明日はどうする

「は~、美味かった」


「おぉ、もう食べ終わったの?よっぽどお腹空いてたんだね」


 店主の指摘に我ながらがっついたものだと、若干の気恥ずかしさを覚える。時計を見ると、食べ終わるのに10分と掛かっていなかった。


「はは、あんまり美味かったもんで」


「そりゃ嬉しいね。もう満足したかい?」


「えぇ、おかげさまで。…あ、これでお会計お願いします」


 聰は祖父から貰った新渡戸稲造の5000円札を手渡した。旧札でもお金の価値は変わらないと言うし、問題無いだろうと思うが、少し不安だった。


「あいよ」


 店主はそう言って新渡戸稲造を引き取る。お札について触れないということは問題なく使えるということだろうか。食い逃げをしようというわけでも無いのに会計中、なんだかソワソワする。


「はい、お釣り。どうもありがとうね」


「あ、はい、ご馳走様でした」


 特にお札には言及することなく会計が済んだ。ホッとした聰は改めて店内を見回しながら外へと出た。また来たいと思わせる、そんな食堂だった。

 お腹もいっぱいになったので腹ごなしに散策をして帰ろうと歩き出す。元の世界には無かったよなぁとそんなことを考えてみる。一度も行ったことが無いし、家族とそんな話をした覚えもない。


「元の世界にもあったら通うのにな…」


 聰は複雑な気持ちで呟いた。歩き出してみたものの、頭の中は元の世界に戻れるのだろうか。いや、そもそも戻る方法があるのかどうかさえわからないのだと、そんなことをグルグルと考え始めてしまった。

 モヤモヤを晴らすようにしばらく歩いていたが、そろそろ日が落ちてきそうな時間だ。お腹も落ち着いてきたところなので、聰はここらで帰宅することにした。若干歩き疲れていたが、他に手段も無いため仕方なく歩いてきた道を引き返す。


 今、歩いてきた道なので特に目新しいものはない。強いて言えばさっきとは違い、段々と辺りが暗くなってきているということくらいだ。


「このまんまじゃ真っ暗になっちまうな」


 そう思った聰は少し早歩きになった。その内にさっきの食堂「えそらめし」の前を通り掛かった。通りがけに客の入りはどうだろうと覗いてみると、中に人影が見えた。どうやら聰が帰ってから来客があったようだ。


「良かった。お客さん入ってんだな」


 余計なお世話ではあるが、何となく安心した。気に入ったお店は応援したくなるものである。少なくとも聰はそうだった。家族は既に知っている店かもしれないが、帰ったら美味い店があったと話題に出してみようと思った。






 聰は自宅へと帰ってきた。だが、家は真っ暗でまだ家族は帰って来ていないようだ。


「ただいまー…」


 一応声を掛けてみるが、反応はない。やはり誰も帰って来ていないようだ。食堂のことを話したかった気もするが、いないのならば仕方がない。玄関の明かりだけ点けて自分の部屋へと戻る。

 とりあえず、何もやることが無いのでボーっと寛いでいると、スマホが鳴った。画面を見るとあか里から着信が来ている。聰はなんだろうと思いつつも応答した。


「はいはい」


「あ、もしもし。私だけど、わかる?」


「そうやって相手に名前を言わせようとするやつは詐欺だ」


「えっ、ちょ」


「生きてた爺ちゃんが言ってたから間違いない」


「え?!そうなの…?」


「そんなわけないだろ」


「そんなわけないんだ…」


「そうなんだよ」


「そうなんだ…」


 通話先のあか里はそれっきり黙り込んだ。やれやれといった様子で聰が催促する。


「おい、用件はなんだ」


「え、用件…?」


「あか里が電話掛けてきたんじゃないのか?」


「…あ、そうでした!明日の話なんだけどね」


「うん、どうかした?」


「家を回る順番どうしようかなって思って」


「え、順番?…何でも良いよ。明日の気分で行ったら良いんじゃない?」


 急な連絡に何だと思えば、大した話では無かったことに若干気が抜けてしまった。だが、何故かあか里は食いついてくる。


「ダメだよ!こういうことはちゃんと決めておかないと!」


 何故順番にこだわるのかわからないが、あか里の剣幕に気圧され任せるとも言いづらくなってしまった。仕方なく少し考えてから答える。


「うーん、五十音順とか?」


「…良いね!それで行こう!」


(良いのかよ)


 聰は何が良いのかわからなかったが、採用してくれたのならそれで良いかと、それ以上は何も言わなかった。


「用件はそれだけ?」


「えっと…あの…ね」


「ん?なに?」


「…ううん、やっぱり何でもない!」


「なんだよそれ。気になるだろ」


「良いの!じゃあ、また明日ね!」


「…あ、あぁ、また明日」


 あか里はそのままさっさと通話を切ってしまった。腑に落ちない切り方だ。聰は気にはなったが、掛け直すほどでは無いと思ったので、タイミングがあれば明日聞いてみることにした。

 ふと、時計を見るとそろそろ20時を回ろうという時間だ。家族はまだ帰っていないが、既に眠気が襲ってきていた。家族の帰宅を待ちたいところだったが、今夜は眠気にあらがえそうにも無い。今日はもう布団に入って眠ることにした。


「風呂は…明日の朝に入ろ…う」


 呟きを言い終える前に、聰は眠りについたのだった。

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