カラス

僕は流れる雲を眺めていた。

そうして雲が過ぎ去る中、何も考えずに時間が経っていくのを実感する。その無駄のような時間が僕にとっては心地良いと感じた。


今日も同じように野原に来て雲を見ていた。

雲と同じようにカラスが風に乗って飛んでいた。

「お隣いいですか?」

頭上から、子供の声が聞こえた。どうぞ、と声をかけると隣に僕と同じように寝転がる気配がした。

そのまま、雲が1つ2つと左から見えたと思えば、右の方に消えていく。子供が来てから眺めていた時間は10分にも満たないが、僕には、数時間が過ぎたような、そんな風に感じた。


「天使っていると思いますか?」

隣から声が聞こえた。僕はいきなりどうしたんだと思い、左側を見ると男の子と目が合った。

「ボクはいないと思ってるんです。でも神様はいると思います」

「どうして?」

僕はそう聞くことしか出来なかった。

「神様は、天できっとお仕事をしてるんです。そしたら、人間界が見れないでしょう?だから、天使のような神様のお手伝いをするような存在が監視しないといけないと思います」

ただ僕はふーんとかへーとか可愛げの無いような返事を繰り返してた。僕にとって、監視されてようがされてまいが、特に関係は無いとそう感じていた。

そんな僕に気付いてるのか気付いてないのか分からないまま、男の子は話を続けた。

「でも、監視をすると言ってもその存在が見えないと意味が無い。お母さんがいないと宿題をしない子供のように」

心当たりはある。僕も宿題を放置して夏休みの最終日にまとめてするような子供だった。まあ、全部なんとか間に合ったが。

「でも天使はボクたちには見えない。だから、天使以外の存在が必要なんです。」

「だったら、何が僕らを見張ってるって言うんだよ」

なかなか、結末にたどり着かない。そんな言葉に僕は何故かムズムズするような、落ち着きのない言葉を口に出してた。

「ボクはね、カラスだと思うんです。神様の天使はカラスなんです」

カラス、からす、烏

思いつくのは、やはり黒くて賢い鳥だけ。

今も空を飛んでる鳥だけ。

「きっと、あのカラスもこのカラスも全部、神の遣いなんです」

ただ、ずっと隣にいる男の子と空を見上げていた。

雲が流れた。風が頬を伝うように草花を連れていく。


「ちょっと僕の話を聞いてくれよ」

僕は無意識のうちに話しかけてた。

今日の電車はすごい人がいたこと。

近くの女性が痴漢に遭っていたから、助けようとしたこと。

誤解されて警察署に連れていかれそうになったこと。


久しぶりに自分の話をした。最後まで何も言わずに聞いてくれた。

ただそれだけが、僕にとって心地が良かった。

例え、自分が悪者になってしまったとしても。


「ボクは君のことずっと見てましたよ」

凛としたどこか幼さが残ってる声が耳元でした。

ハッとして隣を見れば誰もいなかった。

ただ、黒く、美しい羽が1枚そこに落ちていた。

「本当は、誰よりも優しい人だってこと」

どこかで、カラスが鳴いた気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

2000字以内の短編集 てんとら @tentora__15

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