第4話 ベストアルバムははっきり言って邪道です
それから、化学準備室で行われるメロとのメロハー逢引き(?)は滞りなく続けられていった。
数日通って気付いたことは、どうやら彼女はここで食事を摂っているらしく、そのメニューもいつも同じメンツ。
ツナサンドと野菜ジュース。もしくは、ブロックタイプの栄養クッキーとアセロラジュース。
食べ盛りの女の子がこれだけで足りるのか……と聞いたら、普段食べ慣れてるものを食べないと、胃がビックリして体調を崩すのだと言う。
(うん。何て言うか、やっぱり変わってるよな)
出会った当初から感じていた、他の女の子とは違う、物静かでアンダーグラウンドな魅力を持ったメロ。
「高円寺さん、きたよー?」
「おっ! 待ってたよ下北沢くんっ」
しかし、俺の前でだけは普段とは違う笑顔を振りまいてくれる。
普段からこんな感じだったら絶対にモテるんだろうなぁ……と思いつつも俺は、この笑みを独り占めしていたいとも思ってるわけで。
「ほらほら。ここ座って。今日は曲を聴くんじゃなくて、少しメロハーのお話しましょ。またこの間みたいに遅刻やらかしたらアレだし」
「そうだね」
「ふっふっふー」
何やら意味深な猫口で笑いながら始まるメロハー談義。
話したくてウズウズしてると言った様子が、声のトーンから、そして態度や様子からもヒシヒシと伝わってくる。
「一概には言えないけど、メロハーのアルバムはまず一曲目にキャッチーな曲を持ってくることが多いのよ」
「キャッチー?」
「言うなれば、心をガッシリと掴む曲って感じかな。一曲目でまず聞き手の心を掴んで、離さない。そんなパターンが多いわね」
「なるほど」
「そして二曲目は、逆にフックやヒネリが効いた曲が多い傾向。初め聴いたときはそれほどよく思わなくても、回数を重ねていくたびにクセになるようなスルメ曲が多いわ」
「ふんふん」
「アルバムの中間には、アルバムのタイトルがそのまま曲になっているものが入ってるパターンも見過ごせないわね。例えばこのファースト・フロンティアみたいなバンドとか」
「お、マジだ。意図的にやってるのかな」
「で、後半はやっぱりアルバムの定めなのかしら。やっぱりダレてきちゃう感じが否めないけど、渾身のバラード曲、アップテンポ曲ってな具合に飽きさせない構成にしていることも多いわ」
「へぇ。アルバムの曲順ひとつとっても色々と考えられてるんだね」
「そう! アルバムを通して聴いたときに初めて、そのアルバム全体の世界観が見えてくるものなの。そして、最後の曲から一曲目へとループした瞬間なんてそりゃあ、もう――」
こんなに饒舌になるメロを見るのももちろん初めて。
(どうやら俺は高円寺さんのことを盛大に勘違いしていたようだな)
人間物静かそうに見えてもいざ自分の好きなことになるとこうして、言葉がメロディアスハードロックみたいに飛び出すような人もいるのだから。
でも、決して悪い気がしないのは、彼女の話すテンポが心地いいからであろう。
「あ、そうだ。アルバムって言えばよく、ベストアルバムってあるじゃない? あれははっきり言って邪道よ」
「どういう意味?」
「だって、名曲ばかりを集めたアルバムなんて、良いに決まってるじゃない」
「良いなら、それこそ良いんじゃ……」
「ダメよ。その曲ばかりをループで聴くことになっちゃうでしょ」
「あ……」
「私はむしろ、アルバムの七曲目とか八曲目とか、地味な立ち位置にいる曲を愛でるのが好きなの。いい? ベストアルバムを買って、通ぶってたらダメなんだからね!」
「な、なんだか妙に説得力あるな」
「でもね! でもさぁ!!!」
「えっ!?」
「世の中には憎いことをするバンドもあるのよ。このミカウェル・フィンラードソンのアルバムを見てよ」
と言ってメロが差し出したスマホに映っていたのは、ベストアルバム?
「あれ? 高円寺さんもなんだかんだ言って結局ベストアルバム持ってるのか」
「しかたがないのよ。これには海よりも深く空よりも高い事情があってさぁ……」
「なに、それ?」
「ベストアルバムの中に、他のアルバムには入ってない未発表曲がねじ込まれてるの! しかもこのデリシャスって曲がまたイイのよっ。乾いたギターが奏でる渾身の泣きメロでね」
「まさか、この一曲のために買ったの?」
「これは必要悪よ。私は基本、ベストアルバムは絶対に買わない派だけど、目の前に新曲がぶら下がっていたら問答無用で食らい付くわ」
「ははは。何だか高円寺さんのイメージでは考えられないな」
「イメージ? それってどんなの?」
「あ、ええと。俺がもっていたのは、もっと大人しくて物静かな感じでさ」
「ノンノンノン! それは偏見ってやつだよ下北沢くん。人間、表面では取り繕っていても、腹の中までは探れないでしょ? それに、それは下北沢くんも一緒」
「俺も?」
「ええ。私はずっと、下北沢くんのことを大人しくて物静かな男の子って思ってた。でもさ、こうしてメロハーに魅せられていく姿を見て、心は熱い男の子だって気付かされたの」
「……」
参った。メロもまた、俺と同じようなことを感じていたなんて。
でもそれって逆に考えれば、俺のことを意識してるってことでもあるよな。
「あ! もうこんな時間。さすがに遅刻連荘はまずいわよね。ほら、教室行こう」
「う、うん」
いや、まさかな。彼女の性格だと、単なる天然ってセンも捨てがたい。
(ああ、何だかモヤモヤとするぜ! こういうときこそ――)
メロハーを聴いてスッキリするべきなんだよな!
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