第17話 プロポーズされました

 婚約前にとあるパーティーにボニハルト様のパートナーとして参加した。


 腹の突き出たおっさんが下卑た笑いで近づいてくる。


「ほぉ。愛人の差し色タキシードとは……。

若い愛人を持つと、公爵閣下もお若くなりますなぁ。ホッホッホ」


「は? 何をおっしゃっているのです? これは彼女の色ではありませんよ。

それに、愛人などという誤解をされるような言い方は彼女に失礼だ。

止めていただきたい」


 ボニハルト様はグレーに青色の刺繍が入ったタキシードであった。

 私も私の色を纏ってくれたのかと思い浮かれていたので、がっかりしてしまった。


「若い女性のご機嫌取りも大変ですなぁ。

お年に合った女性がよろしければいつでもご紹介しましょう」


 おっさんは片方だけ口角を上げて、私とボニハルト様を交互に見た。


「ご心配には及びません。貴方の手を煩わせることは一生ありませんから。

彼女との時間がもったいないので、失礼しますよ」


 ボニハルト様は飲み物のある方へと私をエスコートした。


「フンッ! アナの青藍の美しさが解らぬ愚者がっ!」


 ボニハルト様から初めて聞いた辛辣な言葉に驚いたが、私を褒めてくれているのだとわかり嬉しくなった。ボニハルト様にとって、タキシードの青と私とは違うもので、私の方をより美しいと思ってくださっているようだ。


〰️ 〰️ 〰️


 そして、翌月のパーティー用にボニハルト様からドレスを送っていただけた。私を迎えに来たボニハルト様のご衣装は、私に送ってくれたドレスとお揃いの濃いめの青色だった。手には大きな桔梗の花束を持っていた。


 そして、その場でプロポーズ。私は涙を止められず、ボニハルト様はそっと抱きしめてくださった。


 その日から馬車では隣に座るようになる。肩が触れ合うような距離にドキドキは止まらない。きっと私の頬は赤くなっているだろう。


「私のブルーサファイアよ」


 私はボニハルト様の方を向いた。熱の籠もった目で私の目をジッと見つめている。私の頬を冷ますためか、ボニハルト様がひんやりとした手で私の頬を覆った。私はさらに熱くなってしまう。


「サ、サファイア色はハル様ではありませんの?」


 喜びと緊張と赤面とドキドキ感で私の声は震えていた。ボニハルト様は目を細めて微笑んだ。


「うん。ただのサファイアならね。

でも、ブルーサファイアはただの青じゃない。とても貴重で深い藍色を含めているんだよ。

君は私だけのブルーサファイアだ」


 私はボニハルト様にとろかされてしまう。


「アナ。さあ、そのブルーサファイアを私から隠しておくれ」


 私がゆっくりと目を閉じると優しく口付けをしてくださった。ボニハルト様の唇はしっとりとしていて心地よい。私は人生初の口づけに天にも登る気持ちになり、気を失いかけた。

 そんな私の肩を抱いて支えてくれたボニハルト様はさらに私が沸騰するようなことを耳元で呟いていくのだが……、それは私だけの秘密だ。


 その日のパーティーで先日のおっさんに会った。


「ホッホッホッ! 今夜は差し色ではなく、お揃いのご衣装ですかぁ。お相手の色とはこれまたこれまた」


「何をおっしゃっているのです? 先日の差し色とは違いますよ。この衣装の色は、あの服の差し色とは似ても似つかぬ青藍色。私と私のブルーサファイアとの婚約を記念して作らせたものです。私のブルーサファイアは美しいでしょう」


 ハル様は衣装の話から私の話にしてしまい、私を甘く見つめた。


「こ、婚約なされたのですかっ! このご令嬢とっ??

は? は? ハハハ! それはそれは」


 おっさんはいかにも馬鹿にしたように私を見た。


「ええ。彼女の魅力に私では釣り合わぬと遠慮しておりましたが、国王陛下と王妃陛下に薦められたご令嬢ですので、謹んでお受けしました。

これから彼女に合う夫となるよう努力しますよ」


 『国王陛下の側近たるボニハルト様が似合うようにこれから努力するようなご令嬢』

 まさかの褒めすぎに私は赤面を通り越して青くなってしまう。


「えっ!? 陛下方のご推薦??」


 国王陛下の名前が勝ったことに私はホッとした。そうするとそのおっさんを冷静に見ることができた。高飛車だった態度が急変して私より青くなっている。


「ええ。美しく聡明で、明るく朗らかで、輝く太陽のようであり、大きな海のようである。こんなに素晴らしい女性との縁を、私ごときにくださった陛下方には、これからも忠心を注ぐ所存ですよ」


 ハル様はウットリとした眼差しで私を見てくれる。私の気が遠くなってしまいそう。


「婚約記念のダンスをしたいのでこれで失礼します。

そうそう、その眼鏡は変えた方がよいようですね。美しい色がわからぬとは浅学であると勘違いされますよ」


『それって、あんたは浅学だって言ってますよね!??』


 私は少しばかり慌てたが、ハル様は至って笑顔であった。できる大人だ。

 ハル様と私はおっさんの脇をさっさと通り抜け、そのまま陛下へと挨拶に行った。


 私達の婚約を国王陛下と王妃陛下へ報告すると、両陛下ともたいへん喜んでくださった。ベティは喜びのあまり―だと思いたい―ダンティルの胸で泣いていて、ダンティルはベティの分も私に笑顔をくれた。


 国王陛下と王妃陛下の推薦のご令嬢だと噂になった私は、殿方からの直接的な口撃は無くなった。


 しかし、それからというもの、社交界では女性からの私への嫌がらせが熾烈になった。


 ハル様の『娘ベティーネへの溺愛』は有名だったそうで、社交界のお姉様方はベティの学園卒業と成人を手ぐすね引いて待っていたようなのだ。この世界では、十八歳を成人としている。

 それなのに十八歳の小娘―私―に特上優良物件を攫われたのだ。それはもう学生のイジメが可愛らしいものであったと感じるほどだった。

 陛下方のご推薦であろうと関係ないようだ。

 婚姻前の最後の抵抗というところだろうか。


 女性の嫌がらせは悪質なので、直接抗議もできないようなものが多いからだ。もし抗議しても、『わざとではありませんの。ごめんなさいね』で終わってしまう。

 それが社交界というものだと、一年目にして洗礼を受けていた。

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