顔面偏差値最低の僕は超絶美少女の幼馴染パワーで転生する~今更後気付いてももう遅い~

@otomatto

顔面偏差値最低の僕は超絶美少女の幼馴染パワーで転生する~今更気付いてももう遅い~

「ほら! カメラ君早くこっち来て」

「は、はい」

 僕の名前はカメラじゃなくて亀田だと心の中でツッコムが、目の前の彼女にそんなこと言い返せるはずもなく、すごすごと大人しく指示に従う。

「それじゃあ私はここにしゃがみ込むから、この花と良い感じに撮ってよ」

「良い感じって言われてもよく分かんないよ……」

 そう言いつつも、僕は最適と思われる構図をイメージしてカメラを構える。

「ちょ、ちょっと! どこにカメラ向けてんのよ! スカートの中でも覗く気?」

「え!? いや、これはローのローって言って被写体がこういう地面近くの――」

「あー、うん。じゃあそれでいいわよ。でも変なとこ写したら二度と私のこと撮らせないからね」

「分かってるよ……」

 撮ってとお願いしてきたのは君の方じゃないかと思うのだけれど、彼女の機嫌を損なわないように細心の注意を払って、僕はカメラのシャッターを切った。


 彼女の名前は天宮松子と言って、僕の近所に住む幼馴染であり、高校の進学先まで同じ腐れ縁の関係だ。身内びいきと言われるかもしれないが、彼女はテレビに出てくるモデルなんか目じゃないくらいの美貌を備えている。立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花という大層長ったらしい美人を表現する言葉があるが、彼女はその言葉に相応しい人間の一人だろう。

 一方の僕はと言えばとんでもなく醜い。彼女になぞらえて僕を表現するのなら、立てば糾弾座れば嘲笑歩く姿は阿鼻叫喚といったところか。そんなに僕のことが嫌いならつつくような真似しなければいいのに、どうして周りの奴らはわざわざ突っかかってくるんだ。

 もはやそういった扱いに慣れてしまったから今更文句を言う気もないのだけれど、しいて言うなら僕を生み出した神様に文句を言ってやりたい。神様は彼女が得た幸福のツケを僕に全て押し付けてるんじゃないだろうか。彼女の美貌と僕の醜貌でちょうど顔面偏差値の均衡が取れそうだしね。

 そういうわけで普段の僕は誰とも顔を合わせないようにしている。陰気だ何だのと言われても、これが僕にできる最善の振舞いだ。

 昔は露骨に下を向いて目の前の相手と話したりもしていたけれど、それだと相手に顔を見ろよと言われてしまった。そして今度は相手の言う通りにしたら、顔を見るなり笑われてしまった。それで二度と相手の顔なんか見るかと思って、どうにかやっと相手の眉間だけを見るようにすれば何とか人並みに振舞えるようなった。


 そんな僕にはある一つの秘密がある。

 それは、僕が天宮のことを好きだということだ。

 この秘密は絶対に誰にもバレてはいけない。もしもバレたとなったら、きっと僕はこの世にいられなくなる。ある者は非難し、またある者は笑い、さらに別の者は吹聴をするだろうから。

 今ですら僕が彼女と話している時、周りの奴らは可笑しなものを見るみたいな目でニヤついているのだ。そこで僕が彼女に対して恋慕の情を抱いてるとなれば、袋叩きに遭うに決まっている。

 先の通り、僕は会話をするときに相手の眉間を見るという術を得たのだが、彼女にだけは使えなかった。何故ってそれは僕の胆力の問題でだ。彼女を見ているとなんだか気恥ずかしくて堪らなくなってしまう。眉間はおろか、顔の一部でさえも捉えられなくて目線を下げるのだけれど、今度は彼女の胸が目に入って僕は慌てて彼女の足元に話しかけるのだ。

 僕は社会的身分を良くわきまえているから、カースト最底辺の僕には彼女と話す権利などないということは理解している。でも、そうだとしても僕は彼女と話がしたいと思う。付き合いたいなどとおこがましいことを言うつもりはない。ただ、話ができればそれだけで僕は幸せを感じられるのだ。

