第24話 犯人の正体

 成川 陸 side

──────────────────




 ゆうと俺は、混乱していた。


 でも、次第に、少しずつ、この事実がどういう事なのかがわかって来る。それが解れば解るほど、虚ろになって行った。


 最初は冷静を装って話していた俺たちだったが、表情は次第に暗くなり、、もはや話す事もなく無言になってしまっていた。


 ゆうはもう、疲れ果てた顔をしている。俺もだ。皆、死んでしまったんだ。そりゃこんな空気にもなるだろう。


 ゆうと別れて、今日はひとまず帰る事になった。帰りの足取りが重い。そして、何より、頭が、痛かった。


 頭の中では、手帳の間から出てきた紙が離れなかった。俺がマテオだとしたら、今まで俺が見てきたマテオは…。リアムが大野本人だとしたなら、あのリアムたちは、一体、誰だったのか…。


 家への帰り道。もう夕方で、辺りは夕日で赤く染まっていた。


 この道、こんなに静かだったか?


 俺は、呆然としながら、歩いていた。


 俺たちが必死に追い求めて来た真実…。そして、待ち望んでいたはずの結末は、こんなにも残酷なものだったのか。あれだけ一緒にいた皆も、順に消えて行く。


「やっと、辿り着いたな。真実に」


 どこからか、声が聞こえて来た。それは後ろから聞こえて来たもので、俺はゆっくりと振り向いた。


 先程まで、誰もいなくて静かだったはずの道に、一人の少年が立っていた。


 俺は、睨むように、彼を視界に入れた。


 頭が、痛い。


 俺の目の前にいるオリバーは「残念だよ。皆死んじまって」と、他人事のように言った。


 俺は、何も話す事はなかった。


 オリバー…。


 あの手帳に入っていた紙は、養護施設から引き取られたって書いてあった。たしかに、俺には幼少の頃の記憶はない。親にも、まさか里子だったなんて言われた事なかった。


 俺が、オリバー?


 大野がリアム、野村はルーカスって、そんな事ありえんのか…。


 じゃあ、今目の前にいるこいつは?


 オリバーは、なんだって言うのか。


 幻覚…?


 たしかに、家にいるときも、何故かこいつは平気で話しかけて来てた。あんな侵入不可能なセキュリティがある事務所でも、オリバーたちは悠々と姿を現して見せた。


 そうだ。そうだよな。そんな事ありえないよな。全部俺たちの妄想…か。それなら納得が行くが、だか、そんな事って…。


 大野…野村…天音。


 あいつらが辿り着いた答えが、あの手帳に挟まっていた紙切れなら、この事実を無視なんて出来ねぇ。


 俺がオリバー…。だとしたら、今目の前にいるオリバーは…。


 俺は静かに口を開いた。


「お前は、幻覚…なのか…」


 ずっと追い求めていた真実を口にしたこの時の頭は、妙に呆然としていて、まるで夢でも見ているかのようだった。


 でも、まだ信じられねぇ。こうして今目の前にいるこいつが、幻覚だなんて。


 幻覚…。俺は、かつての自分の名であるオリバーという人物の幻覚を見て…。野村さんは、ルーカスがあたかも存在しているかのように思っていて…。


「全員で、同じ妄想を共有してたって、事か…?」


 俺は、一人で乾いた笑いを発して、独り言のようにを 呟いた。


 目の前のオリバーは、何も言わない。ただ真顔で俺を見ているだけだ。


 手が、震える。


 あともう一つ、重大な事実が、隠れている。野村や大野が、自殺するほどの、事実が。


 俺は、自分の震える手を視界に入れた。


「俺たちが追っていた事件…」


 自分の手を見ながら、静かに口を開く俺。


 一つ一つの事実を受け止めるたびに、体は無意識に震えて来る。そして、情緒不安定で、呆然としたり、不安にかられたり、恐怖を感じたりと、感情がジェットコースターだった。


「俺たちが、追っていた、犯人は…」


 ますます震えて来る声。


 俺はたまらず、その場に崩れ落ちるように、地面に手を付いた。


 怖い。急に、たまらなく、怖くなっていた。


「俺たち…自身…?」


 震える声を出した。


 俺たちが、俺が、殺した…?犯人がオリバーたちなら、俺たちがオリバーたちそのものだとしたら、そういう事に、ならないか…?


