第18話【最終話】お呼びでない方々を呼んでさしあげました

 しかし、私の心は挫けなかった。婚約してからはハル様からの愛を信じていたし、何より友達に守られていたのだ。


 教会で恥をかかされそうになったときは、ゲルダがさり気なく手をとってくれた。そして、フロレントが私の寄付や教会改善の知識を褒めちぎった。

 私は教会に声楽隊を薦めたのだ。歌にすると神の事も自然に覚えたりする。前世のおぼろげな映画の知識を少しばかり話しただけなのだ。これはすぐに採用され、朗々と説法を聞くより、みんなで歌う方が楽しく神を学べると評判になった。


 パーティーでドレスにワインをかけられた。もちろん『ごめんなさーいっ! あまりにも存在感がなくて、見えませんでしたのぉ』と、わざとではないことを強調された。

 その時には、マジラウルが「ハッハッハ! アンナリセル嬢。まさか、君からワインにかかりにいくとはな。そんなにカルラッテとお揃いのドレスが着たかったのかい?」と言い、私をその場から連れ去った。そして、控室には私用のドレスが用意されていた。カルラの笑顔とともに。


 とあるパーティーの廊下で隣室に連れ込まれ男性に襲われそうになったときは、さすがに泣きそうになった。しかし、エリアウスとベティの護衛騎士―学生時代ベティの隣席だった彼だ―が颯爽と現れて助けてくれた。

 その破廉恥強姦犯は侯爵家の三男で、借金まみれだったらしい。即日に貴族籍を両親に抜かれ、後日市井の路地裏で亡くなっていた。

 彼は彼に頼んだであろう女性の名前は最後まで言わなかったようだ。『殺されないために名前を言わなかったのだろうに。結局殺されたな』というのが大半の見解だった。


 だが、一部ではボニハルト・メルケルス公爵閣下がその男を殺すように仕向けたと噂になっていた。


「私がヤルなら侯爵家も潰しますよ。本来は監督不行き届きなのですから」


 素晴らしい笑顔で言い切ったハル様。それ故、彼が仕向けたものでないと判断された。そう判断されるハル様って……と思わなくはないが味方なら心強いので深くは考えない。


 そして翌日、破廉恥強姦犯の実家である侯爵家から我がコヨベール辺境伯家のタウンハウスにたくさんのお詫びの品が届いたことには驚いた。


 こうして私を守ってくれた友達たちは笑顔でこう言った。


「「「メルケルス公爵閣下は国王陛下の側近。側近の婚約者を守ることは国益になる!」」」


 ハル様は大変お忙しい方なので、代わりに守ってくれるという宣言だった。


 さらには、


「アンナリセル嬢。そなたが私のお義母上になるとはなぁ! 喜ばしいかぎりだよ。これからもよろしく頼むぞ。

そうそう、私のお義母上になるのだから、警備の者からお義母上の現状はいろいろと報告を受けているよ」


 ダンティルがベティの腰を抱き大々的に宣言した。ベティはとびきりの笑顔だ。

 こうなると、私を虐めた時にいくら証拠がなくわざとではないと言い切っても、王族からの信用がなくなるのは必至だ。

 これまでは、『社交界で起こった些末なことは報告しないことが淑女である』という教育から、私は誰にもチクってないだろうと思っていた女性たちは、チクられなくても報告されていることに顔を青ざめさせた。

 

『あの顔を青ざめた人の中にあの破廉恥強姦犯の三男坊をけしかけた人がいるのねぇ』


 私は公爵夫人になる者としてチェックは怠らない。

 『わたくしが公爵夫人になればすべて丸くおさまるのだから』と自分自身を信じて私をイジメていた人たちは、私が公爵夫人になってから悩むことになるだろう。


 これにより、イジメはほぼなくなった。後はちょっとした陰口だ。ハル様のような理想的なお方と結婚するのだからそのくらいは平気である。


〰️ 

 

「子供を早く作れ」


 という国王陛下の一言で、私達は婚約三月で婚姻届を出した。


 元々は、ベティが産む二人目の男の子をメルケルス公爵家の跡継ぎにする予定だったそうだ。しかし『嫁を娶るなら、子作りなさい。ベティの精神的な負担は軽い方がいいわ』との王妃陛下のお言葉があった。


 王妃陛下はダンティルを産み、その後は体調を崩しダンティル以外の子を持つことができなかった。それは長年のプレッシャーとして王妃陛下の気持ちの負担だったそうだ。それなのにベティに子供を二人以上産むことを強要するような状況に心を痛めていたという。


〰️ 


 早期の婚姻が『国王陛下と王妃陛下のご推薦のご令嬢』だという情報に信憑性を更に持たせたようで、私をイジメるどころか、媚を売ってくる方もいた。


 あの嫌味連発のおっさんがヘラヘラと近づいて来た時には一瞥もせずに素通りしてやった。


 後から聞いた話では、あのおっさんは伯爵様で自分の行かず後家の妹をハル様に押し付けたかったようなのだ。まさに私の敵だった。


 行かず後家の妹さんは確かに美しい方だったが、露出の多いご衣装を好まれ『チェリーハンター』という二つ名をお持ちの方だった。それでいて高位貴族令嬢なのだ。それでは嫁げるところなどあるわけがない。


「(この世界でも)性的経験のない殿方を『チェリー』というの?」


 私の質問にメイドのシンリーは顔を赤らめて説明してくれた。シンリーはもちろん私のことを十九歳の生娘だと思っている。前世も含め生娘は間違いないが、知識は三十二歳だ。


 この世界では『チェリー』とは殿方全般を指すそうだ。シンリーは『チェリー』の由来を詳しく教えてくれたが、ここでは割愛させていただきます。喪女には厳しいです。


 つまり、妹さんは誰でも食い……。すごいですね……。


 早々に婚姻した私達。しかし、国王陛下には内緒だが、実は私達はまだ初夜は迎えていない。


「アナの花嫁姿が見たい」


 ハル様が熱い目でおっしゃるからだ。


「一度この手にしてしまったら離してやれる気がしない。妊婦で結婚式では辛いだろう」


 私の頬が赤くなってしまうようなことまでも言っていた。


 私達の結婚式はベティたちの一月後に執り行われる。


 私達の結婚式にはお呼びでなかったあの四人も、パートナーとともに招待している。


〰️ 


 そうそう、私が住むはずだった離れにはお父様お母様がお住みになっていて、新婚気分でラブラブらしい。お二人も四十歳前なのだから、良いことだ。


 弟妹、姪っ子、自分の子供が同世代なら楽しそうだ。


 前世で一人でいることが多かった私はボニハルト様の肩に寄り添って、そんな未来を夢見ている。


〜 fin 〜

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【完結済】貴方たちはお呼びではありませんわ。わたくしは推しとお近づきになりたいのですわ 宇水涼麻 @usuiryoma

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