 そしてそんな願望を叶えてくれるのがカメラである。

 ファインダー越しに彼女を覗いている時だけは、僕はカメラという仮面を被ることができる。この仮面を被っている時だけは、僕は彼女を見ることができ、彼女もまたこちらを見つめるのだ。……いや、彼女が見ているのは僕ではなくてカメラを通じた先にあるSNSの住人たちだけど。それでも彼女との会話は心地よく、今まで誰にも言ったことのないような話だって僕は嬉々として話したりもした。


 僕がカメラ趣味というのは実に僥倖なことだった。親父がカメラ趣味をしていて、新しいのを買ったからと言って、以前使っていたものを僕にプレゼントしてくれたのは昔のことだ。

 最初はカメラのボタンをポチポチ押す感覚が楽しくて、それだけをモチベーションに撮影をしていたのだが、やがてどうすればもっとキレイに撮れるのだろうとか、撮るだけじゃなく編集はどうすると良いのだろうとか、写真に関係する色んなことが気になるようになり、それなりに自分でも趣味と言えるぐらいの知識と経験を積んだ。

 そしてもう一つ幸運なことは、クラスの女子たちの間でいかにSNSで反響を得るかというムーブメントが起こったことだ。

 僕自身はSNSなんぞに興味はないし、なんなら承認欲求に憑りつかれている奴らは馬鹿だと思っている。でもある日天宮が僕に声を掛けてきて、写真を撮れと言ってきた。

 少々強引な物言いだったが、あの天宮がわざわざ声を掛けてきたものだから、僕は必死に興奮が表に出ないよう気持ちを抑えつつ、彼女の写真を撮ることを承諾した。

 そうしてその後僕が撮った写真は彼女のSNSアカウントにアップされ、それなりにクラスの間で話題になったそうだ。

 それがきっかけで彼女はますます僕に写真を撮るよう命令をしてきた。

 客観的に見てお互いの力関係は一方的なものであったが、彼女に惚れている手前、僕はひたすら素直にその命令に従った。せめてもの抵抗として撮影中は決してニヤつかないようにしていたのだが、彼女はどう思っていたのだろうか。本音を隠し通せた自信はあまりない。

 そんなファインダー越しの関係が続いてかれこれ1年ほど、最近の彼女は被写体としてのスキルを上げてきた。

 表情やポーズはもちろんスタイルも以前よりスリムになっている気がする。彼女のスタイルは元々良かったし、誰が見るかも分からないSNSに上げる写真のために痩せる必要なんかないと思うのだが、そういうところの感性は僕よりも彼女の方が正しいだろうから、わざわざ口に出すようなことはしない。


 今日はお互いの家の近くにある公園で撮影するとのことで、僕はカメラを引っ提げて律義に5分前にはスタンバイしていた。

 何度時計を見たって時間が早くなるわけでもないのに、あと4分、あと3分と僕はソワソワと繰り返し腕時計の時間を確認している。

 ところが結局指定された時間になっても彼女は来ず、最終的に彼女が姿を現したのは約束から20分も過ぎた後だった。おまけに僕の元までやって来るのに悪びれもせずスタスタと歩いてくるものだから、流石に少々怒りを覚えた。

「ごめーん、待った?」

「……待ったよ」

 いつもの如く、僕はカメラを構えながら彼女と会話をする。知り合いに見られたら恥ずかしい光景ではあるが、彼女と直接顔を合わせて話すぐらいなら、こちらの方が僕にとってはマシだ。

「もー、怒んないでよ。そういう時は『今来たとこ』って返すのがマナーでしょ」

「時間通りに来るのがマナーだと僕は思う」

「だからごめんってばー」

「ん」

 そう言いながら彼女は息を切らせて薄く笑っているが、別に疲れてなんかいないだろう。どこで買ってきたんだと言いたくなるような派手な服なんか着ちゃってさ。彼女の写真に捧げる努力は認めるが、こんな昔から代わり映えのしない地味な公園にはどう考えても合わないだろうに。