 天音さんが担当している事件は、顔が滅多刺しで、首から下が全身火傷を負っている遺体。


 大野の事件は、顔に何箇所もの切り後が残っていて、首から下が水死体のように膨れ上がっていた。


 野村の事件は、遺体は土に埋もれたまま発見。頭だけが地上に出ていたと記されている。その顔には緑のペンキが施ほどこしてあったと言う。


 ゆうの事件は、顔が殴られたのか、ぼこぼこに腫れ上がり、首から下は何故か氷が張っていた。


 そして、俺の事件は、被害者の顔は、蜂の巣のように穴だらけで、体の方からは何故か高圧電流の反応が出ていた。


 これを、俺たちが…?


「そんな訳ねぇよな…」


 俺は、地面に手を付けたまま、首を静かに振った。


 鼻にこびりついて離れないあの匂い。死体が発見されるたびに、処理するために向かったあの日々。高圧電流が流された死体は、焦げ臭さもあった。そして、穴だらけの顔からは、血肉の匂いが充満していて。


「そんな訳ねぇ。俺たちな訳がねぇだろ。ありえねぇ。あんなの…。無理だろ…」


 絞り出した声は、震えていた。自然と滲み出る涙は、野村や大野が死んだ意味を、天音が家族を残して失踪した訳を、全て理解しているかのようだった。


 体中に高圧電流を流し込まれ…。首から上が穴だらけの血まみれで…。


 俺には、そんな犯行に及んだ記憶なんて全くなかった。でも、夜8時9時にはすぐに眠くなって寝てしまい、朝まで一度も起きないという妙に長い睡眠時間ではある。でも何故か、いつも眠くて眠くて仕方がなかった。


 自分でも、妙に長く寝る体質に違和感はあった。まさか寝てる時に無意識に…?いや、まさかな…。でも、オリバーって妄想の人物と会話までしてて、今の今まで自分の妄想だなんて気付かないなんて、明らかに異常な精神状態であることには間違いない。恐らく病名だって付くだろう。しかも、5人で妄想を共有して、集団妄想まで引き起こしてる。そんな俺たちが、他に何か自分が意図しない状態になっていたとしても、ありえない話しでもない。


 いやでも、あんな死体…。拷問の末に殺してる。そんな事して、1ミリも覚えてないなんてそんな都合の良い話し…。


「ぎゃぁぁああああ」


 !?


「ぎゃぁぁぁあああ」


 なんだ…?


 どこからかともなく、声が聞こえて来た。


 なんだ?


 まるで悲鳴のような、悲痛な叫び声だ。


 周りを見渡した。オリバーは変わらずにただ立っているが、彼は無表情でこちらを見ているだけで、なんの反応もない。


「ぎゃぁぁぁあああ」


 耳を貫くような叫び声。


 俺は周りを見渡すけど、夕暮れに染ままり、赤く色付く帰り道には、人一人いなかった。


「ぎゃぁぁぁあああ」


 なんだ、この叫び声は。


 叫び声を聞いて、家から誰か顔を出す訳でもなければ、出て来ることもない。一見静けさを保っているように見える住宅街に、悲鳴が響きわたっていた。


「ぎゃぁぁぁあああ! 許して下さい! ごめんなさい! ぎゃぁぁぁあああ!」


 な、なんだよ。この声。どこからか…?


