思い出を訪ねて
それから数時間後、聰は再び目を覚ました。本日二度目の朝である。太陽はすっかり顔を出し、大地を煌々と照らしている。時計を見ると9時過ぎを指していた。
「寝すぎた…」
ボーっとする頭で今日これからやらなくてはならないことを整理し始めた。
「えっと、今日は同級生のところに行くんだよな…」
あか里との約束で元の世界へ帰る手がかりを探すため、今日は地元に残っている同級生に会いに行くのだ。
「…風呂…入るか」
昨日は帰るなり布団に入って寝てしまった。これから人に会うことになるので小奇麗にしておかねばならない。まずは目覚ましがてら風呂に入ることに決めた。
1階に降りると、母の小百合が居間でテレビを見ながら寛いでいる。一声掛けてから風呂に入った。
しばらくして風呂から上がると小百合が声を掛けてきた。
「聰、今日も出かけるの?」
「あぁ、うん、あか里と約束があってね」
「…」
「…何?」
「あなたたち…そうなの?」
「え…?」
一瞬何のことを言っているのかわからなかったが、すぐに母親の邪推だと気付き慌てて訂正する。
「…ち、違うよ!そういうんじゃない!」
「何よ~。隠さなくなって良いじゃないの」
「隠すとかじゃないから!今日は同級生の家に行くからあか里に車出して貰うの!」
「…なんだ。そうなの?」
「そうだよ。俺免許持ってないからさ」
「も~、だから早く免許獲りなさいって言ったのよ」
小百合は聰の顔をチラチラと見ながら心底残念そうに、更にわざとらしく「ハァ~」っと溜息をついた。聰はそれをしかめっ面で眺めながらこの人は何を期待してるんだと思った。
「仕方ないじゃん。タイミングだよ」
「タイミング…ねぇ。…まぁそうね!」
今度は一転してわざとらしいほどの微笑みを蓄えている。何を考えているのかは何となくわかるが、聰は我が母親ながら情緒不安定なんじゃないかと勘繰りたくなってきた。
「そういうことだから。もうちょっとしたら出掛けるよ」
「はいはい。気を付けてね」
小百合はそう言うとまるで興味を失ったかのようにテレビに向き直り、再放送のドラマを見始めたのだった。こういうところは元の世界の母親と全然変わらない。不思議と安心感を覚えた。
それからしばらく自分の部屋で待っているとあか里がやってきた。玄関先に車を止め、窓を開けると声をあげた。
「さとくーん!!起きてるー?!」
「起きてるから大きな声出すなって!恥ずかしいだろ!」
「あー、起きてた!早く早く!」
「わかったから!大人しく待ってろ!」
あか里にこれ以上大きい声を出されてはたまらない。家族はおろかご近所さんの食卓のお供にされかねないだろう。サッと身支度を整え、慌てて階段を降りていく。すると、時すでに遅し、案の定階段の下で小百合がニヤニヤとこちらを覗いていた。
「仲が良いことねぇ~」
「友達!それ以上でもそれ以下でもありません!」
母の方には目もくれず空中に言葉を放り投げた。そのまま外へと出て行く。はいはい行ってらっしゃいという言葉を背中に受ける。見えはしないが、母が肩をすくめて見送っているのを感じた。
「…ったく」
そう言いながら外へと出た。こっちが肩をすくめたい気分である。全くこの母親だけは元の世界でもこの世界でも変わらない言動をしてくるのだ。しかしながら、それと同時にその母親の姿は霧の中にいるようなモヤモヤとした不安を押さえつけてくれている。この日常と非日常が混在するおかしな世界の一つの救いのように感じてもいた。
そんな複雑な心境が表情に出ていたのだろうか、外で待っていたあか里が心配そうな声を掛けてきた。
「さとくん、どうかしたの?」
その言葉に一瞬口に出すべきかどうか迷った聰だったが、不安だと言っても今は仕方のないことだと思い直した。不安なのはあか里も同じであろうし、今は不安を口に出すよりも、己の為にも少しでも明るい話題を振るべきだろう。
「いやぁ、母さんが免許取れって言うもんだから。帰る度に言われるもんだから参っちゃうんだよ、ははは」
「あ~、それは確かに!さとくんは私を助手席に乗せるべきですね!」
「え?なんでだよ」
「だって、私ペーパードライバーなんだよ?こっちに来て自分で運転するばっかりで景色もちゃんと見れないんだから」
「運転してんじゃん。もうペーパードライバーじゃないな」
「屁理屈!」
あか里の言葉をスルーして聰は素早く助手席に座った。そして、早く行こうと視線で催促する。その姿を見たあか里は何か言いたそうだったが、仕方なくといった様子で運転席に乗り込んだ。
「よーし!じゃあ、誰から行く?」
「うーん。…悪い、考えてなかった」
昨日あか里と別れてから不可解なことがあったものだから、細かいことは考えてもいなかった。記憶の奥にしまい込んであるおぼろげな同級生の顔を拾い上げ思い浮かべてみるが、何せしばらく会っていないのだ。誰から会いに行くにしても多少の気まずい思いはしそうである。そう考えると余計に誰からという答えは出しにくく、聰は黙り込んでしまった。
「さとくん、仲が良かった人いないの?」
あか里の言葉にドキリとした。それは勿論、今地元に残っているであろう人間の中に昔仲良くしてた人はいないのか?という意味である。その言葉に他意はないだろう。だが、地元を離れてから社会に溶け込めず振り回されていた聰にはその言葉が何故だか重々しく感じられてしまった。家族であれ友人であれ知り合いであれ、果たして今の自分に向き合ってくれる人間は存在しているのだろうか。ここが異世界であるならその思いは尚更のことだった。
「…さとくん!聞いてる?」
「あ、あぁ。ごめん、聞いてるよ」
あか里の言葉でハッと我に返る。そうだ、今はそんなことを考えている場合ではない。この世界に来てしまった糸口を探すことが先決なのだ。
「そうだな…。6人の中だと山本と割と話してた気がする」
「え!そうなんだ!意外だね!」
意外といえばそうかもしれない。山本はクラスで目立つ方ではなく、どちらかと言えば物静かな部類だった。だが、無口というわけでは無く、好きな物や興味のあるものに対しては熱が入り饒舌に話をするようなタイプの人間であった。聰とは好きな物の傾向が一致することもあり、特別仲が良いわけでは無いが、親しみを感じていたし、山本の方もそうだったろうと思っている。
「あか里はあんまり絡みなかったもんな」
「だね~。じゃ、まずは山本くんのところに行く?」
「そうしよう」
「オッケー!」
あか里はそう言うと車を発進させた。これから会う皆は綿谷のことを覚えているのだろうか。もし覚えていたとして、全員が自分の記憶と違う綿谷のことを覚えていると話してきたなら自分はどう感じるのだろう。聰の胸に期待と不安が入り混じる。車の窓越しに、暖かな日差しを浴びながらも体の奥にヒヤリとしたうすら寒い感情が横たわっていた。
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