「で、今日は何の撮影で?」

 少し不満気を装ってぶっきらぼうに彼女に質問をする。

「んー、そうだねぇ。どうしようか?」

「どうしようかって、それはいつも通り天宮が決めてよ。構図とかは僕でも考えられるけど、何の写真を撮れば人気になるかっていうのを考えるセンスは全くないからね」

「カメラ君はいっつもそればっかり言って無責任ねー」

「カメラはただ写すことしかできないから」

「まぁいじわる。じゃあ私、あのブランコ漕ぐからいつも通り良い感じに撮ってよ。あ、でも――」

「変なとこは写さないよ」

「さすが優秀なカメラ君ねー」

 それから僕たちは30分ほど、あれやこれやと構図を変えつつ色んな写真を撮った。

 最初はこんな平凡な公園なんかに似合わないと思っていた彼女の服装だが、そこはモデルとしての力か、周りの景色と彼女の幸せそうな表情が相まって、むしろこれしかないと言えるような写真が撮れた。

「ふぅ、じゃあこんなもんかしらね」

「終わり?」

「うん。撮影会はこれでおしまい。でね……」

「まだ何かするの?」

「えーっとね、実は明日ここを離れるの」

「……へ?」

 想像もしていなかった言葉にビックリしてしまって、僕は裏返った声を出してしまった。

「だからね、引っ越すのよ。明日」

「そ、そう。それでどこに引っ越すの?」

「お父さんの実家」

「ふーん、でもほんとに急な話だね」

「んー、実際急に決まった話だしね。言う暇もなかったのよ」

「そういう重要なことはもっと早く言って欲しいかな」

「重要なことだった?」

「あ、いや、重要っていうか、重大? 違うか。なんかこう、ビッグイベント的な?」

 何を言っているんだ僕は。

「あはは、意味わかんないよ」

「うん、僕も意味が分からないや」

「もー、しっかりしてよ。でね、たぶん今日で会うの最後だし、私からプレゼントをあげようと思うの」

「プ、プレゼント!?」

 また変な声が出てしまった。でもこれは仕方ないじゃないか。あの天宮がこの僕にプレゼントだなんて。

 一体何をくれるのだろうか? 三脚とかだったら嬉しいな。もちろん既に持ってるけれど、彼女がくれるものだったら意地でもそっちを使う自信がある。

「なんとなんとプレゼントはー!」

「プレゼントはー?」

「私の写真ですっ!!」

「やーーったあぁぁ?」

 ズコーー。でも彼女らしいと言えばそうなので、僕は内心少し笑ってしまった。

「何よその反応――!」

「うーれしいぃぃよ? でもほら、天宮の写真っていつも見てるし、なんなら僕が君にあげてるっていうか、ねぇ?」

「だーかーらー! プレゼントだって言ってるじゃん。SNSにアップする用じゃなくて、カメラ君が私に会えなくても寂しくならないように私の写真を撮らせてあげるってこと」

