早く起きた朝は
それからしばらくして、聰はまだ暗い時間に目を覚ました。寝ぼけた頭で枕もとの時計を探すと、時計は5時を指していた。さすがに夕方の5時では無いだろうから早朝だろう。
寝直すのも悪くないが、その前に喉が渇いたので昨日冷蔵庫を探った時に飲み物が入っていたことを思い出したので、1階へと降りることにした。
1階に降りると、早朝にも関わらず居間の電気が点いていて人の気配がする。誰かいるのだろうかと、引き戸を開けた。
「おぅ、聰か。早いじゃないか」
聰はギョッとした。そうだった、起き抜けで頭から抜け落ちていたが、ここでは祖父が生きているのだ。寝ぼけた頭を切り替える。
「…じいちゃん?もう起きてるの?」
「うん、飯をな」
祖父、政岳は起きて朝ごはんを食べている。昨日は会えなかったが、聰が寝るより遅く寝て、聰が起きるより早く起きたのだろうか。我が祖父ながら凄いバイタリティだと思った。
「いつもこんなに早いの?」
「まぁそうだな。こんなもんだ」
「昨日は遅かったんでしょ?忙しいんだね」
「今の時期はな。でも、大したもんじゃない、いつもこれくらいだよ」
「あら、話し声がすると思ったら。聰くん起きてきたの?」
祖母の香苗が台所から顔を出してきた。血色のいい顔をしている。その顔を見て、改めて二人が生きていることを噛みしめる。ここではこれが現実なのだ。
「うん、ちょっと喉渇いちゃってさ」
「なんだ、それで起きてきたのか。香苗、なんか出してやれ」
「はいはい、わかりました」
香苗はそれだけ言うと、冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターをコップに注ぎ、それを聰に渡してくれた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
水を喉に流し込む。ゴクゴクと音が鳴り、聴覚からも喉の渇きを感じることが出来る。そのまま味わう間もなく、水は起き抜けの体にしみ込んで無くなった。
「はは、よっぽど渇いてたんだな」
「帰ってそのまま寝ちゃったからね」
「そうみたいだな。帰ったら真っ暗だったから家にいないのかと思ったぞ」
「帰ってきたの全然気付かなかったよ」
「そりゃよっぽどだな。声も掛けたんだぞ」
「えー、ホント?」
「聰くんは昔っからそうよね。一回寝るとどうやっても起きないの」
香苗が笑いながら言った。祖父母とこんな時間を過ごすのも久しぶりである。だが、そもそも亡くなっている人に対して久しぶりという表現を使うのもおかしな話だろう。
そんなことを考えていると、温かい二人に囲まれているにも関わらず何故か無性に寂しさを覚えた。寂しさを紛らわすように聰は二人に問い掛ける。
「二人はさ、元気にしてた…?」
つい、そんな言葉が口をついて出た。聰の言葉に政岳と香苗は顔を見合わせる。
「おぉ、元気だ元気!見ての通りな!」
「どうかしたの?聰くん」
言葉通り、目の前の二人は元気そうだ。勿論、それはわかっていた。だが、聞かずにはいられなかったのだ。
「いや、久しぶりに帰ったし、帰ってからもちゃんと話せてなかったから」
「まぁ、聰は忙しいからな。仕方ないさ」
「そうよ。私たちは大丈夫だから。せっかくこっちに帰ってきたんだし、聰くんは聰くんのやりたいことをやってね」
「う、うん。ありがとう」
何も知らないはずの二人の言葉が心に沁みる。起きたばかりの頭にはやや刺激が強いかもしれない。涙腺が緩みそうだ。
「聰、ご飯食うか?」
「いや、今は良いよ。あんまり空いてない」
空いていると言えば空いているのだが、正直この空間にいることで胸がいっぱいになっていて空腹どころでは無かった。
「そういえば、昨日は美味いもんは食えたか?」
「あ、そうだった!玄関のお金ありがとう。おかげで助かったよ」
「良いんだ良いんだ。どこで食ったんだ?この辺には食える店無いだろ~?」
「え?すぐ近くにあったけどな…。あ、そうそう!」
聰は《えそらめし》のことを思い出した。とても美味しいお店だったので家族と共有しようと思っていたのだった。
「この近くに《えそらめし》って食堂あるでしょ?あそこが美味しくってさ~」
「…えそらめし?なんだ?新しい店か?」
「え?いや、結構年季入ってたけど…。知らない?」
「ちょっとわからんな。香苗は知っとるか?」
「いいえ、私も聞いたことないですね」
二人は本当に知らないという反応だ。すぐ近所にあるのに知らないはずは無いのだが…。
「ほら、ここからちょっと行った三差路を右に行ったら左側に看板があって―」
「三差路?どこの三差路だ?」
「え、だからここからすぐのところの」
「この辺には三差路なんてないはずだけどな…?」
「えぇ~?おっかしいなぁ?俺の記憶違い?」
「いや、聰が正しいかもしれんぞ。俺も最近は物忘れが酷いからな、ワハハ」
聰は段々と混乱してきた。起き抜けということもあり、まだ頭が回っていないのかもしれない。二人は知らないようなので、今度写真でも撮ってきて見せてやることにした。
「ごめん。まだ頭が働いてないみたい。悪いけど、もう一寝入りしようかな」
「大丈夫?聡くん」
「大丈夫大丈夫!ちょっと眠いだけだよ」
健康状態が悪いわけでは無いので心配を掛けまいと元気に振舞う。とりあえず、考えごとは一寝入りしてからにしようと思った。
「そうか、無理するんじゃないぞ」
「うん、ありがとう。そしたらまた後で」
聰は部屋へと戻ってきた。二人と久しぶりの交流をし、こんな日がずっと続けば良いなと思う。しかし、ここは自分がいて良い場所ではない。そんな思いが頭をもたげ始めてもいた。漠然とした不安を抱えつつも、それに見て見ぬ振りをして聰は二度寝を始めたのだった。
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