「ぎゃぁぁぁあああ! ごめんなさい! ごめんなさい! ぎゃぁぁぁあああ!」


 ……………。


「ぎゃぁぁぁあああ! もうしません。ごめんなさい! ぎゃぁぁぁあああ! やめてぇぇ」


 違う…。


 この声は…。


「ぎゃぁぁぁあああ! 許して下さい! ごめんなさい! ぎゃぁぁぁあああ!」


 俺は、耳を塞いだ。


「ぎゃぁぁぁあああ! ぎゃぁぁぁあああ! ぎゃぁぁぁあ!」


 耳を塞いでも、何をしても、声のボリュームは一切変わる事はなかった。


 これは、まさか…。


「やめろ…」


 俺は、小さく呟いた。


 耳に手を当てて、俺は下を向いた。


「やめろ…。やめて、くれ」


 嘘だろ。あの悲鳴は…。


 目に、涙が滲んだ。


 耳を塞いでも、何をしても、悲鳴は、消えなかった。だってこの悲鳴は、俺の頭の中で鳴り響いているものだったからだ。


「やめろ…やめろ…やめろ…」


 俺は、道に膝を付いたまま、耳を塞ぎながら、呟くように繰り返した。


 頭の中の叫び声は、どこか幼さが残っていた。まだ小さな子供のものだ。その子供は、体を誰かに抑え付けられ、体に何かを当てられていた。


 体に何かが当たると、体中が激痛に襲われた。つま先から頭のてっぺんまで、筋肉が最大限まで引っ張られるような妙な感覚だ。


 そうなってる時は「あああぁああ」って、変な声が出た。


 落ち着いた時、子供は泣きじゃくりながら「もうしません。ごめんなさい。ごめんなさい」と繰り返していた。


 俺の目からは、絶え間なく、涙が溢れている。顔を上げると、無表情で立つオリバーの姿があった。


「あれは、お前…?」


 俺は、言った。


「あぁ。そうだ」


 オリバーは言う。


 子供が、大人たちに抑えられて、電流を流し込まれている光景が、突如頭の中に浮かび上がった。


 これは…。


 オリバーの、いや、俺の、記憶…だ。俺の、子供の頃の。


 極秘国の養護施設にいた時の記憶…。あんな、人身売買なんてやってる連中が、まともな子育てなんてしてるはずもねぇ…

。自分の名前を思い出した今、突如として、子供の頃の記憶が思い出されたのだった。


 記憶の中の俺は、体に電流を流される拷問を受けながら、泣き叫んでいた。そして、電流が終わったと思ったら、顔に針をさされたのも思い出される。


 被害者の顔は蜂の巣のように穴だらけで、体の方からは何故か高圧電流の反応が出ていて…………。それが、俺が、担当していた死体の特徴…。


「…………」


 頭の中で鳴り響く、絶叫とも呼べる悲鳴は、止むことを知らない。


「………そうか。そうだったのか」


 俺は、静かにつぶやいた。


 子供の頃に受けた拷問。そして、そのときと同じ仕打ちを受けて亡くなった被害者たち。


「オリバー、お前は、なんで、あんなひどいことが出来るんだって、ずっと思ってた」


 俺は、目の前に立つオリバーに声を上げる。


「今やっと、わかった。なんで、あんな酷い死体ばかり見つかるのか…」


 俺は、オリバーに言う。


 いや、幻覚に向かって言う。オリバーは俺自身。それはもはや、自分に向かって言っているのと同じだった。


「おい、オリバー。ずっと、黙ってんのか。何ももう、言わねぇのか?」


 俺は、最初は普通に話していたが、徐々に声を大きくして言った。


「お前が、俺が、殺ったんだろ!?全部」


 オリバーは、ただ俺を見下ろしているたけで、何も答えてくれない。


 俺は、それでも、話し続けた。


「ガキの頃、電流流されて、顔に針刺されてたんだろ!?そんな記憶あったら、高圧電流の反応出て、顔穴だらけの死体なんざ、犯人、俺以外に…ありえねぇじゃねぇか」


 最後には、泣き声に変わっていた。


 あんな記憶を思い出して、もう、認めざる終えなかった。


 俺は、もう、誰に向かって話しているのか、わからなくなっていた。きっと周りからは、道路で膝を付き、一人で泣きながら話しているように見えるのだろう。

 

 何年も、何年も、必死に犯人を追っていたあの日々は、一体、何だったのだろうか。今まで被害者遺族に会った事だって何回もある。彼らにかける言葉を迷ったり、気を使ったり、時には共感して、涙した事もあった。必ず犯人を捕まえますと、遺族に誓いをたてた事もある。なのに、それなのに…。


 きっと、これこそが、野村たちが、自ら命を断った本当の理由なんだろう。


 あいつらも、わかったんだ。自分が犯人である事を。自分以外に、ありえない事を。


 全てを受け入れた瞬間、混乱に包まれていた頭は、妙に、すーっとして来た。俺は、そこに膝を付いたまま、呆然と前を見上げた。涙で視界はぼやけていた。


「は…」


 不意に、俺は、小さく声を出した。


 目の前には、誰も、何もいなかった。


 ただ、住宅街に夕焼けがあるだけだ。


 そう、いない。いないかったんだ。


 最初から。


 俺は、呆然と前を見続ける。道の先に、3人の人影が見えた。


 あれは…。


 人影は、夕焼けとともにゆらゆらと揺らめいていた。まるで、消えてしまいそうなほど、儚く揺れ動く影に、俺は、目を細めた。


「大野…野村、天音…」


 いや…。


 ルーカス、リアム、マテオ…。


 そうか俺は…。


 俺たちは、辿り着いたんだ。


 真実に。


 犯人に、ちゃんと、辿り着いた。


 頭が、すーっとしている。スッキリしていると言ってもいい。こんな事は、事件を追ってから、初めてかもしれない。


 俺は、上着の中にある拳銃を手にした。


「シエル、先に行く」


 頭に銃口を向けて、大きな音を立てた瞬間、俺の体は、地面に倒れて行った。






ーーー・・・

ーー・・

ー・

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

─紫の問─  まる @NMRH

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