「あー、そういうこと。しかし、よく自分でそんなこと言えるね。自意識過剰というかなんというか」

「君ほどじゃないよ」

「う“」

 もう会わないからって彼女は言いたい放題だ。でも悔しいことに、彼女の鋭い指摘をなんだかんだ嬉しいと思ってしまった。

「で、どういう写真を撮らせてくれるっていうのさ?」

「それは全部私が決める」

「そこは僕の意見が反映されるんじゃないの?」

「されません。じゃあ早速1枚目撮って」

「背景がただの壁当て用のコンクリート壁なんだけど」

「私がメインなんだから余計なものなんか写さなくていいでしょ?」

「うーん、そうかもしれないけれど、これ僕のためのプレゼントなんだよね?」

「全部私が決めるって言ったんだからちゃんと従うの! プレゼントなしにしちゃうよ?」

「……はい。それじゃあ撮りますからね。3、2、1、はいチーズ! あ!」

「あ?」

「口開いたとこ撮っちゃった」

「えーもったいない。あと4回しか撮れないのに」

「回数制限あるの?」

「当たり前でしょ? 私ぐらい人気者はその気になればお金だって取れるんだから、いくらカメラ君へのプレゼントって言ったって私の安売りはしないよ」

「でも今のは僕のせいじゃないと思うんだけど。撮り直ししない?」

「しません。今の写真も大事に撮っておきなさい。世界に1枚の写真よ?」

「そりゃあ複製しなきゃどんな写真も世界に1枚だよ」

「細かいことはいいの。次行くわよ次。さぁ撮って」

「はーぃ。それじゃあいきますよー。3、2、1、はいチーズ!」

「……今度は上手くいけた? 特別に笑顔の表情を作ってあげたけれど」

「うーん、笑顔の割にはちょっと口角の上げ具合が足りないかなぁ」

「あら厳しい。じゃあ撮り直しね」

「残り回数は?」

「もちろん3回」

「ですよね。それじゃあ撮るよ。分かってると思うけれど、いつもの撮影と同じ感じ笑ってくれれば問題ないはずだから。それじゃあいくよ。3、2、1、はいチーズ!」

「……どう?」

「うん、今度は大丈夫みたい」

「よしよし。じゃあこの調子で次も行ってみよー」

「もう準備いいの? それじゃあ3、2、1、はいチーズ!」

「……いけた?」

「舌が出てるけど、今度はどういうコンセプトだったの?」

「お茶目を表現してみました」

「お茶目っていうか小悪魔みたいな?」

「ちょっとカメラ君生意気ね」

「いやでも本当に感想を言っただけで」

「どう思おうが普通は女の子にそんなこと言うもんじゃありませーん。これだから童貞は」

「なっ!!」

「あはははは、ちょっとやめてよそんな大声出すの。気にしてたの?」

「……知らない」

「あらら、へそ曲げちゃって。ちゃんと最後の1枚まで撮ってよ?」

「撮りますよ。これでやっと元の平穏な生活に戻れるって思えば良い気分だしね」

「はいはい、寂しいのは分かりましたからカウント始めて」

「んー。3、2、1、はいチーズ! っ!」

「……何驚いてんの?」

「いや、この口の形は」

「キスだよキス。見たことない?」

「それぐらい分かるよ。え、でもどういうこと? もしかして、僕のことがその……」

「カメラ君のことが?」

「……す、好き?」

「……ップ、あはははは。そんな深い意味じゃないよ。だいたいこの表情っていつもの撮影の時からやってるでしょ?」

「そ、そういうことか」

「え、そんなにショックだった? ごめんごめん、やっぱり一番撮られ慣れた顔するのが良いかなって思ったんだけど、童貞君には刺激が強すぎたかな?」

「ッ! またそういうことを!」

「はいはい、それじゃあプレゼントも渡し終わったことだし、これでサヨナラだね」

「色々言いたいけど、言っても聞き流されそうな気がする」

「うん」

「うんって……じゃあこれでお別れ?」

「うん。でさ、お別れ記念にカメラ君の写真も撮らせてよ」

「ええ? なんで? 嫌だよ」

「だってそっちは私の写真撮ったじゃん」

「それはプレゼントだって言われたから……」

「そうだけどよく考えたら不公平じゃない? むしろ私のおかげでカメラ君は色んな写真が撮れたんだから、私がプレゼントを貰ったっていいと思うの」

「僕なんか撮ったってしょうがないじゃん。何かに使うつもり?」

「えへへ、そりゃあ……見返したときに笑うため?」

「もう絶対ダメ」

「ダメっていうのダメ」

「……」

「素直でよろしい。じゃあはい、こっち来て」

 そう言って彼女は右手で僕の腕を引っ張り、空いたもう片方の手で携帯のカメラを構える。

「え? ツーショット?」

「君一人の写真なんて華がないでしょ」

「天宮と一緒に写るなんて嫌だ嫌だ嫌だ」

「子供みたいに駄々こねてないで観念なさい。ほらカメラ見て! 3、2、1――」

