第6話 月と星の再開
もうあれから11年か。
俺は東京の大学を卒業し、小さなイベント制作会社で3年目を迎えていた。仕事には慣れてきたが、まだ自分だけで案件なんて持てるレベルではない。だが数日前にクラシック音楽事務所から名指しでピアノリサイタルを担当してくれと、指名された。
独り立ちしたような気分で初めて一人でクライアントを訪ねた。嬉しいような、胃が痛いような。
応接室に通され、待っているとドアが開いた。
マネージャーらしき人物と、女性が入ってきた。
すぐに分かった。
あの時と何も変わらないカッコいい彼女。
11年ぶりの再開に心は躍る。
そんな俺とは対照的に、「初めまして」と冷静な彼女はすでに仕事モードだった。
時折、彼女の前髪を耳かける仕草が懐かしい。
このリサイタルに対する想い、構想、そしてピアノに対する情熱は聞き飽きなかった。時間も忘れるぐらいに。
最初のヒアリングで俺の中でもリサイタルのイメージは沸いた。それと同時に、なんとしてでも成功させたいという気持ちも。
事務所を後にすると美月が「駅まで送る」と云い、付いてきた。
オフィス街を二人っきりで歩く。変な感覚だ。
俺は再開しからずっと疑問に抱いていたことを口にした。
「で、なんで俺なんだよ。てか、お前、俺の職場知ってたの?」
「知ってたよ。だって社長、私の叔父さんだもん」
「え!?二宮社長が? 通りで最終面接の時に地元についてすげぇ訊いてきたのか。しかも中学の話までも」
「叔父さん、面白がってたよ」
「……たく」
俺はなんだか恥ずかしくなりワックスで整えていた髪を弄った。辺りは暗く月も出ていたので身なりを気にするほどでもなかったが。
「なぁ。なんであの時、逃げたんだよ?」
なんだか質問攻めをしているみたいで自分に嫌気が差したが、ずっと心の中にあったモヤモヤを解消するために俺は続けた。
「あの時って?」
惚ける彼女の瞳はどこか嬉しそうで笑っていた。
「中学の卒業式の日」
「覚えてないよ。そんな昔のこと。でも、まあ恥ずかしかったからじゃない? 好きだったし、二宮くんのこと」
「え?」
「いいよ、いいよ。顔、赤くしなくて。もう昔のことだし。二宮くんは大人になっても可愛いね」
「いや、そりゃ、カッコよくて憧れの……好きな人から言われたら赤くなるだろ」
「え?」
「並木美月!お前のことが今でも好きだ!」
「今云う?」とだけ返されて、少し上機嫌に美月が鼻歌を歌う。
あの時の「可愛い」–––––– その言葉だけで俺の心は奪われた。
その日から俺は今まで、ずっと美月のことを想っていた。いつか出会えたら自分の気持ちを伝える、と胸に決め、高校でも大学でも彼女を作らなかった。
成人式にも、同窓会にも顔を出さなかった彼女が今、僕の目の前にいる。だから僕は伝えた。
「なぁ、その鼻歌、だろ?」
ニコッと微笑む彼女はまるで僕の心を照らす月のようだった。
素直になれたら ミケランジェロじゅん @junjun77
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