繋がれた記憶の虹

 聰はそう言えばと思ったことを口に出した。


「なぁ、そう言えば今日って平日だよな?いきなり家に行って会えるのか?」


「…」


「あか里?」


「えへへ。そう言えばそうだったね」


「…おい、もしかして家に凸するつもりなのか?」


「人聞きが悪いなぁ。サプライズだよ」


「同じことだろ」


「さとくん細かい!身長伸びないよ!」


「もう伸びねぇよ!」


 二人だけの車内で誰に聞かせるでもなく、テンポよくボケとツッコミの会話が繰り広げられる。

「ったく…。そういや、山本の家知ってんのか?」


「さとくん。今日は大事なナビの役を君に与えよう。存分に案内したまえ~」


「おまえ…」


 そう。あか里は昔からこういう性格だった。しかし、半ば呆れながらも聰は懐かしさからなんだか妙な安心感を覚えていた。あか里はあか里なんだなと思わせてくれることにホッとしたのかもしれない。どこにぶつけて良いかもわからない不安を一時でも忘れさせてくれる存在は有難かった。


「まぁまぁ!これもツアーの一環ってことで!」


「仕方ねぇな。…今んとこ右な」


「え?!もっと早く言ってよ~!」


 クククと体を震わせながら聰はナビを開始した。こうなれば本当にツアーの客になったつもりで楽しむほかはない。ゴールには懐かしの同級生が待っているのだと思えばそれもまんざらではない気持ちだった。


 車は大雑把な方角に軽快に走る。車内では取り留めの話をしていた。誰が結婚したやら、やれ離婚したやら、子供がいるやつの話も。さして興味のある話では無かったが、懐かしさがスパイスとなり、一応その場では盛り上がったりする。そういう意味ではなかなか気の利いたBGMだ。

 十数分ほど走っただろうか。聰の記憶ではボチボチ山本の家の近辺のはずだ。だが、何年も前に数回行っただけの場所である。詳細な場所がわかるかと言えば自信は無かった。無駄かとは思ったが、あか里に聞いてみると「ん~まぁ、近くに行けばわかるんじゃん?」と投げやりな答えが返ってきた。ちょっとでも期待した自分にガッカリする。


(まぁ、その辺の人に聞いてみたら良いか)


 聰にとっては良いんだか悪いんだか、あか里のテキトーさが移ってきたのかもしれない。ただ、今の状況に置いてはいくらかのテキトーさというものもそれほど悪くは無いことのように思われた。


「この辺かな?思い出した?」


 あか里の言葉に周囲を見回す。見たことがある…ような気はする。「う~ん」と唸っている聰の記憶をくすぐるようにあか里が車を右へ左へと走らせる。


「おいおい、大丈夫かよ」


「大丈夫!もうちょっとでゴールド免許だから!」


 普段運転していないやつが言ってもまるで説得力が無いセリフだと思った。だが、そんな聰の思いなど気にも留めず、あか里は細い路地へと進み、やがて丁字路へと突き当たった。


(いやいや、こんなところにあるわけないって!)


 そう口に出し掛けたその時、聰の目にふと何かが映る。細長い石碑のような石だった。


「あ?あれ?この石…」


「え?」


 その石を見た瞬間聰の記憶が鮮やかに甦る。そうだ。山本の家に行く時に通り掛かったこの石の前で、まるで山本みたいに細長いなぁなどと冗談を言い二人でふざけあったことがあった。懐かしさを覚えると共に山本の家への道のりも思い出した。


「…思い出した」


「ホント?やったね!」


「あ、あぁ。そうだな。…えっと、この突き当りを左に行って、しばらくすると…」


 聰はさっきまでのおぼろげな記憶が嘘のように口をついてスラスラと道案内をし始めた。まるで空に架かる虹のように色を取り戻した記憶は鮮やかな輪郭を取り戻し、過去から現在へと橋を繋いだ。そして、繋がれた記憶の虹は、ある一軒家へと導いてくれる。以前の記憶からは少しだけ古めかしく感じるが、間違いなく山本の家だ。


「着いた」


「お~、凄い!覚えてるもんだねぇ~」


「そ、そうだな」


 聰は自分でも驚いていた。正直なところあか里が周囲を走らせてくれたところでハッキリと思い出せないと思っていたし、その辺を誰かが歩いていれば捕まえて聞く寸前だった。

 思い出そうとしてもなかなか思い出せないことはあるものだが、こういうこともあるんだなぁと何だかスッキリした気分だ。


「山本君いるかな?」


「そりゃわかんねぇよ。平日だし、普通は留守してると思うけどな」


「さとくん、チクチク言わない。ま、誰かいるでしょ!」


「いなかったらどうすんだ?」


「いなかった時のことなんて考えてどうするんだね?道は未来へしか繋がっていないのだよ」


 鼻をヒクヒクと動かしながらあか里が言う。ちょっと偉そうにしている。


「…ほら行くぞ」


「え~!なんか言ってよう!」


 改めて表札を見る。【山本】とだけあるが、この家で間違いなさそうだ。しかしながら、山本家にはこの辺りに山本四天王と呼ばれるような兄弟が居て、それぞれに枝分かれした親戚関係をネット社会のように張り巡らせた挙句、山本町なるものを興すに至ったというようなことがあれば話は別であるが、当の山本からはそんな話は毛ほども聞いたことが無いのでそれは無いだろう。つまり、何を言いたいのかと言えば、ここが山本の家だということである。


「ほら、未来へのインターホンだ。あか里が押して良いぞ」


「え、そんな大仕事を私がやっちゃって良いんですか?」


 まだひと芝居を続けようとするあか里の手をグッと引っ張りインターホンを押させる。しつこい奴である。


「わ!ちょ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界のいやし 近松 叡 @chikamatsu48

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