 パシャ。

「ッ!! ちょっと今の!」

「はっはっは。消さないよ? どれどれ……ふむ、良い写真じゃないの。私もひょっとしてカメラの才能あったのかしら?」

「もう天宮が何考えてんのか分かんないよ……」

「ふふふ、照れちゃって」

「もういいよ。早く家に帰りなよ。明日引っ越しなんでしょ」

「うん。じゃあこれでもうやり残したことはないし、本当にバイバイだね」

「ん」

「もう、ほんとに最後まで連れないんだから。そんなんじゃ社会で生きていけないよ?」

「別れの挨拶に生き方の説教なんか聞きたくないよ」

「ふふ、そうかもしれないね。それじゃあ本当にお別れね亀田君。バイバーイ!」

「はいはい、またいつかね」

 徐々に小さくなっていく彼女の後ろ姿に、見えていないと分かりつつも僕は手を振り続ける。

 そうして彼女が最後に角を曲がって姿が見えなくなったのと同時に、僕の恋は終わったのだと悟った。告白もできないまま終わるなんて、はは、いかにも僕らしいや。




***




 私の心臓が普通の人とは違うと知ったのは小学生の時だった。

 その年の学校の健康診断で心電図に問題が見つかって、後日病院で再検査をすることになった。そしてその再検査結果を診たお医者さんは、私にある病名を告げた。

 どうやら私の心臓についている弁が正しく機能しておらず、血液の逆流が起こっているとのことだった。

 これまでに何の自覚症状もなかった私はどういう反応をしてよいのか分からなかったが、どうしてこの子がこんな目に! とお母さんがボロボロ涙を流して嘆いている姿を見て、どうやら自分は重大な危機にあるのだという自覚をした。

 もちろん少なからずショックはあったし、まだまだ関係ないと思っていた死に対して意識せざるを得なかったのは確かだけど、悲しいとか怖いとか不幸だというような感情は不思議と湧かなかった。

 そもそもこの時点ではまだ薬もいらないぐらいの症状で、結局は経過観察という話で落ち着いたはずだ。

 そういうわけで私は定期的に病院通いする羽目にはなったのだが、その後は体調に大きな異変は現れなかった。

 ところが私が高校1年生になったある日、自宅で強烈な動悸に襲われた。

 私の病気によって引き起こされる症状は知識として知っていて、動悸というのはその最たるものだった。

 今まで生きてきた中で一番身近に死を感じたが、しゃがみ込んでジッとしていると、ゆっくりと鼓動のペースが落ち着いていくのが分かった。

 その後私はすぐに病院へと連れられ、あれこれと体を調べられてからは、私の投薬生活が始まった。

 市販の風邪薬を飲むとはわけが違って、何種類もよく分からない薬をジャラジャラと手の平にのせると、私は重病人なんだと強く意識させられた。

 もちろんこの薬は私の体にとって良いものであるはずだ。でもなんとなく、本当になんとなくだけど、私はそう長くは生きられないのだなと思い始めた。そしてそれからの私は残りの人生を何に使おうかと考えた。

 ところが困ったことに、やりたいことが全然思い浮かばなかった。

 美味しいものが食べたい。世界の絶景が見たい。周りからちやほやされたい。どれも幸せそうなことではあるけれど、私の人生を費やしてそれを求めるのは何か違うような気がした。

 ただ、やりたいことがなくともムカつくことはあった。幼馴染の亀田君だ。

 彼とは住む家が近く、小学校に上がる前なんかは一緒に遊ぶこともあったのだが、いつしか彼とは疎遠になり、たまに私から話しかけてもこちらの顔すら見ようとしないのだ。

 なんの偶然か高校までずっと同じ進学先だというのに、これはあまりにも失礼なんじゃないかと思う。おまけに自分は世界一不幸だと言わんばかりの雰囲気を体中から発していて辛気臭いったらありゃしない。

 よくよく考えてみたら、私の人生において家族の次に長い付き合いは彼である。私に最も近い他者がめちゃくちゃ辛気臭い男だなんて御免こうむる。

 だから私は決めたのだ。彼をどんな人前に出したって恥ずかしくない男にすると。


 そもそも彼はどうしてあんなにも周りを拒絶するのだろうか。初めて私たちが知り合った頃は普通に話をして、普通に遊んでいたというのに。

 まずは彼と話をしなければ。でもただ話しかけただけではいつも通りそっぽを向かれてしまうだろう。

 そこで思い付いたのはカメラだ。たいして多くもない彼との思い出を手繰り寄せていくと、幼いころに写真の話をペラペラと熱弁された記憶が蘇ってきた。

 あの時は(今でもだが)何を言われているのか分からなくて、適当に相槌を打って会話を終わらせただけだったが、それ以後はちょくちょくと彼が良さげなカメラを首から引っ提げてる姿を見かけるようになった。

