 もう一度確認するように問われ、シェリルは迷いなく頷いた。自分を奮い立たせるために、唇をキュッと噛み締める。


「だから私もシェリルを信じたのよ。アルディナ様が待っていた落し子ですもの」

「あの……でも私、具体的に何をどうすればいいのかわからないんですけど」


 アルディナを目覚めさせるには落し子、つまりシェリルの力が必要だと壁には彫られている。けれどシェリルは神の落し子という特別な存在であるだけで、天使が振るうような不思議な力など何も持っていない。普通の、人間なのだ。


「シェリルがこの扉を開くために必要なものがあります。元々この扉……三日月の窪みにはひとつの水晶がはめ込まれていたらしいの。けれどそれは三つに割れて、世界各地に散ったと文献には記されているわ」

「まさか、それを三つ集めてこいとか言うんじゃないだろうな」

「正解よ、カイン。かけらを三つ集めて元の水晶に戻すことで、この扉は開かれる……と、私はそう思うのだけど、どうかしら?」

「どうって言われても……この宮殿にまつわることに一番詳しいのはセシリアだろ。お前がそういうんなら、そうなんじゃないのか?」

「ふふ。信用してくれてうれしいわ。とりあえず水晶を集めれば、アルディナ様が目覚めなくとも、何かしら変化はあるはずよ。シェリルも、それでいいかしら?」


 問われても、シェリルはカイン以上に宮殿はおろか天界のことを何も知らない。セシリアがそうしろというなら従うほか選択肢はないのだが、それを抜きにしても彼女の人柄は信じるに値すると確信した。


「はい。でも……私、そのかけらの場所とか探せって言われても、わからない……んですけど」

「それは大丈夫よ。場所はもうわかっているの」


 そう聞いて、内心ホッとする。カインも喜んでいるようだが、彼は手間が省けてよかったと思っているのだろう。落し子として無力な自分に不安を感じていたシェリルとは、きっと安心する理由が元から違うのだ。


「助かるな。それで、かけらの場所はどこなんだ?」

「アルディナ様が最初に降り立った生命誕生の聖地には夢のかけら。天地大戦の最後の地、アルディナ様が闇の王ルシエルを倒した、別名『呪われた地』には涙のかけら。そして三つ目の愛のかけらは二つが見つかった時に姿を現すと言われているわ」


 セシリアの説明を聞いても、シェリルにはそれがどこを指すのかまったくわからなかった。救いを求めるようにカインを見ると、口元に指先を当てて何やら難しい顔で考え込んでいる。


「また……ずいぶんと昔の話を出してきたな。聖地、呪われた地……どこだったっけな?」

「え!? カインも知らないの!?」

「そんなこと言ってもな。アルディナがこの世界を創ってどれだけ時が流れてると思ってるんだよ。当時を知ってる天使なんてもう存在してないんだぞ。それにお前も知らないんなら、イルージュでもとうに忘れ去られてるんだろ?」

「それは……」


 呪われた地は天地大戦に関係するから当然伝わっていないにしても、アルディナ神殿にいる頃はエレナからも聖地の話を聞くことはなかった。世界にはいくつか聖地と名の付く場所があることにはあるが、それが本当にアルディナが最初に降り立った場所なのかは確かめようがない。神殿に伝わる文献にも、アルディナが降り立った場所の詳細はどこにも記載されていないのだ。


