第5話 初夏の訪れとともに

 今日は、ツナサンドと野菜ジュースの日。

 そんなメロが、俺が化学準備室に入ってきたのを確認するや否や、手招きをする。


「遅いぞ下北沢くん。今日は急いで説明しなきゃいけないことがあるんだから」

「ごめんごめん高円寺さん。で、内容は?」

「じゃーーーーんっ♪」

「これは、ディスクビリオンでも言っていた、帯ってやつか」

「そうそう。この帯がさ、私はスゴい好きで」

「キャッチコピーとか紹介文が書いてあるものでしょ」

「うん。でもね、注目すべきは、この下のところ……解説者の名前よ」

「解説者?」

「歌詞カードと一緒に、アルバムの解説文を載せている作者のこと。特に、この人――」

「いとう、ていとく?」

「そう!!! この音楽界のレジェンド伊藤提督が解説しているアルバムこそ、まず間違いないと考えていいのよ」

「レジェンド……」

「本来、聴く前から判断するのは私の沽券に関わるけど、伊藤提督の名前があったら、このだだっ広いメロハー海における公開の羅針盤となること間違いなしなのよね!!」

「ぷっ、はははは! 羅針盤って、高円寺さん面白いこと言うなぁ」

「えーーーー! 私は真面目に言ったつもりなのに~ぃ」

「あはははは」

「もーーーー! 笑い過ぎ」

「いや、だってさ。メロハーを語ってるときの高円寺さん、スゴく可愛くてさ」

「……可愛い? そ、そんなこと言われたの、生まれて初めてだよ」

「えっ、もしかして気に障った?」

「違う違う。ほら、私っていつもボッチだし、おまけにこんな辛気臭いところでお昼も食べてるじゃない? 絶対にヘンなヤツって思われてるだろうし、後ろ指もさされてるって思ってたからさ」

「高円寺さんは、クラスの皆と仲良くしたくないの?」

「ほどほどにはね。でもさ、私が話せることって言ったらメロハーのことぐらいだし、いくら雑食系でも流行りの音楽はあまり興味がないからクラスの子たちにはついていけないよ」

「じゃあ皆にメロハーの良さを説いていけばいいんじゃないか?」

「それもパス。私は自分の好きなものや価値観を他人に押し付けようとはしないの。ほら、こんなひねくれ者の私なんて、やっぱり可愛くないでしょ?」

「え? 可愛いよ?」

「……下北沢くん。キミは強敵だなぁ。それとも天然かな」

「どういう意味だ?」

「ううん、何でもない。ああ、無性に気持ちがモヤモヤしてきたな。景気づけに一緒に聴く? 疾走感のある特別なヤツ」

「お供するよ」

「ん。ついてきて」


 そして始まる、美しいアカペラコーラス。

 そこへ枯れたストラトキャスターのリフが入り、分厚いキーボード、骨太でコシのあるプレシジョンベース、抜け感のある気持ちいいドラムが上手いこと絡み合う。


 ああ、なんて心が洗われる、爽やかな調べだろう。

 サビもまた親しみやすく、一度聴いただけなのに脳裏にこびりつく印象的なメロディは、思わず口ずさんでもおかしくないほどの出来で――。


 なとと思っていた矢先。


「とぅ、とぅ、とぅ、たん、たん、たんっ」


 先に口ずさみ始めたのはメロの方だった。


「ふんふんふん、たたたた……とんとんとん」


 瞳を閉じ、陶酔している様子で。

 曲に身も心も預けているのメロの横顔は、俺が初めてここに来た時に見た、カーテンなびく窓際に椅子を寄せ、片膝を抱えながら座り音楽を聴く彼女そのままであった。


(普通なら――)


 寝顔と同じで、人にノッてるところなんて見られたくないはずだ。

 でも、こうしてひとつのイヤホンを二人で使って、恋人同士の距離で隣り合って、しかもノッてる無防備なところを見られて――。


(心を許してくれてるってことなのかな? そうだとしたら、かなり嬉しいよな)


 異性として、男女として考えるのはまだまだ先かもしれない。

 それでも、いずれメロハーを通じてメロとの仲をより育むことはできるはずだ。


(そうだよな。もっと高円寺さんと仲良くなりたい。少しずつでもいいから……)


 そう決意を固めつつ、曲のフェードアウトとともにふと視線を移すと――。


 メロがこっちを見ていた。

 大きくクリクリとした真っ直ぐな目で、俺のことを。


「わっ! ど、どうしたんだよ高円寺さん! 俺の顔になんかついてる?」

「うふふふっ」

「だ、だからどうしたんだよ」

「鼻歌、出てたわよ。サビのところ、ふんふんふんって」

「えっ、出てた? いつの間に……」

「鼻歌なんてそんなものだよ。いやぁ、つい鼻歌が飛び出すなんて、下北沢くんもすっかりメロハーに染まってきたなぁ」

「高円寺さんのおかげだよ。色々教えてもらって、世界が広がったような気がする」

「ちょっと。私はまだ全然教えてるつもりはないんだけど」

「そうなの?」

「当たり前でしょ。メロハーは奥が深いんだから。言っておくけど、下北沢くんはまだまだビギナーよ」

「じゃあ、もっと教えて欲しいな」

「ねぇ、それって遠回しに口説いてない?」

「まぁ、俺は前から高円寺さんのこと、気になってたし」

「あ、あー……こんなとき、どういう顔したらいいんだろ。それにしても、まったく物好きな人だね、まったく。でもさ……」

「ん?」

「私だって、下北沢くんと話しててスゴく楽しいんだ。心地良くて、爽やかで……こんな気持ち、初めてかもしれない」

「なんだかそれってさ」

「え、なに?」

「メロディアスハードロックみたいだね」

「あっ、うふふふっ。そうだね、まるでメロディアスハードロックみたいね」


 二人してひとしきり笑った後、メロはふいに俺の手を覆いながら、ねぇ、と問いかける。


「良かったら、私と――」


 そして耳元に近づき、


(メロディアスハードロックみたいな恋、してみない?)


 と、ささやいた。


 ひとけのない化学準備室、カーテンそよぐ窓際で、彼女の口から飛び出す突飛な告白。

 いや、もともとは俺が言い出しっぺなんだけども……。


「それってどんな恋?」

「んーーーー。ナイショ」

「なんだよ、それ」

「教えて欲しかったら、明日もここに来なさいな。隣の席、空けておくからさ」


 俺はまだ、メロハーについてはビギナー。

 だからこそ、メロの思うところのメロディアスハードロックみたいな恋の真意は分からない。


 でも、知りたいからこそ、俺は明日もここへ足を運ぶことだろう。

 初夏の訪れと共に、彼女からどんな曲を聴かされ、どんな話が飛び出すのか、期待に胸を躍らせながら――。

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#メロハー女子と付き合ってみた。 モブ俺製作委員会 @hal-ford

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