 だからカメラの話題であれば彼も話に乗ってくるはずだ。

 とはいえ私はカメラに詳しいわけではない。これでは私の方が話せなくなってしまうため、どうしようかと考えた結果、私が被写体になるというアイデアを思い付いた。

 写真撮ってもらう理由は、SNSのフォロワー稼ぎとでもしておけば問題ないだろう。実際には興味がないのだが、周りの友達とは時々話題になることもあるし、違和感は持たれないと思う。

 作戦を決めると早速私は実行に移した。クラスの休み時間に机に突っ伏している彼に写真を撮ってと声を掛けると、やはりというか目をキョロキョロさせて、しまいには視線を自分の机に向けてなんで? と聞いてきた。

 あらかじめ考えておいた理由を答えると、今度はどうして僕なの? と聞いてきた。あぁ、面倒な。私が諦めるまで質問し続けるつもりなのか彼は。このまま答え続けても埒があかないので、撮るのか撮らないのかどっちなのだと聞くことにした。すると彼は少し逡巡した様子を見せてから、「撮ります」と答えたのだった。


 カメラを構えている時の彼は積極的だった。

 学校では気の抜けたような顔をしょっちゅうしているが、カメラを構えているときはキリっと口を結んでいて、なかなかそういう表情も悪くないではないかと思う。

 それに日頃話しているときは頼りない印象だったが、いざ撮影が始まると、これはこうした方が良いとか色々彼なりに考えたアドバイスを私にくれた。

 尤も、彼がちゃんと話してくれるのはカメラを顔の前に構えている時だけだったものだから、私はからかいを込めて、彼がカメラを構えているときはカメラ君と呼んでやることにした。


 そうして彼との会話方法を心得た私は、撮影を通じてお互いの言葉を積み重ねた。

 彼との会話は私にとって新鮮なものだった。近所同士で遊んでいた昔話に始まり、最近の学校生活のこと、家族のことを話すようになり、やがては心の深層を触れるような話さえ聞くことができた。

 私は友人が多い方だと思うけれど、彼ほど心の内を赤裸々に語ってくれるような人とは今までに出会った覚えがない。どうして彼がそこまで私に自分の話をしてくれるのか不思議だった。そしてその不思議な感情はさらなる別の感情を呼び起こした。それは喜びや怒り、そして驚きや悲しみ、さらには恋情であったりした。

 私はごく自然に振舞っていたつもりなのだけど、学校の友人たちは鋭く、私が亀田君に惚れているという噂が囁かれるようになってしまった。おかげで私が彼と話していると、遠くからクスクスと笑っているのが感じ取れた。彼女たちは私のことを応援してくれているのだと分かってはいるが、全く恥ずかしいったらありゃしない。

 それで次はどんな口実で彼を誘おうか、そしてどんな話をしようかと考えだした頃、私は再び自宅で倒れてしまった。

 すぐに私は近所の病院へと搬送された。その後すぐに回復したのだが、今後のことを考えて、都会への引っ越しと当面の入院と手術が決定した。

 この街を離れるまでのタイムリミットがもう残りわずかだと知った私は、急いで彼との撮影会を取り付けた。


 撮影会の当日、たぶん彼と会うのはこれが最後になるだろうと思った私は思い残すことがないように、撮影会で精いっぱい張り切った。張り切りすぎて、撮影場所の公園にたどり着く前に動悸が起きたのはちょっとまずかったかもしれないが。


 どうせなら一番キレイに見える姿を最後の写真に残そうと思って、大事に仕舞ってあるワンピースを選んだけれど、どう考えたって近所を出歩くには不似合いの華美な恰好で撮影会に来た私を見て彼はどう思っただろうか? キレイだって思ってくれたら嬉しいのだけれど。