「時空の波に住まう精霊たちよ。我が願いを抱き、ここに過去と現在と未来を繋ぐ道を示したまえ」


 不安に陥っていた思考を遮るように、セシリアの呪文を紡ぐ凜とした声が響き渡った。セシリアを中心にして緩い風が渦を巻き、彼女の長い三つ編みを宙に持ち上げている。

 風の軌跡をなぞって滑る光の線が、床の上に二つの魔法陣を浮かび上がらせていく。ひとつは天使の翼を思わせる白い魔法陣。もうひとつはカインの瞳を思わせる青い魔法陣だ。


「その魔法陣はそれぞれ、かけらの元へあなたたちを連れていってくれるわ。青い方が聖地。白い魔法陣は呪われた地よ。向かう順番はあなたたちに任せるわ」

「さすがセシリア。気が利くな。お礼に今度相手してやろうか?」

「それはいらないから、シェリルをちゃんと守ってあげてちょうだいね」

「相変わらずつれねぇな。まぁ、セシリアに手を出すとルーヴァがうるさいからな」

「あなたは少し、いろいろと落ち着いた方がいいと思うわ、カイン」

「考えとくよ。……で、シェリル。どうする? どっちに行くか、お前が決めていいぞ」


 床に浮かび上がった二つの魔法陣は、それぞれ青と白の淡い光を放っている。

 青い魔法陣。向かう場所は聖地。そこはこれから目覚めていく世界に思いを馳せた女神の心が残っているのだろう。

 そして白い魔法陣が導く呪われた地。そこにあるのは果てしなく続く深い悲しみと……憎悪にまみれた心。



『お前まで俺を忌み嫌うのか! 俺が闇に負けたから……俺が闇になったから! だからお前は俺を殺すのか!』


 ――憎い! 憎い! 俺を捨て、俺を殺したあの女が憎い!



 鼓膜を震わせる怨嗟の声に、シェリルはぎくりと体を震わせた。幻聴だ。さっきの天地大戦の幻に意識が引きずられているのだ。そう気持ちを強く持って、声を振り払うようにシェリルは頭を強く振った。


 それでも心のどこかに恐怖は残っていたようで、シェリルはほぼ反射的に青い魔法陣――聖地へと導く光の方を指差していた。


「了解。んじゃ、さっさと行って終わらせてくるか」


 カインに腰を引き寄せられたかと思うと、シェリルはそのまま青い魔法陣の中に足を踏み入れていた。途端に淡く光っていた青い光が膨張するように伸び上がり、魔法陣の中に入ったシェリルとカインの姿を覆い隠していく。光の向こう側にいるはずのセシリアの姿でさえ、薄くぼやけて見えるほどだ。


「ちょっと! 何もすぐ行くなんて言ってない。私まだセシリアさんに聞きたいことが……っ」

「あ、悪い。でもまぁ、俺がいるんだ。すぐ戻ってこれるから、その時にでも聞けばいいだろ」

「その自信、一体どこからくるのよ!」

「俺から?」


 騒いでも魔法陣は既に聖地への道を繋げ始めていて、光の向こうにかろうじて見えていたセシリアの姿も薄く掠れていく。術の途中ではぐれないように、ここはもうカインにしがみ付いていた方が正解だ。不本意ながらもキュッと腕を掴むと、憎らしいほど美しい顔がにやりと勝ち気に笑った。


「二人とも、気をつけて」


 セシリアの声を最後に、シェリルの視界が暗転した。ねっとりとした、重い水の膜をすり抜けたような感覚に、シェリルは思わずカインの体にしがみ付く。その背に回された腕の力は強く、何があってもシェリルを守ってくれるような安心感さえした。


 両親の仇を討つために、女神アルディナに会う。

 これから先どんなにつらく困難なことが待ち受けていようとも、シェリルはその願いを叶えるために、前に進むことを自分に誓う。


 偶然にも召喚した不良天使カインを連れて、シェリルは女神を目覚めさせるために三つのかけらを求めて世界を巡る。

 最初に向かう場所は聖地。女神が最初にこの世界に降り立った神聖なる場所に眠るのは、夢のかけら。


 そこにはもうひとりの落し子と、新たな闇の気配がシェリルたちの来訪を待っていた。







*****




【コンテスト用のため、1章の旅のはじまりまでを一区切りとして一旦完結済みにします。コンテストが終わったらまた改稿しながら更新を再開しますのでよろしくお願いします】



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