 もう2度と会えないかもしれないのに、彼のことが好きだなんて告白するのはちょっと残酷すぎるかなと思ったので、代わりに5枚の写真に込めた『ア』、『イ』、『シ』、『テ』、『ル』のメッセージに彼は気付いただろうか? ちょっと難しすぎただろうか。

 何度も撮影会をしているのに、思えば彼の写真を1枚も撮っていないことに気付いて、急遽決行した彼とのツーショット写真は最高に上手く撮れて良かった。まさか私にキスされるなんて思ってもいなかっただろうし。

 あぁ、こんなにワクワクできた1日は初めてかもしれない。こんなことならもっと早く彼と仲良くなれば良かったって思うけれど、それは仕方がない。私の病気が私を後押ししたってのは皮肉なことだけど、それでも私は満足だ。




***




 天宮と最後に言葉を交わしてから3週間ほどたったある日、僕宛に一通の封筒が届いた。差出人は『天宮松子』と書いてあった。

 携帯の連絡先を知っているのになぜこんな古典的手段なのだろうと困惑しつつ、彼女から初めて受け取る直筆のメッセージというものに小躍りした。

 だが、その中身の手紙は僕に絶望を突き付けるものだった。

 実際の差出人は彼女の母親で、一通の手紙には彼女がもう既にこの世にいないことが短い言葉で記されていた。そしてもう一通あった手紙には彼女が抱えていた病気や彼女の僕に対する思いが全てが天宮自身の言葉で綴られていた。

 どうして彼女が死ななければならないのか。もしもこの世に神様がいて、不幸の呪いをばらまいたのだとしたら、それは僕が引き受けるはずだったじゃないか。死が与えられるべきは彼女ではなくてこの醜い僕だろう!?

 彼女の死というあまりの衝撃に動揺してしまった僕は、胃が痙攣するのを抑えられずに自室のカーペットにその中身をぶちまけた。僕の眼球は燃えているのかと錯覚するぐらいに、涙がとめどなく溢れ続けた。胃液と涙が顔と服をドロドロに汚すけれど、今の僕には一つも気にならなかった。むしろこの汚れにまみれたこの姿こそ僕に相応しいとさえ思った。

 胃酸が喉を焼く感覚も、慟哭のあまりに酸欠で苦しくなる窒息感も、胸の奥を苛む喪失感も全てが混ざり合って、このまま僕を殺してくれたらいいのにと思った。

 彼女が僕と向かい合っている時、僕は何を彼女に感じていたのか。僕は彼女を好きになる資格などなかった。本気で僕を理解しようとしている彼女に気付かず、僕はただカメラのファインダー越しに自分の理想の彼女を写していただけだった。僕が好きだと思っていたこの感情は、ただの虚像でしかなかったのだ。

「今更っ、気付いてもっ……遅ぇだろうがああぁぁ!!!」

 僕は感情の赴くまま、喉が切れて血が出るんじゃないかというぐらいに絶叫した。

 僕のつまらない見栄という幼稚さがどれだけ僕の世界を歪めていたのだろう?

 彼女の真っ直ぐな思いに対して何度僕は彼女を裏切ったのだろう?

 僕が本気で彼女と向かい合っていれば、どれだけ彼女に幸せをもたらせただろう?

 想像するだけで罪の意識に狂いそうになった僕は、いっそこの手紙を封筒ごと破って記憶の彼方に葬ってしまおうと決意した。

 既に涙だの鼻水だのでグチャグチャになった手紙と封筒を掴んで引き裂こうとした時、封筒から一枚の写真が落ちた。

 もうこれ以上僕の心を痛めつけるのはやめて欲しいと思いながら、僕はその写真を拾った。

「はは、なんだよこれ……」

 その写真は天宮と男のツーショットだった。その男の顔は僕が最もよく知る人間で、それはそれは醜い顔をしている……はずだった。だけれどそこに写っている男の表情は醜さなんて微塵も感じさせない、どんな人前に出したって構わない最高の笑顔を浮かべていた。

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